第2話 新作の豆

今日会社を休んだ。

仕事に疲れ気分を変えたい時、休みを取って通勤途中の降りたことの無い駅で下車し、知らない町を歩くそんな事をしている。


大きな道の角を曲がると個人経営の喫茶店が目に入った、ここで休んでいこうとドアを開ける。

「いらっしゃい」

落ち着いた感じの初老の男性がコーヒーカップを磨いている。

そして店内には軽快なジャズが流れている。

そんないかにもな光景を目にしていると男性が、

「どうぞお掛けください。一見様でも歓迎です」

「ありがとう」


男性のいるカウンター席に座りメニュー表を開く。

モカ

キリマンジャロ

マンデリン・・・

しまった、豆にこだわりの店らしい。聞いたことがあるものから全く分からないものまでどうしようか迷っていると、

「お客様、豆にこだわりが無いのならお願いしたい事があるのですが」

「なんですか?」

変な事ならすぐ断ろうと聞くだけ聞いてみる。

「まだ、出回っていない新作の豆があるのですが、その飲み比べをして感想をいただきたいのです」

「飲み比べ?」

「はい、同じ豆なのですが、時期や環境で味が変わる特殊な豆なのです。その他の製法などは同じにしてあります。私からのお願いなのでお代は頂きませんのでご安心ください」

私は了承した。男性が作業を始める。


小さめのコーヒーカップに入ったコーヒーが目の前に置かれる。

「この豆は、春の暖かい環境でゆっくりと育てた物です」

一口飲む。

とても爽やかな香りと味わいだけどコーヒー感は損なわれていない。


「この豆は、夏の暑い時期に多くの水と肥料で成長させた物です」

一口飲む。

しっかりとした強さを持った味、力を感じる。


「この豆は、冬の雪が降る中一生懸命ケアをして成長させた物です」

夏とは違うが内に秘めたコクのある味になっている。


「いかがですか?」

「不思議ですね、こんなに味が変わるなんて思っていませんでした。どんな名前の豆ですか?」

男性が目の前にコトンと何かを置く。私は目を丸くする。

「え?これは・・・」

缶コーヒーだ、しかも毎日飲んでいる。

「この音楽が流れる喫茶店の環境、そして、私の説明であなたがこのコーヒーの味をかえていたのです」

「私が・・・変えた?」

「そうです、コーヒーに限らず、同じ環境・同じ内容でも『自分の考え方、感じ方を少し変えてみるだけで、それが楽しいものになるか辛いだけになるか』そんな事があるかもしれません」

なんてことだ、男性は初見である私の気持ちを見透かしていたのか、まいったな・・・

「ちなみになんで秋は無かったんですか?」

「4回も飲んだら流石にバレるかもしれません」

男性は苦笑いをした。


帰りの駅のホーム自販機にいつものコーヒーがあり買って飲む。

いつものコーヒーの味だ。

電車がホームにやって来る。

「よし、行くか」

太ももを叩き気持ちを切り替えて、開いた電車に乗りこんだ。

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