いつもの放課後

 学校に通い始めて一ヶ月が経った。

 ボクもやっと授業に慣れてきて、授業中も居眠りせずに聞いていられるようになってきた。それもこれもカミエラとリリエが放課後に図書室で勉強の補習を手伝ってくれるようになったからだ。


「そうです。この時にそれまでの魔法陣の理論を覆す発見をしたのが、先週の授業で出てきた中央王国の金貨の王なんです。」

「そうか、これとこれが繋がるんだね。なんかわかってくると面白いね!」


 カミエラの教え方も上手いのだと思う。カミエラはボクが興味を持てるように、他の授業で覚えたことや世間話なんかと関連付けて教えてくれる。


「……さて、今日の授業でやったところはここまでですね。今日はこの後、街に行きましょうか。」

「そうだね。疲れた頭には糖分が必要だよ。」

「リョウさん! 私、行きたいパン屋があるんです! ここの新作のパンなんですけど!」


 リリエがチラシのようなものを出して見せてくれた。そこはミネが働いているパン屋だった。


「あ。ここか。ここ、ボクの友達が働いてるんだよ。いいね。行こう!」


 そういや、ミネが働いているところを見に行ったことはまだなかったな。


「へえ。学校外の友達ですか。」


 カミエラが意外そうに言った。


「うん、西の国で出会ってね。今、一緒に住んでるんだよ。」

「一緒にって? ……女性ですか?」


 リリエが怪訝そうな顔をして見せたのでボクは失言してしまったかと思ってドキリとした。今のボクとミネとの関係は正直どういうものなのかボク自身でも曖昧だったので、『友達』という言葉は違うとは思ったけど、あえてそう言ったことを見透かされたのかと思った。でも別に今はボクは女だし、女同士で住んでいることは変なことではないはず。


「女性だよ。」

「そうですか……。」


 ボクの答えを聞いてもリリエの表情は晴れなかったのが気になったが、カミエラはそんなことは気にせずにさっさと荷物をまとめて図書室を出る仕度をした。

 リリエはボクらが街に出てパン屋に着くまでの間もずっとミネのことについて聞きたがった。何がそんなに気になるのだろうか。



 ミネが働いているパン屋に着くと、店の中は若い女性客でいっぱいだった。すごい人気みたいだ。


「すごい人気だね。」

「この店は毎月女性向けの新作を出すので有名なんです!」

「そうなんだ。」


 リリエがボクの横についてパンの種類について教えてくれる。店の中はたくさんのテーブルが並んでその上にはいろんな形のパンが山積みになっている。カウンターの方までずらりとパンに囲まれていて、店の中はいい匂いでいっぱいだった。

 ミネも結構いいところで働けているんだな。店のスタッフも多そうだ。ボクがミネを探してキョロキョロとしていると、すぐにミネは見つかった。ミネはカウンターの中で慌ただしく焼きたてのパンを並べているところだった。


「ミネ! ボクだよ!」


 ボクはミネに向かって軽く手を振った。ミネの方もすぐにボクに気付いてくれて手を振り返してくれた。


「あれがリョウさんの?」

「そうそう。大丈夫そうだね。安心した。」

「ふーん……。」


 リリエはなぜだかずっとミネを観察しているようだった。



「お、君たち。ミネくんの知り合いかい?」


 突然、白い帽子を被った中年の男性がボクらに話しかけてきた。


「あ、はい。ボクはミネの同居人で、こちらはボクのクラスメートです。」

「ああ、君が一緒に住んでいる子か! ミネくんから聞いてるよ。いやあ、ミネくんは頑張ってるよ。」

「ええ。今日見に来て安心しました。」


 どうやらこの男性は、ミネから聞いていたこのパン屋の店長で間違いなさそうだ。


「そうだ。ミネくんの友達だったらこれ試食どうかな? 来月出す予定の新作なんだけど。」

「えー、もらっていんですか? ありがとうございます!」


 ボクとカミエラとリリエは、カミエラが買っておいてくれた今月の新作パンに加えて、もらった来月の新作パンを抱えて店を出た。


「なんか、すごいいっぱい貰っちゃったね。」

「そうですね。公園で食べましょう。」


 ボクらは公園のベンチに座っていろんな種類のパンを少しずつ分け合った。どのパンも甘くて美味しかった。公園はのどかで、ボクは芝生の上を走り回る小さな子どもとそれを追いかける母親の様子をぼーっと眺めていた。

 元の世界でも、こうやって学校帰りに友達と買い食いしたりしたんだよな。あの時はアンパンだったけど。

 ボクは今充実しているな。

 ボクはこの世界に来てやっと普通の生活を取り戻したんだと思った。そして、元の世界に戻りたいという気持ちを忘れていた自分に気付いた。

 うん。このままここで生きていくのもいいのかもしれないな。

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