校長との話

 東の国での就職活動に苦戦していたミネだったけれど、なんとか働き口を見つけることができたらしい。街の一角にあるパン屋だったが、店長の男性が良い人で、西の国の出身であることを話したら、魔法が使えない理由を理解してくれて雇ってくれたのだとミネは言った。


「よかったね、ミネ。」

「うん。どうなることかと思ったよ。」


 またミネの元気が戻ってきてボクもホッとした。


「そういえばリョウ、今日は校長先生との約束の日だっけ?」

「ああ、そうだった。そろそろ行かなきゃ。」

「いってらっしゃい。あ、これからは仕事で帰る時間が遅くなる分、晩ご飯が遅れちゃうようになっちゃうけど、ごめんね。」

「構わないよ。先に帰って待ってるから。」

「うん。それじゃ、校長先生によろしくね。」

「ミネも頑張ってね。」


 今日は学校は休みの日だったが、ボクは校長の研究を手伝う約束をしていたので学校に向かった。



 学校の敷地に入ると、休みの日なので学校には誰もいないのかと思いきや、魔法の自主練をしている生徒や、のんびりとベンチに座って本を読んでいる生徒などが見かけられた。この学校の中には学生寮もあるらしいので、そういう子たちかもしれない。

 ボクは校長室の扉の前の犬だか猫だかわからない生き物の絵の前で手をかざす。これは校長に許可された人間を認証する仕組みらしい。絵の目が光り扉が開かれる。


「やあ、リョウ君。いらっしゃい。」

「あ、はい。おはようございます。校長先生。」


 校長室に入るとボクは部屋の真ん中に置かれた椅子に座るように促された。


「まあ、リョウ君に頼みたいのは難しいことじゃないよ。憑依者が体に秘めている魔力は言ってみれば原石そのままのような物でね。本質は魔物の魔力と同じなんだ。だから普通の人間には扱いづらい物のはずなんだけど、なぜか憑依者の体を介すると普通の人間でも扱える魔法力に精錬された状態になる。」

「うーん。ボクは何も仕組みもわからないで魔法を使ってました。」

「うんうん。大方の魔法だって、私たち人間はよくわかっていないで使ってるんだよ。こうやって研究を重ねて理解を深めて来たんだ。憑依者の魔力の仕組みだって、実は伝統的には利用されて知られていたんだよ。……君は魔法の歴史の授業は得意じゃないみだいだけど、そういうことも大事なんだ。」

「ご、ごめんなさい。」

「いや、まだこれからだからね。魔法の歴史は必修科目だから居眠りしないように。さて、本題に戻って今日の話だけど……。」

「はい。」


 校長はボクに空のコップを手渡した。


「たぶんこれが一番手っ取り早いと思うんだよね。ドラゴンの生の魔力を採取したいんだ。そのコップに唾液を入れてもらえるかな? 憑依者の体液に含まれる魔力は原液そのままのような状態なんだ。」

「だ、唾液……ですか。」

「ん? ……そうか。君は一度、騙されて唾液を取られたことがあるんだね。大丈夫だよ、変なことには使わないから。」


 そう。ボクは以前プリンに騙されて取られた唾液が利用されたことがずっと引っかかっていて、学校に入ってからは特に唾液だけでなく体から出る汗などの処理に気をつけていた。……でもルカがそこまで校長に話していたのだろうか?


「それは疑ってないです。……ただ、ボクの中のドラゴンの嫌な面だったから。」

「……魔物の力と共生するのは難しいことだよ。もしも君がドラゴンの力を手放したいと思っても、私にはそれを止めることはできないよ。」

「もしもドラゴンの力を手放したら……、魔法は使えなくなるんでしょうか?」

「いや、通常の人間の姿でいる時に使えた分の魔法力は体に残るようだね。……ただ、憑依者が魔物の力を捨てて人間になる方法は今のところ一つしかない。」

「……そうですか。」

「まあ、そんなに気落ちしないでおくれよ。憑依者が持つ魔物の魔力は強大で特別なものなのだから!」


 そうしてボクは唾液を校長に渡した後、少しだけ校長から魔法と憑依者の歴史について話を聞いた。昔あったという北の国のことも、マリンからちらっと聞いただけだったけれど、校長からはもう少し詳しいことを教えてもらえた。憑依術の話題になったので、ボクも、中央王国で見た憑依術の印象とコウタさんから聞いた憑依者ユニオンの見解のことを校長に話した。


「憑依術が憑依者の魂を魔物に憑依させる魔法だから、憑依術で作られた憑依者は魔法を使えるようになる。でもそのせいで憑依者の体はこの世界の人間よりも魔物寄りの存在なんだよね。それが、この世界の人間と交わることで憑依者はこの世界の人間に変わる。生まれ変われると言ってもいい。誰が作ったかわからないけれど、憑依術はもしかして未完成な魔法なんじゃないかと私は思うんだよね。」


 うーん。難しい話でついていけなくなってきた。憑依術が未完成だったら、今の魔物の体に憑依する形は中途半端ってこと? 本当に憑依術が実現したかったのは、この世界の人間への転生……? でもそれってどんな形?


「ふふふ。いいね、リョウ君。考えることは大事なことだよ。私たちはこの世界の秘密も元の世界との繋がりも全部知らないといけないんだよ。なぜ自分がここにいるのか、私は生まれた時からずっと疑問に思ってきた。」

「でもボクはなんか頭いたくなってきちゃって……。」

「ははは。じゃあ今日はここまでにしようかね。」

「あ、はい。いろいろ聞かせてもらえてどうもありがとうございました。」


 はあ……、校長の話は興味深いけど疲れちゃうなあ。

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