ボク就職する

 ミネの仕事は朝が早い。ボクが一人でベッドで目を覚ますと部屋にはもういない。

 ボクは部屋に置いてある食べ物を適当に食べて、ちょっと顔を洗って着替えると部屋の外に出た。一階のカウンターにまだオバサンがいない。まだ店が開いてない時間なのだろうか。そのまま、ボクらが最初にこの街にやってきた道……街の大通りに出ると、街の人たちは店の前を掃除したり商品を並べたりしていた。



 ボクがミネが働いている店に顔を出してみると、ミネは店頭で開店の準備を手伝っているところだった。


「ミネ、おはよう。」

「あ、起きたのね、リョウ! おはよう! これからどこか行くの?」

「今日は街の向こうの方に行ってみようと思って。」


 適当にあっちの方を指さしてみせた。


「そっか! なんか面白いものがあったら教えてね!」

「うん。じゃあ、またね。」


 ミネはボクと話している時も全く手を休めず、ボクとの会話が終わったらすぐ慌ただしく店の中に入っていった。



 この街は端から端まで歩くのに多分一時間くらいかかる。街の東西を繋ぐ大通りの周りには商店や宿が多くあって活気があり、そこから離れていくと住宅が多くなる。北側の方にある家の方が大きい。南側は下町っぽい雰囲気になっている。街の真ん中は噴水のある大きな広場で、ここにも村にあったのと同じ大きな教会のような建物があった。


「この建物が何なのか、ミネに聞いたことなかったな。」


 建物の扉は閉まっていて今は中に人がいるような気配ではなかった。まあ、いっか。

 ボクは噴水のところのベンチに座って、街行く人たちを見ていた。


「はぁ、仕事探さないとなあ。」


 広場にはいくつか露店も出ていた。地方から持ってきた作物を売っていたり、手作りの小物を売っていたり、いらなくなった服や道具を売っている人もいて、フリーマーケットのようだ。

 ボクにも何か売るものがあればいいんだけれど……。



 そういえば、魔法を使って道具を直したりできるんだよな。西の国の人はほとんど魔法が使えないってミネが言っていたっけ。魔法切れになった道具を仕入れて、ボクが魔法で直して売るっていうのはどうだろう?

 よし! なんかいける気がする!



 そうと決まればとボクは次に、魔法切れの道具をどうやって手に入れようかと考えた。魔法切れになった道具は、修理屋に出すよりも新しく買った方が安いならば捨てられるに違いない。しかし、ゴミ捨て場を漁るわけにもいかないし……。それなら、訪問で引き取りを申し出たら無料で貰えたりしないだろうか?

 ボクはさっそく家々を回って、魔法切れになった道具をもらえないか交渉をしてみることにした。まずは北の方の家からだ。



 トントン。適当な家の前に立ってドアを叩く。


「何? あなた?」

「あのー、不要になった魔法の道具があったら譲ってもらえませんか?」

「はあ? あなた何なの?」


 家の住人はすごい胡散臭いものを見る目だ。……結構、精神的に堪えるな、これ。


「あ、無いんだったらいいんですぅ……。」


 バタンッと強めにドアを閉められてしまった。

 気を取り直して、次の家に行ってみよう……。失うものなんて無いんだから、できることはやらなきゃ!



 今日は結局一軒だけ、捨てる予定の使えなくなった火を付ける道具と、光を出す道具をくれた家があった。光を出す道具は懐中電灯みたいなものだと思う。

 火を付ける道具に魔法を込めて再び火が付くようになったことを確認した。光を出す道具の魔法陣はどこにあるんだろう? そういや、洞窟にも灯りがあったけどあれも魔法陣はわからなかった。何か仕組みが違うのだろうか?



 それから数日で、ボクは街の北側の家の半分くらいを回った。

 仕組みや使い方がわからないような道具、大きな道具は荷物になるので断るしかなくて、袋に入れられるような小さい物をいくつか貰った。

 今日は、魔法力を込めて使えるようになった物を売り物として広場に並べてみた。値段はミネに相談して付けた。正直、ボクのアイディアに対するミネの反応はいまいちだった。

 こんな調子でお金は貯まるのか……?



 何時間くらい広場で客が来るのを待っていただろうか? 全然お客さんが来なくてそろそろ店じまいにしようかと思っていると、男が売り物の前に立ち止まった。ボサボサ頭のその男は売り物をマジマジと見た後にボクの顔も見てから、こう言った。


「おい、お前だろ。ここ数日、道具を貰えないかっつって回ってる奴は。」

「え!?」

「ちょっと、こっちこい!」



 男はボクの服を引っ張って、広場の隅に連れて行くといきなり怒鳴った。


「いいか!? 魔法切れの道具の回収と修理は俺の仕事なの! 勝手なことすんな!」

「え……、いや……、すみません。」


 ボクは驚いて、つい謝ってしまった。


「ったく、お前なんなんだよ! ん……? お前、その首の……。」


 さっき引っ張られたせいでボクの首元のウロコを見られたみたいだ。


「あ! これは違くて!」

「お前、憑依者か!? なんでこんな街にいるんだ!?」


 この人、憑依者を知ってる。これはやばいか? ボクはウロコのある首元を隠して、すぐ逃げられるように男と距離を取ろうとする。


「あ、待て待て! 警戒しなくていい! 俺、二年前まで中央王国で魔法技師をやってたんだよ。だから憑依者なら友達にもいたんだよ。ケイスケって奴、知ってるか? つーか、憑依者なら最初から言えよ。そうか、道具修理は向いてるよな。憑依者の魔法力は桁違いだもんなー。」


 男の声から怒気が消えて、ボクから手を離した男は一歩下がった。


「でも、あのやり方はダメだぜ。効率も悪いし、この街のことをわかってない。」


 男はニヤリと笑顔を作ってみせる。


「なぁ。お前、俺の仕事手伝わないか? 俺は仕事を持ってる。お前は魔法力を持ってる。ギブアンドテイクだ。どうだ、お互いウインウインだろ? おい、少年! 今住むところはあるのか?」


 ボクは男のグイグイくる感じに抗いたい気持ちになった。


「……いや、少年ではないです。」

「お前、もしかして面倒くさい奴だな! じゃあ、名前はなんて言うんだ?」


 危害を加えようという感じではなくなったのでホッとしたが、なかなか開放してはくれなそうな雰囲気だ。


「……リョウですけど……。」

「よし、採用! 決定! その、名前の意味を言わないところが憑依者っぽいぜ。俺の名前はシュンって言うんだ。意味は一番良い時期、な。」


 いや、ボクはまだ返事してないけど……。


「それじゃあ、リョウ! 俺の職場ここだから! 明日から来れるよな!」

「……。」


 たしかにあのままじゃお金を稼げないだろうし、この人のところで仕事するのも手かもしれないか。胡散臭い気もするけど、悪い奴だったらドラゴンになって焼いてやる。


「わかりました。よろしくお願いします。」

「よしよし。素直な方が得だぞ、リョウ!」


 シュンと名乗った男はガハハと笑ってボクの肩を叩いた。



「ミネ、ボクも就職決まったよ。なんか道具の修理をやってる人が雇ってくれるって。」

「ほんとに!? よかったー!」


 ミネはボクの報告をとても喜んでくれた。

 その日の晩ご飯は、ミネが弁当屋で貰ってきた余り物のお弁当で、お好み焼きみたいな何かだった。味は悪くないけど、具がすり潰されていてなんだかわからなかった。

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