瑠璃色の魔法使い編

街に着いたけど

「やっと街だね。」


 ボクらは街までの道中あまり会話をしなかったので、ボクは久しぶりにミネの声を聞いたような気がした。


「うん。」


とだけ返事をして、ボクは首元のウロコを隠すためにマフラーのように布を首に巻いた。街ではボクがドラゴンだって気付かれないようにしないといけないと思ったからだ。

 街に続く道は途中から石の道になっていて、道の両側に宿屋や食べ物屋や土産物屋が立ち並ぶ風景が現れたので、そこがこの街の入り口だと分かった。道はそのまま街の真ん中まで通じているようだった。



 ミネが店の人に宿の場所を聞きに行って戻ってきた。


「短期の滞在者向けに部屋を貸してくれるところがあるって。あっちの方。」


 ボクらはそのまま横道に入って進んでいった。横道は途中から下に向かっていく階段になっていて、階段を降りた先に赤いのれんを出した店があった。

 ミネがその店に入っていくのについて入ると、カウンターにはちょっと化粧の濃いオバサンがいた。


「ほー、あんた山の向こうの村の出身かい。……そうそう、お金は大丈夫だね、前払いだからね。……よし、いいよ、貸してあげる。」

「ありがとうございます。」

「……あっちのは?」

「彼は私の夫です。ちょっと首に怪我をしてるから今は療養していて……。」

「ふーん。夫婦にしちゃ若いね。それなら貸すのはひと部屋でいいのね?」

「はい。」

「ほい、じゃあ、これ鍵ね。二階の奥の部屋だよ。悪いけど壁は薄いからね。日当たりはいいよ。」


 ミネはオバサンから鍵を受け取り階段の方に行って振り返りボクを手招きした。オバサンがギロっとボクを見る。


「あ、ありがとうございます。」


 ボクも一応、オバサンにお礼を言っておいた。



 ボクらが借りた部屋の中はテーブルと椅子とベッドと棚の最低限の家具があるだけで、洗面所や台所やトイレは部屋の外にあって共同だった。部屋の窓の下には隣の家の屋根が見えた。確かに日当たりは良さそうだ。

 よし。泊まるところも決まって落ち着いたので、元の世界に戻る方法についてさっそく街で聞き込みをしよう。

 そう思っていたボクを、ミネはちょっと待ってと言って止めた。



「それじゃあ、憑依術のことは何も知らなかったの?」

「うん。憑依術って村では誰も聞いたことなかったんだよ。もともと西の国では魔法を使える人も少ないし。だから、この街でもどれだけの人が知ってるかわからない。」


 下手に聞いて回っても収穫が無いどころか警戒されてしまうかもってことか。慎重に考えた方がいいな。


「……たしか、あいつは中央王国って言ったね。」

「中央王国はここからもっとずっと東にあるの。中央王国は東の国と同じくらい魔法が発展しているから、もしかしたらそこでは知ってる人が多いのかもしれない。」

「じゃあ中央王国に行くのも有りか……。」

「うーん……。中央王国に行くには全然お金が足りないと思う。遠いし。それに……。」

「それに?」

「リョウは身元を証明するものが無いよね……。普通は生まれた時に国に届を出すから、例えば私だったら西の国の民として身元が保証されているの。でも、リョウはそれがないから中央王国に入れないと思う……。」

「え? そんなのあるの?」

「うん。それに身元の保証がないと仕事ももらえないからお金を稼ぐのも大変だよ。しばらくこの街に滞在して中央王国まで行くお金を貯めるとして……、私が仕事を探してくるけど私一人だと生活費だけでも精一杯だと思う。」


 確かに、ちょっと前まで魔物のドラゴンだった人間が難なく受け入れられる社会って、すごいお人好しでなければ、どんな荒廃した世界だって話だよな……。


「それってさ、ボクがこれからこの世界で生きていくの、凄い難しいんじゃない?」

「そうだね……。国の民としての証を持っていない人がこの社会でどう生きられるのか私にはわからない……。どこの国もそんな感じだと思う。この部屋も私が西の国の民だっていうこの証があったから借りられたんだもの。」


 ミネは首にかけた白い板のようなものを見せてくれた。これが身元を保証する物で魔法によって本人と強く結びついているらしい。



「なんか、例えば……、魔物退治の依頼を受けて報酬を貰う……みたいな、冒険者ギルドとかそういうのってないの? 身元保証とか言わず、力だけで評価されるみたいな……。」

「リョウのいた世界にはそういうのがあったの?」

「いや、あったかな? 無かったかもしれない……。」


 無いよなあ……。そういう剣と魔法で冒険って世界じゃないみたいなんだよなあ……。



「まあ、なんとかなるよ! しばらくはこの街にいよう。私が稼げばいいんだから。これから仕事探してくる!」

「し、仕事って、どんな!?」


 急に立ち上がって部屋を出て行こうとするミネにボクは慌てて聞いた。家出したも同然の女の子がどんな仕事するつもりなんだ、と心配になったからだ。


「食べ物を売るお店か、物を売るお店か、そういうところかな。それだったら私も役に立てそうだから。実はさっき、求人の張り紙が出てるお店を見かけてたんだ。そこに行ってみるよ!」

「そうか。それだったら良さそうだね……。」


 ボクは変な想像をしてしまった自分を恥じた。



 ミネが出ていった後、ボクはベッドに横になった。

 ボクにはドラゴンの力と魔法があるけど、そもそも雇ってもらえず稼ぐ手段もないんじゃどうにもならないじゃないか。ボクは途方に暮れた。このままこの街から出ることも出来ずミネに養ってもらって生きるのか。ボクの冒険は早くも詰みかー?



 しばらくしてミネが戻ってきた。


「仕事決まったよ! 明日から街のお弁当屋さんで働きます!」

「就職おめでとう。よかったね。」

「ありがとう!」


 ミネの満面の笑顔にドーンと圧倒されて、ボクはクラクラした。

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