ブロイラー
天然水Ⅱ世
ブロイラー
私の父は私に厳しかった。学業に怠慢があれば私を怒鳴りつけた。私が食べ物を粗末にするようなことがあれば、私を殴りつけることさえあった。けれども決して客観的に見て理不尽なことはない。父が私を怒るときはいつも世間一般常識に照らし合わせて私に非があるときのみであった。
父が私を叔父の経営するブロイラー農場に連れていくことを決意したのは私が食事を残すことを直さなかったからであった。どうしても食べ物を粗末にする私に食べ物を大切にする精神を植え付けようと図ったのである。
夏休みに入り、高校が休校となったその翌日。私と父は新幹線に乗り、上方を離れた。鹿児島へ向かう道中、父は私に「お前もあれを見れば二度と食べ物を粗末にしようなどとは考えないだろう」と言った。
「父さんはいつも食べ物は粗末にするなと言うけど、どうしてもお腹がいっぱいの時だってある」
父は無言であった。
私が叔父に会えたのはその日の晩のことであった。父にそっくりの、けれども父より頭が寂しい叔父と、その奥さんが笑顔で出迎えてくれた。
「あにょ――兄貴よく来てくれたな」
「すまないな。いきなり来るようなことして」
「いきなりとか言うけど兄貴から連絡来たの二週間も前だったじゃないか」
「あれ?」と父が言い、叔父が笑ったところで叔父の目が私の方を向いた。私が叔父を訪れるのは初めてのことであった。正月のときはいつも叔父が我が家を訪れていたのである。
「相変わらず大きいな。高校生のくせして」
叔父が言った。すでに身長は叔父とそれほど変わらない。けれども体格は月とすっぽん、チョモランマと天保山のごとく比較にならないものであった。叔父の体格は最早ゴリラである。
「叔父さんも相変わらず大きいですね」
叔父は苦笑を浮かべるばかりであった。
翌日、夏休み明け翌々日。私と父は叔父に案内され、ブロイラー農場に行った。私はそこで見た光景を二度と忘れないだろう。圧倒的なまでの密度の中、ブロイラーが立ち往生していたのである。
目の前でブロイラーのうちの一匹が倒れた。叔父が「あれはもうだめだな」とボソッと呟く。しばらく彼は起き上がろうとあがいていたが、結局彼は助からなかった。「どうして彼らはあのような仕打ちを受けているのか」
あまりの残酷な光景に私は耐えられなかった。
「そうでもしなきゃ俺たちがああなるからだよ。いちいち鶏の幸せを求めていたら安価な鶏肉は生産できない。そうなれば貧民たちは肉にあやかれなくなる」
人間のエゴのために彼らは不幸なのである。私は今まで食べ物を捨てていたことを後悔した。あのような不幸の末、殺された彼らの死を、私は無駄にしてきたのだ!
叔父は続けた。
「アレが倒れたのは体の急成長に耐えられなかったからだ。そして急成長するのはそうでもして生産速度を上げなきゃ安価のまま儲けを出せないからだ。鶏の権利を考えればあとはさっき言ったとおりだ」
頭では理解した、けれども心で納得できない私ば父に助けを求めた。しかし、父は私を助けてはくれなかった。父の考えもまた、鶏を犠牲にして人権を守ることが正義なのであった。
あの地獄を見てから一か月が経ち、再び学校が始まった。私の脳にはあの光景がこびりついて離れない。登校して、私はすぐに友達のAに話した。しばらく頷きながら聞いていたAは一言、「お前、優しいやっちゃなぁ」と私の話の最後に呟いた。
「でも僕らも似たようなもんやん」
Aはそう続けた。私には彼の言葉は理解できなかった。これほどまでに恵まれた人間である私たちとあの地獄で死ぬために生きるブロイラーが似ているとは到底思えなかったのである。
「こんな狭い教室で社会に出荷されるために勉強してるやん。一クラス四十人とか詰め込みすぎやで」
神妙な顔で彼は続ける。
「高校の三年かてあの量の知識三年で詰め込まれたら急成長に耐えられへん子供が出てきて当然やろ。中学かてそうやけれど」
その悲観的な発想は私にとって驚嘆に値するものであった。けれども私にはそれを完全に否定することはできなかったのである。
「そして耐えられなかった子は社会に存在を肯定してもらえへん。ある意味死んだも同然やん。急成長に耐えられへんかったら死ぬのもブロイラーと一緒やな」
私にはどう返してよいのかわからなかった。ただ、この暗い話題を変えたい私は好きなユーチューバーの迷言で返事をしたのである。
「事案やな」
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