『それでは、夜の訪問をお待ち申し上げております』

「それでは、夜の訪問をお待ち申し上げております」

 婚礼の儀式が終わったところで、タモンは左右の耳元から同じ様な言葉を囁かれた。

 対立しているはずの両家なのだけれど、まるで示し合わせたように同じタイミングで同じような甘い息がかかったので、タモンは赤面しながら戸惑ってしまった。


「こんな感じでよかったのかな」

 タモンは、城の中でいつも執務をしている部屋に戻ると、窮屈な服を緩めながら、独り言のように呟いた。

「良い儀式だったと思いますよ」

 部屋の入り口で書類を抱えながら待機しているエリシアは特に感情を動かされた様子もないままでそう答えてくれた。

「どう思った?」

 近づいてきたエリシアに、少し声をひそめて聞いた。

「どちらのお嬢さまも、素敵でした。噂以上でしたね。うらやましいです。お館さまは、どちらがお気に入りになりました? 今夜どちらを部屋にお招きするのです? あれ、こちらから行くのでしたでしょうか」

「そういう意味じゃない」 

 分かっているくせに一回余計なことを言わないと気が済まないエリシアに、タモンは苦笑いしていた。

「そうですね……思っていたより、両家とも力を入れていた感じでしょうか。でも、騎士の数は少ないですし、それほど残すつもりもないようです。今のところは『男王』ととりあえず繫がっておこうくらいのスタンスのようですね」

 タモンをからかったあとで、エリシアは、冷静になってそう話した。自分で色々手を回した結果が思ったよりもうまくいって満足そうな表情が隠しきれないようだった。

「ただ、キト家は距離からすれば現領主が一緒に来ても良さそうなものですが……」

 不満そうな顔を隠さずにエリシアは、そうつぶやいた。

 今、領地を離れられない色々な事情はあるのだろうけれど、対等な相手だとは思っていない雰囲気はタモンも感じていた。

「まあ、エトラ家より必死な姿は見せたくないとかそんな変なプライドもあるのでしょう。いいじゃありませんか、娘さんはもういただいてしまったわけですし。うまく両家を操っていきましょう」

 もし、渡り廊下の向こう側の後宮に聞こえてしまったら問題になりそうなことを口にするので、タモンは顔をしかめていた。

「二人のお嫁さんは平等に扱う……でいいのかな」

 少し自信がなく、エリシアに確かめたいという気持ちもあったため、ちょっと大きな独り言になった。

「しばらくは両家を競わせる方針でいいと思いますが……お館さまの好きなようにしていただいていいと思いますよ。完全に平等になんて扱えませんし」

 エリシアは突き放したように、そう答えた。

「このあと、寝室に招くか、向こうの部屋に行くかは分かりませんが、どちらかを先にしないといけませんからね」

 タモンは確かにと納得はしたけれど、このあとのタモンの行動について興味津々なエリシアに少し煩わしさも感じていた。

「ずいぶん、誰が最初かを気にするんだね」

「今、この城での一番の関心事ですし。お館さまの好みによっては私の今後の戦略を考え直さないといけませんし」

 いたずらっぽい笑顔を浮かべてエリシアは、そう答えた。

「エトラ家を優遇して、キト家を追い詰めていくのもいいですし、キト家と組んでエトラ家の勢力を削いでいくのもいいと思います」

 エリシアは冷たいトーンで話を続けた。エリシアからすればどんな選択をしても、想定のうちなので何とでもなるという自信があるようだった。

「あるいは、部下を優遇して士気を高めるのも手だと思います」

「部下?」

「カンナ将軍は今おられないので、ミハト将軍とか……ミハト将軍とか。いいと思いますよ。部下を一番に考えていることを示して、両家には美人の嫁はもらうけれどへりくだって配下になるわけじゃないぞというアピールになると思います」

「楽しそうだね」

 力説するエリシアの言葉をタモンはちょっと困った表情で受け止めていた。この地方の庶民として育ったエリシアからすると、エトラ家やキト家にはちょっと羨望と憎しみが混ざったような感情があるのだとタモンも常々感じていた。

(最後の方針がエリシアとしてはお勧めなんだろうな……)

 個人的な感情が入っているとしても、悪い手とは思わない。タモンは考え込んでいた。

「でも……大丈夫かな」

「心配はいりません。両家とも今は何も動けません」

 エリシアの綿密な調査の結果だ。それなりの軍隊もあるし、この地方の経済を握ってはいても両家とも牽制しあって何もすることはできない。大胆なことをする決断力もない。それはわかるけれど、タモンとしての不安はそれではなかった。

「いや、それは心配していないけれど、新しいお嫁さんたちのご機嫌が悪くなっていないかなって……」

「……そこはうまく籠絡してください」

「僕に、そんな自信があるわけないだろう……」

 タモンには、この城を攻め落とすよりも遥かに難易度の高いことのように思えた。生まれてこの方、女性とろくに付き合ったこともないし、口説いたこともないのだ。

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