嫁二人と婚礼の儀式
もう日も落ちて、空もだいぶ薄暗くなっていた。
城から後宮につながっている渡り廊下には、灯された火がいくつも並んでいた。
(僕の城で……婚礼の儀式か……。やっぱり変な感じだ)
タモンは、まだ優しそうな表情が残る少年だった。
自分で用意したはずなのに、いつも住んでいる城がライトアップされて幻想的になっている光景に見とれてしまっていた。
(『僕の城』だって……)
渡り廊下の城側で待っているタモンは、自分の感想に思わず笑ってしまった。
現状をもう一度確認してみたけれど、やはりどこか受け入れ難い違和感を抱かずにはいられなかった。着せられたお内裏さまみたいな服とともに他人事のような気がしてしまう。
(一年前は、僕は普通の男子高校生だったはずだったはず……だよね)
その記憶もだいぶ薄くなってきて、遠いできごとのような気がする。
トラックにはねられたのか、変な門でも通ってしまったのかそのことも覚えていないけれど、とにかく気がついた時にはタモンはこのファンタジー感あふれる世界にいた。
ただ、ファンタジーと言っても巨大なドラゴンが空を飛んでいたりとかそういった光景には残念ながら出会ったことはないし、多分いないのだろう。残念な気持ちもあるけれど、そんなモンスターがいたら、多分この一年でさえ生き延びられなかっただろうとタモンは安堵していた。
「お妃さまがおいでです」
侍女のその声とともに渡り廊下を挟むようにして待っていた数十人は一斉に片膝をついて、礼をした。
見渡す限り若い女性ばかりが数十人。
これがファンタジーでなくてなんなのだろうとタモンは改めて思う。
(……お妃って誰だっけ)
割と本気で一瞬、そう考えた。
さっき、会ったお嬢さまたちのことだとはさすがに理解はしていたけれど顔を覚えている自信はなかった。
僕の嫁になるために遠路はるばる来てくれた二人の少女。
向こうからすれば罰ゲームなのではないだろうかという自虐的な思いはどうしても消えないまま、二人の嫁が渡り廊下を歩いてこちらに来るのを待っていた。
侍女に手を引かれた二人の少女が、タモンの方へと歩いてきていた。
(同時に! 並んで!)
タモンもだけれど、周囲の従者たちにも意外な光景だったようでざわめきが起こっていた。
誰かと間違えてしまうかもしれないなんて心配は無用だった。婚礼の儀式用の服も格別に美しいけれど、二人のお嫁さんは存在自体が、周囲とは別格の雰囲気を漂わせていた。
エトラ家のお嬢さまとキト家のお嬢さま。タモンとほぼ同じ歳の十九歳と十八歳の少女で、周辺諸国にも広く知れ渡っている評判の娘だった。
タモンも、率直に言うと見とれていた。
和服のお姫さまのようなエトラ家と白いドレス姿のキト家のお嬢さま。さっき、一度その姿を見たはずなのに更に髪飾りや化粧が周囲の赤い炎の灯りに照らされてよりいっそう二人の美しさを映えさせていた。
タモンと似たような目や肌をしているエトラ家のエレナお嬢さまは、ふくよかな女性らしい体つきとその柔和な顔つきもあって親しみやすく可愛らしい人だった。
その横に並んでいるキト家のマジョリーお嬢さまは、元の世界のアイドルとかモデルとかでも比較にならないくらいの美貌を持っていた。金髪で碧眼、真っ白な肌がまぶしいその体は少女の脆さを持ちつつ何気ない動きまでもがなんともいえず大人びたような女性でタモンもライバル家の従者の目も奪い続けていた。
(元の世界だったら、自分なんかが一生親しくなることもない人だよな……)
タモンは、『この世界は、自分の恥ずかしい妄想でできているのではないか』と時々、どうしても考えてしまう。
でも、痛いことも苦しいこともあった一年だったなと振り返る。
最初は、魔法使いのおばさんに監禁されて無理やり夜の相手をさせられた。男だから別にいいじゃないかと思いながらも、あれは悪夢だったと思い出すたびに気持ち悪くなる。
タモンの周りは、少し火を灯しすぎて煙たくて熱いくらいだったけれど、そんな苦悶の表情を出すわけにもいかないのでただひたすら微笑を保っていた。
「何でこんな夜になってから、婚礼の儀式をするんだろう?」
タモンは隣にいた宰相に聞いてみたことがある。
「あまり庶民は婚礼の儀式とかしないですから。名家の間でなんとなく風習になったのだと思います」
そんな冷たい返事があっただけだった。まあ、女性ばかりの世界だと、ちゃんと婚姻はしないのかもしれないと納得はしていた。
(ハーレムっぽい展開なら歓迎なんだけれど、実際にハーレムを作るとなると大変だなあ)
タモンは、今後のことを考えると少し胃が痛くなる。
(でも、これは……とても素敵だ)
薄暗い闇の中で、周囲の炎に照らされた二人の少女はこの世のものではないくらいに綺麗にみえた。汚い部分は適度に隠して、揺らめく炎に照らされて赤く染まったように見える肌は綺麗な顔を更に美しく見せる効果がある。だから、夜に炎で照らした婚礼の儀式はこの土地で定着したのだろうと、タモンは考えていた。
(この二人をうまく手懐けて、この土地で生き抜くことができるだろうか……)
女性と付き合ったこともない自分には、ものすごい高度なミッションな気がしてめまいがしてしまう。
(そうは言っても、やるしかない)
そう決意をすると、この土地ならでは作法を思い出しながら、婚礼の儀式を進めた。
酒に口をつけ、指輪を交換し、タモンは二人の少女に同時に愛を誓った。
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