嫁二人の到着

「すごい歓声……何事……」

 城で二人のお嫁さんの到着を待っていたタモンはあまりの盛り上がりに、窓から身を乗り出して街道の様子を窺った。

 普段仕事をしている部屋からまっすぐに窓から見える光景は、のどかな農村にある緑豊かな景色に、馬か牛を連れた農民が数人見えるくらいだった。

 しかし、今、窓から身を乗り出して港町の方を眺めると鮮やかに赤い人たちと水色の人たちに別れた行進が行われていた。タモンの記憶でもこれを超えるパレードは記憶にない。

「どういうこと? 鉢合わせてしまったのか?」

 道は両家の行進で半分に色分けされていた。何も打ち合わせていないのに、連動したように見える赤と水色の綺麗な波のような動きにタモンも魅了されていた。

「きれいだ……」

 偶然の行進に思わずみとれてそんな声が漏れる。

「案外、両家との関係もうまくいくかもね」

「お館さまはうまくいかないと思っていたんですか?」

 にっこりと笑ったタモンに傍らもいたエリシアは、不満そうな顔で答えた。狙い通りですよとでも言いたそうなエリシアの気持ちは、タモンにも分かってはいた。ただ、実際にうまく両家を迎え入れたとしても、張り合わせるけど喧嘩させても駄目な状況を続けていかればいけない。

(本当に、僕にそんなことできるのかな)

 嫁との関係だけではないことは分かっているけれど、それだけに色々な不安を考えるときりがないので不安はここ数ヶ月の間増すばかりだった。

 ちょっとだけ希望が見えた気がしたタモンは、城門まで両家を出迎えることにした。


「これが城?」

 城に到着した両家の従者たちは、そんなことを口にしていた。

 庭こそ広いものの、建物自体はだいぶ古くてこぢんまりとしている。経済的に豊かな両家に仕える従者たちにはそう見えてしまうのだった。

「これなら我らが主のお屋敷の方が立派だな」

 普段は張り合ってはいる両家の従者だったが、今は仲良く同じ感想を持っていた。少し、この田舎の城主を小馬鹿にしたような声や雰囲気があるのを乗り物から降りた両家のお嬢さまはたしなめた。

「建物の大きさなど大した問題ではありません」

「今日からここは私の城となるのです。失礼のないように」

 両家のお嬢さまはそう言ったあとで、お互いに真正面から向かいあい視線を絡ませた。

(この方がマジョリー様。噂に劣らずスラリとした体型でかっこよくてすごい美人!)

(エレナ様……。可愛らしい方ね。それにすごいふくよかな胸!やはり噂に聞くところの男はこのような方が好きなのでしょうか)

 お互いがお互いのコンプレックスを微妙に刺激しあっていて、会釈をしたあとでにっこりと微笑みあった裏では、お互いに焦りを感じていた。

 そして、それよりも二人にとっての最大の関心事が目の前に現れた。

「ようこそ。いらっしゃいました」

 穏やかな笑顔で二人を出迎えてくれたのが、『男』であることに気がつくのに特にマジョリーは少し時間がかかった。

 どうしても、先代の『男王』であるカド王やノベ王の背も高くたくましい筋骨隆々のイメージが強いので、目の前にいる新しい『男王』のイメージが繫がらないまま二人は優雅に礼を返した。

(『男』なのですけど……。どちらかといえば可愛らしい感じ)

(思っていたのとは違いましたけれど……怖くなさそうで、ちょっとだけ安心)

 エレナは一度会ったことはあるのだけれど、その時は盗賊団の戦利品という認識だったので少し怯えながら挨拶をした記憶しかなかった。そして、マジョリーは完全に初対面で想像していた人物とはかなり違っていたので戸惑っていた。

 二人を迎えたタモンの方も、困惑していた。女性と付き合った経験もないタモンだけれど、精一杯もてなそうと脳内でシミュレーションを何度も繰り返してきた。

(しかし、同時に来るのは想定外……)

 『あなたのような素敵な人が嫁に来てくれるなんて幸せです』という言葉は噓ではないけれど、両者に向かって言ってしまうと何のありがたみもなくなってしまう気がしてしまっていた。

(ただ、両家をうまく張り合わせることが狙いだった……はず)

 当初のエリシアとの計画を思い出すと、これは逆に好機なのだとタモンは思い直した。

(覚悟を決めよう。この二人をうまく扱うんだ)

 そして、両家のお嬢さまに対して左右の手を同時に笑顔を崩さないように差し出した。

「エレナです。ご無沙汰しております。タモン様」

「マジョリーです。キト家より参りました。この度はこのようなご縁談のお話をいただき私の両親からも感謝の言付けを預かっております……」

 差し出された手の意味を、二人のお嬢さまは少し戸惑って考えた。エレナがタモンの片方の手を握り握手すると、マジョリーも慌てて握手をして挨拶をした。

「それでは、早速、お二人の住まいに案内いたしましょう」

 名門の家から来たというマジョリーの挨拶はまだ続きがありそうだったが、聞こえないふりをしてタモンは二人のお嫁さんの手を引っ張った。

「え、あ、あの」

「はい」

 マジョリーや彼女の従者たちからすれば、無礼な態度に見えて少し気色ばんだ。二人同時に挨拶をするとは何事だ。そもそもキト家からすれば、エトラ家なんかのお嬢さまと同格に扱われているのさえ気にいらない。怒るために立ち上がろうとした従者もいたけれど、マジョリーたちの視線でいったんは制止された。そんな中でも、悪気なく楽しそうに二人のお嫁さんを引っ張る新たな主人の姿に、当のマジョリーや従者たちも何も言えずに着いていくしかなかった。

(少し無作法ですが……手を繫いで歩くのっていいですね)

 二人のお嬢さまは不満を持ちながらもされるがままになっていた。ただ、同時にそんな穏やかな気持ちにもなっていた。

 タモンはくるりと一回転して、後ろ手で二人の嫁と手をつなぎ直していた。

 マジョリーにとってはこんな風に手をつないで歩くのは本当に小さい時の子供の頃の記憶しかない。少し大きくなると同世代の子供にも敬われてかしずかれて、悪気はないのだろうけれど少し距離をおいて後ろからついてこられた。

(エレナ様も、同じ様な気持ちだったりするのでしょうか……)

 マジョリーはちらりと横に視線を向けた。男を挟んで、同じように手を繫がれているライバル家のお嬢さまは、戸惑いながらも自分と同じようにどこか楽しそうな表情にも見えた。

「こちらがお二人のお住まいになります」

 城の裏が見える場所まで回り込むと、二つの建物が目に入ってきた。ところどころ赤く塗られているため一見派手には見えるものの、実際のところは生活することをしっかりと堅実に木材を中心に作られているエトラ家の建物と、石造りで新しい建物なのにまるで歴史ある建物のように洗練されたキト家の建物だった。両家にそれぞれ好きなように作らせたので、統一感はないのだけれど、城の後ろで左右に建っている姿は対称的に揃っていて調和してみえるのだった。

(我がエトラ家の方が立派で、新しい。キト家の建物はあんな古臭い作りでお嬢さまは大丈夫なのかね)

(気品ある素晴らしい住居だ。それに比べてエトラ家はいかにも田舎の金持ちらしい下品な建物だな)

 両家の従者は、それぞれの価値観で自分たちの建物の方が素晴らしいと大声ではないが自慢しあっていた。

(どちらにしても、手前の小城よりはるかに立派だなあ……)

 ただ、罵り合いにはならず両家の気持ちは図らずもそんな思いで一つになっていた。

 『まあ、この住居ならうちのお嬢さまを預けてもいいか』と納得した面持ちで落ち着いていた。

「あちらが、タモン様のお住まいですか?」

 二つの住まいから雨に濡れない程度の高さと屋根を備えた渡り廊下がつながっていて、途中で合流した後に城まで伸びている。そして城から少し飛び出している建物にまでつながっていた。城の裏なのにそこだけ飛び抜けて明るく立派な増築箇所だった。

「はい。今はあそこに住んでおります」

 城の増築もエトラ家の予算と人で行った。エレナお嬢さまは、そのことを従者から聞いてさりげなくアピールするようにとでも言われていたようだった。タモンはスポンサーのご機嫌を損ねないように、ただキト家からは金になびいているなどと蔑まれないようにとへりくだりすぎず、でも丁寧に穏やかに感謝をしながらエレナお嬢さまと会話していた。

(想像よりはるかに面倒だなこれ……)

 タモンは顔は笑顔を保ちつつ、内心では両家に配慮しなければいけない現状に盛大に溜め息をついていた。

「私の部屋から、すぐに行けてしまうのですね」

 ただ、当のエレナお嬢さまはそんな両家の張り合いなどは全く気にしていないようで、これからの新婚生活はどういったものになるかだけに想像を膨らませて期待し、そして勝手に恥ずかしがっていた。

 そんなエレナとタモンをマジョリーは冷たい視線で、表面上は笑顔を絶やしはしなかったけれど。冷たい人を射抜く視線で見つめていたので、タモンは慌ててフォローしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る