嫁二人のパレード
その日、港町モントの人々はかつてない熱気に溢れていた。
この町にも大きな影響力を持つ北ヒイロ地方の二つの家。しかも、美人と話題のお嬢さまが二人とも嫁にやってくる。そんな、噂を聞きつけた港町とその周辺の住人はその日は浮き足立っていた。
「なんだ。この人混みは!」
馬上のミハトは想像以上の人の集まりに思わず叫んでいた。
タモンたちが占拠している城から港町モントへの道は、ただの原っぱの中を横断するだけの道だった。それは今も変わらないが、この日のために拡張されて綺麗に整備されたところだ。しかし、予想以上に民衆も新しい街道沿いに集まってしまい仕方なくミハトたちの部隊までもが借り出されて交通整理に当たる始末になっていた。
モントから伸びる三方向への街道の警備体制が整ったところで、ミハトは民衆のざわめきを感じて周囲を見回した。東の街道から、エトラ家の行列が姿を見せるのと全く同時に、西の草原をまっすぐに突っ切る道からはキト家の集団が現れていた。
「おおー。両家とも現れた」
建物によじ登っているモントの町民からも、街道沿いに集まった民衆からも歓声があがった。
どちらの行列も戦闘は騎兵が数騎いて引っ張っている。エトラ家はその後ろに赤い甲冑姿の槍を持った歩兵たちが槍の先端に大きな儀式用の布をはためかせて続いていた。幾つかの輿を守っていて、おそらくひときわ目立つ真ん中の輿に今回のお嬢さまが乗っているのだと思われた。
振り返って、キト家は騎兵の後ろは青と白を基調にした甲冑を身にまとった兵隊たちが歩いていた。その後方には何台かの馬車がゆっくりと付き従っていた。先頭の馬車がお嬢さまの乗っている馬車で、その他はお嬢さまの荷物を運ぶためだけの馬車だろう。
港町モントに近づくにつれて歓声がさらに大きくなったので、馬たちが興奮しすぎないように少しお互いになだめながら街道を進んでいた。何も示し合わせてはいない。そもそも、時間さえもたまたま同じになったのだが、はからずも港町モントの手前の街道で両家の行列は見事に鉢合わせた。
「同時か? なんでこんなことになっているんだ! ええい。エリシアのやつめ……わざとか?」
ミハト将軍は、街道沿いの警備だけのつもりで城から出てきたのに、思いがけず両家の出迎えをして大規模な交通整理をするはめになってしまった。
「しょ、将軍いかがいたしましょう? 安全を考えればどちらかを先にいかせるべきですが……」
「や、やはり家柄からすればキト家の行列を先にいかせるべきでは……エトラ家からは不満がでてしまいそうですが」
「駄目でしょ。今回の増築でも一番世話になったエトラ家は優先させるべきでしょう」
ミハトの部下たちも浮き足立っていた。近年仲の悪い両家なだけに、モントの街で出くわした時点で一触即発な空気をだしていた。
「どっちも兄者の嫁さんだ。贔屓するわけにはいかないだろう」
ミハトはそう言うと、馬を下りて両家の先頭の騎士たちまで歩いていって出迎えた。
「両家ともようこそいらっしゃいました!」
港町の住人にも届く大きな声でミハトは、両家の人たちに向かって宣言した。普段のぶっきらぼうな態度ではなく、大きい声で威圧的ながらもちゃんとした礼儀正しい態度を見せていた。
「これから我が城までの道は、こちらがわをエトラ家。こちらがわをキト家と半分ずつ分けあって進んでもらいます!」
予想していなかった提案に両家の騎士は同じように困惑していた。
「私が先導いたしますのでついてきてください。揉め事など決して起こしませぬように!」
返事を聞くことなくミハトは、そのまま説明を続けると、翻ってまた馬上の人になった。この地方で絶大な力を持つエトラ家とキト家に対して、全く下手にでることなくそう言い切ったミハト将軍に対して、両家は圧倒されるとともに港町の民衆は沸き立っていた。
『なんか最近、怪しい魔法使いから別の怪しい男に変わったらしい近くの小城』
『ほとんど山賊みたいな人たちで作られている軍隊』
そんな認識だった港町の人々は、ミハトの堂々とした態度に魅了されていた。
「今度の城主の『男王』さまはまともな人なのかも……」
「部下の人たちも頼もしくて、格好いい」
周囲の民衆からは、信頼されつつある雰囲気と黄色い声援が聞こえるようになってきていた。
『自分たちを優先して当然だろう』とお互いに思っている両家だったが、こうもはっきり言い切られては不満を言う時間もなかった。戸惑いながらも主人に確認して半分ずつ道を分け合って進むことにした。
「おおお。なんかすごいことになりましたね」
ミハトの副官たちは、自分たちの後ろに合わせて数百の行列がついてきていることに内心では怯えていた。自分たちの部下は街道の警備にそれぞれ配置していているので、ミハト以外は副官二人――アンとクレハ――と護衛の一人――シュウ――のわずか四騎だけで先導していた。しかも道の右半分と左半分で一触即発な空気を出していた。
「まあ、なにか問題を起こしたら叩き返すだけだ」
豪胆にミハトは言い切る。
『そんな無茶な』と三人の部下の女性たちは困り果てていたけれど、将軍の気迫は後ろの行列にも伝わったようで規律正しく両家とも道を分け合って行進していた。
キト家が従者が大きく旗を振ると、街道沿いで出迎えた人たちは大きく歓声をあげた。それを見たエトラ家の槍兵たちは槍を交差させつつ、儀式用の布を大きく振り回した。
「なんか、踊りだしましたぜ」
「どういうことだ!」
ミハトの副官、アンとクレハは、後ろを振り返りながら段々エスカレートしていく両家のアピール合戦に困惑していた。両家はお互いに相手よりも民衆に受けるように派手な動きになっていった。全く示し合わせていないのに、まるで事前に練習していたかのように流れるような両家のうねるような動きに対して、街道沿いに集まった民衆からは拍手喝采が起きていた。
「すごいです。歓迎されていますね」
そんな光景を輿に揺られながら、外の様子を窺っていたエトラ家のお嬢さまは感激したように目を輝かせていた。
「エ、エレナお嬢さま。危ないです。キト家のものもすぐ側にいるのですから」
護衛の女騎士のそんな忠告には耳を貸さずに、エレナお嬢さまは簾を自分の手で大きく開け放った。
「大丈夫、今、両家とも喧嘩をしている場合ではないもの。そうでしょ?」
にっこりと笑って、そのまま街道沿いの民衆に手を振った。
「きゃー」
「エレナ様だわ!」
街道沿いに集まった人たちからは、大歓声があがった。噂通りの可愛らしい容姿に、この辺ではあまり見ない民族衣装の装束姿は、派手な朱色だけれど落ち着いた雰囲気で周囲の人たちを魅了していた。
「何事かしら」
割れんばかりの大歓声に、反対側を進んでいるキト家の馬車の中も驚いていた。
「どうやら、エトラ家のお嬢さんが姿を見せて手を振っているみたいですね。全く、下品な」
マジョリーお嬢さまの疑問に、ちらりと外の様子を窺ったキト家の侍女は、斜め前を歩くエトラ家の輿を見ながらそう答えた。
「私も、集まってくれている皆さんに手でも振った方がよいでしょうか」
「え。お、お嬢さま。そんな民衆にドレス姿を見せるだなんてはしたない。ああ、いえ勿体ない」
一度は、その言葉に納得して浮かせた腰をおろしたマジョリーだったが、あまりにも自分の反対側でだけ民衆が盛り上がっている音を聞き焦る気持ちが彼女を突き動かした。
「カーテンを開けて」
真剣な表情で詰め寄るマジョリーお嬢さまに、馬車内で同席している侍女二人、ランとルナは止めようとした。
「社交界で褒められることではないのは分かっています。でも、今は、負けるわけにはいかないのです」
(あの城で、これから私は生きていくんだ)
近くに見えてきた小さな城を見ながら、マジョリーは改めて決意を固める。かつての栄華はなくなったキト家を再び繁栄させるために『男王』と手を組む事にしたのだ。母はまるで悪い人に売ってしまうかのように、すまなそうにお願いをした。でも、あなたならできると期待されてこの田舎に送り出された。あの時に固く握りしめられた手の感触をマジョリーは思い出していた。
この城で暮らすのに、ライバルであるエトラ家のお嬢さまに人気で負けるわけにはいかないとマジョリーは気合いを入れる。
「マジョリー様!」
馬車の窓から顔をのぞかせて、手を振ると目の前の民衆は何人か大きな歓声をあげてくれた。しかし、馬車の窓は小さくて実際に彼女が手を振っていることに気がついてくれる人は限られていた。ますます大きくなるエトラ家のお嬢さまへの歓声が、キト家側の街道沿いでも、民衆の視線も集めていることにマジョリーは焦りを感じていた。
「窓からでは駄目です。馬車のドアを開けましょう」
「え、ええっ?」
主人の言葉に侍女二人は驚いて、制止しようとした。でも、自分たちの主人の決意が固いことはその眼差しを見て分かった。
「分かりました」
侍女たち二人もうなずいた。
「それにエトラ家のお嬢さまごときがちやほやされているのは、納得がいきませんし」
「そうです。うちのお嬢さまは世界一綺麗ですから」
一度賛同してしまえば、侍女たち二人もエトラ家への対抗心と、自分たちが仕える主人の素晴らしさをもっと民衆にアピールしたい熱意に駆られていた。
「世界一って……それはさすがに言い過ぎじゃない?」
普段は自信たっぷりなマジョリーもさすがに熱すぎる侍女たちの言葉に戸惑っていた。
「いいえ。マジョリー様は世界一です」
「ええ、帝国の姫様たちだろうが、足元にも及ぶものですか」
「さあ、マジョリーお嬢さま、こちらにお座りになってください」
「あ、はい」
もはや言われるままにマジョリーは座る位置を変えると、侍女たちの服や髪型の最終チェックを受けていた。
「では、開けますよ」
「お嬢さま、とびっきりの笑顔で」
そう言うと、侍女は馬車のドアを開け放った。ゆっくりと進んでいるので風圧などは大したことはないのだが、ドアがばたばた開けしめなどしないように紐をくくりつけて動かないように押さえつけていた。
侍女たちのそんな裏方での涙ぐましい努力のおかげで、キト家側の街道に立っている民衆からは、馬車の中で座るマジョリーお嬢さまの姿が足元まではっきりと見えた。
「おおお」
「きゃー」
美しい水色を基調としたドレス姿は、まさに吟遊詩人が歌うお姫さまの姿そのものだった。わずかな風に吹かれて、ひらひらと腕の裾やスカートが揺れる。そして、評判の美少女が笑顔で手を振っている光景に、街道の民衆は感激して、卒倒する人までいた。
「あれが、マジョリー様」
「すごい。綺麗。ドレスも素敵」
もともと、マジョリーはこの地方でも評判の美少女だった。キト家伝統のドレスに身を包んだ姿をひと目見ようと、民衆は馬車の近くに向かって押し寄せた。その姿を見ることができた人々は、お互いに叫びながら隣の人と手をあわせて飛び跳ねているくらいだった。あまりの大人気っぷりに。先導していたミハトまで戻ってきて民衆が馬車に触れないように警備していた。
「むむ」
地響きにも似た大歓声に、反対側のエトラ家も動揺していた。
「さすがはマジョリー様、大人気ですね」
民衆からの歓声が大きいからと言って何かが変わるというわけではないのだが、エトラ家のエレナお嬢さまも好敵手を讃えながら『このまま負けたままではいけない』という気持ちになっていた。
「ここは踊るしかないかしら」
エレナお嬢さまの決意に、護衛の騎士は冷ややかな目で答えていた。
「お嬢さまの踊りって……下手ではないですか……。それに輿の上で激しく踊られても担ぎ手の迷惑です」
「そ、そうよね」
馬上からの忠告に、しょんぼりとしながら、エレナお嬢さまは納得していた。
「お嬢さま。私たちなら大丈夫です」
「どうぞ、踊っていただいても」
担ぎ手から声をかけられて、エレナお嬢さまは笑顔になっていた。ただ、さすがに踊ったりするのは諦めたようで、静かに簾から乗り出して全身の姿を見せて民衆にアピールをしていた。
港町モントからの行進は、最高潮に盛り上がりながらゴールの城へと到着しようとしていた。
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