② 交渉
*
突如として、霊幻が地面に叩き付けられた。
――!? 何が起きた!?
「ココミ! 敵か!?」
(分からない。私は感知してない)
「ホムラ! 警戒態勢!」
「うるさいわね。分かってるわ」
視線の先、霊幻は立ち上がり、周囲を見渡した。セリアを追うのを一旦止め、笑ったまま左腕を上げる。
恭介の眼に取り付けたコンタクトレンズが感知した。
霊幻の周りには何かのPSI力場が一方向に作られている。
「何のPSIだ?」
その疑問は霊幻によって答えられた。
「ハハハハハハハハハハハハハ! 出て来るが良い! 吾輩には分かっているぞ! 今のはマグネトロキネシスだな!」
マグネトロキネシス。磁力を操るPSI。
恭介達から二十メートル先の、セリアが逃げた先の路地裏からその人間とキョンシー達は現れた。
「……高原、一彦」
そこにはもじゃもじゃ髭で白髪の老人が居た。見間違う筈が無い。高原 一彦だ。
黒スーツの男とキョンシー達に囲まれて高原は柔和な表情をしていた。
そして、その中で一体だけスーツでは無く、喪服姿のキョンシーが居る。
喪服姿のキョンシーは女性体だ。細身で中背。蘇生符で顔をちゃんと確認できないが、恭介には何処か既視感があるキョンシーだった。
そのキョンシーの周囲には黒い砂が舞い、十を超えるボーリング大の黒球が浮いていた。おそらく、砂鉄と鉄球であろう。
『ああ! 助けてください! アネモイが、アネモイが!』
セリアは彼らの姿を視認した瞬間、倒れ込む様にそこへ駆け寄り、高原へと縋り寄った。
『大丈夫。これならば我々で直せる。セリアさん、あなたは下がっていなさい』
――まずい、な。
恭介は思考を回す。高原の周りには七、八体のキョンシー。そのどれもがPSI持ちだろう。対してこちらのキョンシーは全て満身創痍だ。
「霊幻! こっちに下がれ!」
「ハハハハハハハハハハハハハ! 何を言っている恭介よ! やつら全員を撲滅するのだ!」
「エレクトロキネシス無しでどうやって勝つつもりだ!」
ハハハハハハハハハハハハハ! 霊幻は纏っていた紫電を消し、突撃しようと左足に力を込めた。
磁場中において紫電を纏っては満足に動けない。故に霊幻は徒手空拳で突撃しようとしていたのだ。
咄嗟に恭介はアネモイ2に命令した。
『アネモイ2! 霊幻をこっちに引き戻せ!』
『オッケー』
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 霊幻の足元から強烈な旋風が生まれる。
「何と!?」
じたばたと動くが、片腕が欠損し、人工臓器が見えるほど右半身が露出している今の霊幻ではアネモイ2の風から逃れることは不可能だった。
「恭介、吾輩の邪魔をするというのなら、お前へ紫電を浴びせるぞ?」
「今ここで僕を殺したとして、霊幻があいつらを撲滅できるとは思えないけどね」
それだけ言って恭介は霊幻から意識を外し、こちらを見る高原達へ目を向けた。
――攻めて来る気が無い?
ゴクリと唾を飲み込み、恭介は高原達へ口を開いた。
「高原 一彦。僕はシカバネ町キョンシー犯罪対策局第六課の木下恭介だ。お前には違法キョンシー製造及び改造並びに素体の違法奪取の疑いがかけられている。投降しろ」
「この状況で、その言葉を吐けるのは素晴らしい。勇気ある若者だ。蛮勇でないことを祈ろう。君の言う通り、私は高原一彦だ。君が言ったすべての犯罪には心当たりがある。さて、私は君の後ろのキョンシーに用があるのだが」
高原の目線がスーッと恭介の後ろ、すなわち、ホムラに背後から抱き締められたココミへと注がれる。老人の瞳には熱と狂気が満ちていて、今にもこちらへ駆け出してきそうだ。
「……僕のキョンシーに何か用か? 言ってみろ。内容によっては聞いてやる」
「ほう! 話が分かるな君は! 対話の精神を持つのは素晴らしい事だ。では、言わせてもらおう。木下君、そのキョンシー、ココミを私へくれないかね?」
その瞬間、
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
高原達が巨大な火柱で包まれた!
「ホムラ!?」
恭介は慌てて振り向いた。そこには蘇生符を発光させ、わなわなと目を見開くホムラの姿がある。
「……ちっ」
そして、ホムラは舌打ちした。
恭介が視線を高原達へ戻すと同時に、間欠泉の様に噴き出した水流がホムラの炎を掻き消していた。
――ハイドロキネシストも居るのか。
どのキョンシーかは分からない。だが、高原の周りに居るキョンシーはホムラと相性が悪い。
「相変わらず、ホムラは私が嫌いな様だ。見た所、脳がかなり壊れているな。それ以上無理をすると壊れてしまう。私としてはお前は要らないのだが、ココミと一緒にこちらへ来ると良い。私が調整してあげよう」
柔和な笑顔のまま、高原がホムラとココミへ手を差し出した。
「嫌よ」
「……」
拒否の言葉は短く、強固だった。
恭介は一歩前に出て、ホムラとココミを背後に隠す。
「この二体は僕の物です。あなたへは渡しません」
「何か欲しい物があるのなら、出来る限り用意するが」
「仮にあなたが僕の望む物を用意できるとして、それを受け取るのは
高原と視線が合う。恭介の舌の根は緊張で乾いていた。
「……ココミを私達へくれるというのであれば、そこのアネモイをそちらへ引き渡すが、どうだね?」
高原が彼の背後で、アネモイを抱き締めているセリアを指した。日本語ゆえに彼女は今の言葉を理解しておらず、安心した表情で愛おしくアネモイを撫でている。
――そう来たか。
ココミとアネモイ。どちらが天秤として傾く?
恭介の頭の中で様々な要素が浮かび上がり、損得勘定が高速で計算される。
それら全てを恭介は取っ払った。
「考えるまでもない。それは正しくない。むしろ、逆にこっちが提案しよう。アネモイはくれてやる。だから、僕のキョンシーに手を出すな」
「……どうやら、平行線の様だ。私は力づくでココミを奪えるのだよ?」
ピンとした緊張が辺りへ張り詰める。高原達に攻められたら勝ち目が無かった。
しかし、恭介は強固な態度を崩さなかった。
――ハッタリを効かせろ。
「そんな気はあなたには無いはずだ。力づくで来るなら霊幻をマグネトロキネシスで叩き落した瞬間に奇襲を掛ければ良いんだから」
「気が変わったと言ったら?」
高原の態度は崩れない。何を考えているのか判断が付かなかった。
故に恭介は命令した。
「木下恭介がホムラとココミへ勅令する。次に僕が合図をしたら
「!」
そして、初めて高原の表情が崩れた。
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