曇りのち
① 無味乾燥な笑い声
「やった!」
恭介は喝采の声を上げた。京香が放った鉄球と霊幻が放った紫電の一撃がアネモイを撃ち落としたのだ。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
アネモイ2の風に受け止められた霊幻が大きな笑い声を上げた。
それに恭介はギョッとした。
声は楽し気な響きを持っているのに無味乾燥としていて、声というよりも音に近かった。
そんな霊幻の本気で笑う音を恭介は初めて聞いた。
――これがキョンシー、か。
キョンシーの在り方は機械に近い。特定の機能を持った人型の肉人形。やっと恭介はキョンシーと人間の違いを理解した。
『アハハ! すごいね君達は!』
アネモイ2が称賛する。先程まで可愛らしくコロコロとした少年少女の物だと感じられたのに、そこには〝機能としての笑い〟が含まれている。
『感謝するアネモイ2! お前もお前の先代も素晴らしかったぞ!』
同時に恭介は気付いた。モルグ島へ降り注いでいた大雨が消え去り、黒々とした雨空が曇り空へとその色を変えていく。
『アネモイ、雲の制御権は?』
『もう、ぼくの物さ! すぐに青空にしてあげるよ!』
言葉通り、モルグ島を、いや、ヨーロッパを覆った雲は目に見えて薄れていく。
アネモイが絶対の物としていた空の制御権がアネモイ2に移ったのだ。
――何とか、成ったか?
張り詰めていた精神と肉体が弛緩する。
死の最前線。キョンシー同士のPSI戦。それもおそらく史上初であった出力Aクラス同士のキョンシー戦。初戦闘というのには重過ぎた。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
ココミとのテレパシーによる頭痛がさらに強くなり、恭介は両耳を抑えていた手を外した。
「ココミ、テレパシーを解いて」
(分かった)
直後、頭に響いていた毒の靄の様な痛みが治まり、今度こそ恭介は深く息を吐いた。
「ああ、ココミ! やっと煩わしい戦闘が終わったわね! さあ、早く帰って一緒に寝ましょ。疲れちゃっただろうから。あ、一緒に映画とかを見るのも良いわね。パンケーキを食べるのも魅力的だわ。そうね、全部やりましょうよ」
ホムラがまた弾ける火花の様にココミへと話しかける姿を横目に恭介はアネモイ2へ命令した。
『アネモイ2。アネモイの所まで連れて行って』
『良いよー。でも、結構無理したから、さっきみたいには戦えないからね』
顔中から血を流しながらアネモイ2は笑った。恭介の指示によってアネモイ2は無理をした。本来の使用スペックを上回ったエアロキネシスの使用は確実にアネモイ2の寿命を縮めただろう。
『安心しろ! 吾輩がお前達全員を守ってやるさ!』
ハハハハハハハハハハハハハハハハ! 霊幻が自信満々に言うが、その体は無残な物だ。
右上半身のほとんどがえぐり取られ、千切れた人工臓器が幾つもぶら下がっている。金属パーツは露出し、所々でショートを起こしていた。何かの補助が無ければ立つこともできないだろう。
『分かった。期待しておく』
アネモイ2の風に乗り、恭介達が降りたのはモルグ島の広場だ。半径二メートル程の噴水を中央においた円形のスペースの広場である。
その広場の噴水にてアネモイは倒れていた。ぼろぼろに成った小麦色のレインコート。胸から下がほぼ千切れた無残な体。
そんな風の神をセリアが抱き、『アネモイ、アネモイ!』と声を掛けていた。
「素晴らしい! 本当に素晴らしい! 見ろ恭介! セリア・マリエーヌが生きているぞ! あのキョンシーは最後まで人間を守り切ったのだ! 尊敬に値する!」
ハハハハハハハハハハ! 笑い声にアネモイを抱いたままセリアがギロリと恭介達を睨んだ。
『どうしてこんな事をするの!? アネモイは、アネモイはこんなにもヨーロッパの為に尽くしてくれたじゃない!』
――そう言われても。
恭介個人にはアネモイを破壊する理由は無い。彼が今回戦ったのは第六課に所属していたからに尽きる。
『僕達が第六課で依頼されたからです。セリア・マリエーヌ、あなたを唆した連中を教えろ』
チャプ。まだ雨の残滓が主張する石畳へ恭介達は足を進める。
『近寄るな! 近寄るな近寄るな近寄るな! お前達にアネモイは渡さない!』
ジャブジャブとアネモイを抱えたセリアが噴水の中で恭介達から離れようと足を動かした。
その動きは緩慢で、何処かを痛めているのかぎこちない。簡単に捕まえられる傷ついた女の姿だ。
「霊幻、僕の命令は聞ける?」
「無理だな。吾輩への命令権は京香にだけある。だが、吾輩の自由意思とお前の命令が同じならば同様だろう」
「回りくどいね。分かった。じゃあ、僕が合図したらお願い」
「おうとも」
霊幻との軽い示し合わせも済み、恭介はセリアへと目を向けた。
『再度、通告する。セリア・マリエーヌ。投降して、情報を全部吐け』
恭介の言葉をセリアはほとんど聞いていない。彼女は噴水から出て、そのまま背を向けてアネモイを抱えて走り逃げようとしていた。
仕草は必死で、逃げ切れないと分かっているだろうに、それでも逃げ切ろうとしていた。
「霊幻、捕まえて」
「おう!」
ダンッ! ほとんど左足一本で霊幻がセリアへと突撃した。普通なら立っていることさえできないその体はアネモイ2の風で補強されている。
『ハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 撲滅だぁ!』
バチバチバチバチ! 軽い紫電を全身へ纏わせながら霊幻の体が急速にセリアへと突撃していく。
いくらボロボロとは言え霊幻は改造キョンシーだ。ただの人間とは馬力が違う。
セリアが捕まる姿を見届けようと恭介はジッとその突撃を見つめていた。
そして、霊幻が後一歩でセリアに追いつけるという時、
「
女の声だった。ややハスキーで、落ち着いた大人の女性の声だ。
それと同時だった。後一歩でセリアに手が届こうとしていた霊幻の体が
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