⑪ 痛み分け

 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 石畳を踏み付けてエレクトロキネシストが突撃する。


 道路標識、駐車された乗用車、それらへ磁力を使いながら体を飛ばし、京香は生身ではあり得ない速度でモルグ島の道路を高速移動した。


 背後に跳び続け、耳に相対時速五十キロの風が通り過ぎ、視界に京香にしか見えないPSI磁場が縦横無尽に動き回る。


 今、京香が出せる全速力だ。それでも、敵のエレクトロキネシストの方が速い。


 戻ってきた八つの鉄球を散発的に発射するが、距離はジワジワと狭まり、必殺の電撃が京香を襲い続けた。


 ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ!


 ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ!


 ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ! ボオオオオオオオ!


 炎の葡萄は苛烈さを増した。京香は砂鉄の雲を上部へ展開し、炎の葡萄を防ぐが、爆発で砂鉄が弾け、爆風が京香の体勢を崩していく。


 ボォンボォンボォンボォンボォンボォンボォンボォンボォンボォンボォンボォン!


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


「あんまり動き回るのは得意じゃないのよ!」


 京香の本来の戦い方は立ち止まっての中距離戦。高速移動しながら迫り来る敵が一番苦手だった。


 花開いたシャルロットをエレクトロキネシストへ向け、砂鉄の雲を上部へ展開し続ける。


 状況は京香に不利。上空から放たれる過剰出力のパイロキネシスが邪魔だ。砂鉄の雲では今の量の炎球を防ぎ切れない。


 可能なら立ち止まり、一体ずつ対処したかった。しかし、いざ立ち止まろう物なら、設置型のエアロキネシスが京香の体を浮かせるだろう。


――設置型の厄介な所ね!


 設置型のPSIは力場を設置してから発動と言う二つステップが必要だ。速攻性は低い代わりに軌道が読み難く、いざ発動した場合避けるのは著しく困難である。


 相棒である霊幻と共に戦えるなら、京香の苦手部分を霊幻が補ってくれる。動き回るのは霊幻に任せ、それらを見渡せる位置から支援すれば良い。


 霊幻がこの場に残せば、この程度の襲撃、何とも無かっただろう。


 故に京香は霊幻を先に行かせたのだ。


 炎球に当たり、爆発を繰り返す砂鉄の雲の向こう。エアロキネシストに支えられたパイロキネシストの頭は全ての穴から出血を起こしている。


――後、二十秒ってところかしら?


 このPSIのオーバーワーク。後一分も待たずして、脳は壊れ、パイロキネシストは活動を停止するだろう。


 だが、それよりも早く、エレクトロキネシストが自分を捕まえるだろう。


 京香は賭けに出た。


「ラァ!」


 京香はエレクトロキネシストに向けていたシャルロットを投げ上げた。重さはそれほどでないが、半径一メートルの水晶の薔薇のモーメントは大きく、頭から一メートル程度の僅かの高さまでしか上がらない。


 それと同時に京香は前方へ磁場を集中させ、砂鉄の雲をそこに移動させる。


 一瞬にして薔薇の盾と砂鉄の雲はその位置を切り替えた。


 ボォボボボボボボボォボボボボボボボボボボボボン!


 爆球を受けたシャルロットが悲鳴を上げてしちゃらかに回転する。けれど、一瞬、降り注く爆風の雨はその存在を消した。


 エレクトロキネシストとの距離は僅か二メートル。その間に差し込まれた砂鉄の雲へ京香はとある命令をする。


「ばらけろ!」


 命令は磁場を消失させること。正確には極端に弱くすること。


 京香の視界で高速に回転していた磁場のベクトルはそのスカラーと回転速度を急激に弱め、結果として、砂鉄の雲はその硬さを失った。


 トレーシーの銃口を背後へ向け、京香は四つの鉄球を高速で撃ち出す。


 作用反作用の法則から京香の体へ強烈なブレーキが掛かった。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 半気体状態と成った砂鉄の雲がエレクトロキネシストの体を瞬時に包み込む。


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!


 電流が弾け、その全てが砂鉄雲に吸収され、強烈な発光を見せる。


「固まれ!」


 再び京香は磁場のスカラーと回転を強くする!


 それはまるで強烈な研磨剤の様に砂鉄雲はエレクトロキネシストの体を駆け回り、吸収された電流がそのまま蘇生符へと流れ込んだ!


 ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウウ! キョンシーの体は一瞬にして、金属パーツが露出し、その頭部が破壊された!


「次!」


 すぐさま左腕を振り上げ、京香は砂鉄雲を上部へと展開し直す。ドサッと剥き出しの肉塊が石畳へと落ちた。


 しかし、砂鉄雲の展開は一歩遅かった。


 ボォン!


「っ!」


 炎球が一つ京香の左腕と衝突し、その細腕が一瞬にして焼き砕かれた。


 激烈な痛みが駆け巡る。蘇生符を貼って痛みを鈍化させていなければ、気絶していただろう。


「ハハ!」


 トレーシーをパイロキネシストとエアロキネシストへ向け、躊躇わず京香は四つの鉄球全てを射出した。


 磁場の強度は一番強く、軌道は真っ直ぐ最短に。


 最速最短で放たれた鉄球の星は炎球の爆発を撃ち破り、敵のキョンシーへと届く。


 当たる直前、エアロキネシストがパイロキネシストの体を向かって来る四つの鉄球へと押し飛ばしたのを京香は見た。


 バキボキバキボキバキボキバキボキバキボキバキボキバキボキ!


 パイロキネシストの体だけが砕け、鉄球の一つがその蘇生符ごと頭部を砕いた。


――逃げられる!


 意図は明白だ。比較的損傷が軽微なエアロキネシストはこのまま逃げるつもりなのだ。


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 果たして、予想は的中した。


 上空のエアロキネシストは階段を駆け上がる様にその高度を増し、京香の有効戦闘範囲から速やかに離脱する。


「……追えないか」


 少しだけ京香は追撃するかを考え、すぐに止めた。


 左肘から先が本来向かない方に捩れ、一部の肉は炭化し、開放骨折を起こしている。


 突き破った骨からは血が滴り落ち、京香の運動能力を著しく下げていた。


「塞げ」


 砂鉄を腕の破れた場所に貼り付け、京香は出血を止める。


 左腕から滴り落ちた液体は雪に赤いまだらを彩っていた。


 京香は気象塔へと跳ぶ。シャルロットは後で回収することにした。


 霊幻が行ったのだ。戦闘はもう終わっているはずだ。

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