⑤ メイドと老紳士の観光




***




 シンシンシンシンシンシンシンシンシンシンシンシンシンシンシンシン。


 ツラツラツラツラツラツラツラツラツラツラツラツラツラツラツラツラ。


「素晴ラしい雪でスネ。セバス、見てクダさい。こレ程ノ大ユキをヨーロッパで見られルとは」


「さようでございますね、お嬢様。ただ、この気温はお体に触ります。室内にお戻りください」


「大丈夫デス。防カン着を着ていルんですかラ」


 午後二時半。ヤマダは小物カバンを持ってセバスを連れてモルグ島の街を歩いていた。


 セバスが差した大きな黒い傘に白い雪がボタボタと落ちている。


 つい、十分前から降り始めたこの猛烈な大雪はあっと言う間にモルグ島の街へ雪化粧を施した。


 石畳がくるぶしの上まで雪で覆われ、ザグザグとヤマダの小さな足が沈んでいく。


 ヤマダの格好はいつものメイド服に白いPコートを着た姿だ。厚手のPコートで袖口に軽い装飾が為されている。胴体は暖かく、雪も何のそのである。


 だが、ヤマダが履いていた靴はいつもの小ぢんまりとした可愛いらしい靴で、溶けた雪水が靴下越しにヤマダの足を冷やした。


「お嬢様、では、長靴などを吐くのは如何でしょう? その靴では霜焼けに成ってしまいます」


「イヤです。かワいい長靴を持ってキテいないんデスもの」


 セバスの心配をヤマダは一蹴する。モルグ島に持って来た服の中で長靴と合うコーディネートが無かったのだ。可愛い恰好をできないのならヤマダにとって着る理由が無い。


「セバス、そんナにワタシの足がシンパイなら、ワタシを抱えテ歩きなサイな」


「よろしいのですか?」


「えエ」


 ヤマダの頷き、セバスは滑らかに彼女を抱き上げた。腰に右腕、膝下に左腕を差し込まれ、グイッと力強くヤマダの体が宙に浮く。


「お嬢様、申し訳ないのですが、傘をお持ちください」


「良いでショウ。エスコートよろシくお願いしマス」


 一気に近くなったセバスの顔にヤマダは満足そうな顔をして、セバスの肩に引っ掛かっている傘を両手で受け取った。


 実は両足がかなり冷えてきてそろそろ辛くなっていたのだ。


「♪」


 ザクザクザク。


 鼻歌を立てながらヤマダはセバスに抱えられ、高くなった視界でモルグ島を歩いた。


 石造りの建物だった。屋根は三角形で灰と赤と黄色の町だ。


 この大雪だからだろう。出歩く人間はとても少ない。パン屋や服屋のガラスウインドウの奥の人々が老紳士に抱えられたメイドの姿にギョッと目を向いていた。


 ヤマダは目当ての場所がある訳では無い。今回のモルグ島への派遣において、ヤマダに求められた仕事は全体のサポートである。京香やマイケルや恭介とは違って、別段必ずしなければいけない仕事と言うのは無かった。


 故にヤマダは観光する。普段日本で暮らす彼女からすれば、ヨーロッパ圏での暮らしは何処か懐かしい物であった。


「あ、セバス、あソこの店に行っテくだサイ。アの雑貨ヤです」


「承知いたしました」


 セバスに指示し、ヤマダは目に付いた雑貨屋に入店する。


『!?』


 雑貨屋の店員はお姫様抱っこをされて入店してきたメイドの姿に分かり易く目を剥いた。


「セバス、下ろシテくだサイ」


「仰せのままに」


 氷細工の様にセバスはヤマダを床に下ろす。


『店員さん。品物を見せてもらっても良いかしら?』


 流暢なフランス語でヤマダはあんぐりと口を開けていた店員に微笑んだ。


『あ、はい』


『ありがとう』


 唖然とした店員に背中を向けてヤマダは店内を回る。お土産用の小物を売っている店の様で、トゥーン調にデフォルメされた動物達が棚に並んでいた。


――トゥーンには当たり外れがありますけど、ここのは良い感じですね。


 ヤマダの可愛いセンサーにとってトゥーンは当たり外れが大きいジャンルだったが、ここのは良い感じにコミカルで気に入るデザインだった。


『いくつか買って行きましょうか』


『ありがとうございます! このアニマルシリーズがオススメですよ!』


 ヤマダの好感触に店員は売り子モードに入った様で、ズイッととある一団の商品を進めてきた。


 猫、熊、犬、鷹、兔、狸、狐、蛇。計八体のデフォルメ化された動物の置物達である。各々が楽器を持っている様だった。


『これは?』


『うちの人気シリーズに成る予定のアニマル音楽隊です! どうです? 可愛くないですか?』


『ええ、可愛らしい。これで全員なの?』


『はい! この八匹の音楽隊が世界中を旅しているってコンセプトなんです!』


 ヤマダはキツネの置物を持った。手ごろなサイズで中々のデザインである。


『そうね。じゃあ、この音楽隊をくださいな』


『お買い上げありがとうございます!』




 ヤマダ達が店を出た時、雪雲は綺麗さっぱり消えていた。


 カラッとした青空が広がり、気温が上昇し、積もった雪が急速に溶けて行った。


「セバス、ワタシを抱えナサい」


「承知いたしました」


 だが、ヤマダはセバスに命令して自身の体を抱き上げさせる。


 ザクジャブザク。水気の多い雪を踏み荒らしながらヤマダは気象塔へと戻る事にした。買った土産を部屋に置いておきたいからだ。


 そんな、ヤマダ達の頭上からこの一週間で聞き慣れた声が届いた。。


『やあ、ヤマダ! 観光かい? ここは良い所でしょ!』


『あら、アネモイ、こんにちは。あなたは散歩かしら?』


 小麦色のレインコートを着た白髪のキョンシーがニコニコ笑っている。


 雪が解けたのだろう。レインコートは水滴でキラキラ反射して、アネモイはまるで空飛ぶ宝石の様だった。


 彼または彼女がこうしてモルグ島を飛び回っている姿をヤマダは遠目で確認していた。


 それはもう楽しそうにモルグ島をクルクルクルクル。尽くすべき人間達を見下ろしていたのだ。


『そうだね、ぼくは元気さ! ありがとう!』


『確かに元気そうですね。アネモイ、セリアは? 外に出たあなたの近くには彼女が居るはずでしょう?』


『セリア、そうセリア! あの子は良い子だよね。ぼくといっしょに居てくれるし。いつもぼくとおしゃべりしてくれる。ぼくはセリアが大好きさ!』


『仲がよろしくて何よりです』


――会話が噛み合いませんね。


 ヤマダはふむ、と考え始めた。アネモイと上手く会話ができなくなったのは二日前からだ。


 ココミのテレパシーによる脳劣化の加速。それがとうとう言語中枢にも異常を来し始めているのだ。


 周囲を見渡してもセリアの姿は見つからない。セリアはフランスのモルグ島におけるアネモイのお見付役だ。外に出ているこのキョンシーから離れる筈がない。


『アネモイ、あなたはさっきまで何処に居たのですか?』


『あ、この町オススメの観光スポットかい? 海岸に海鳥が集まる場所があるんだ。キラキラした水面に、真っ白な翼が影を落としてすっごく綺麗だよ! 案内しようか?』


 クルリクルリ。体を柔らかに回転させながら、アネモイはニコニコと笑い続ける。


――そう言えば、この時間はそろそろPSIインストールの時間の筈でしたね。


 一週間前、第六課グループチャットにて、ヤマダはそれぞれの行動予定表を渡されている。


 それによると、午後三時頃から恭介達がアネモイへのPSIインストールをする筈だ。


『セバス、アネモイのお相手をして』


『承知いたしました』


 セバスに指示を出し、ヤマダは小物バックからスマートフォンを出し、恭介へ電話を掛けた。


 トゥルルルルルル。


 トゥルルルルルル。


 トゥルルルルルル。


 ピッ。


「はい、もしもし、木下です。ヤマダさんですか?」


「キョウスケ、今、アネモイがワタシの前にいマす。そチらにセリアは居マせんカ?」


「え!? セリアさんならさっき外に出てから見てないですね。アネモイとはぐれてみたいです」


「なるホど。アなタたちは、そろそろアネモイへの作業があリますヨネ? 連レテ行きまショウか?」


 ヤマダの提案に恭介は「ちょっと待ってください」と断りを入れた。


 今のアネモイの様子を見るに、ちゃんと時間通り研究所へ行くとヤマダには思えなかった。ならば、ちょうど気象塔に戻る用事がある自分達がアネモイを連れて行った方が効率が良い。


「あ、研究所の主任に確認が取れました。ヤマダさん、お手数ですけどお願いします」


「エえ、分かりマシタ」


 ピッ。


 通話を打ち切り、ヤマダはアネモイを見上げた。


『セバス、アネモイを気象塔までエスコートしてあげて』


『はい』


『あ、そうだ! セバス、ヤマダ! 一緒にキャンディでも食べに行く? セリアと良く行く美味しい店があるんだ』


『あら素晴らしい。良い提案ですね。一緒に行きましょうか』


『やった!』


 セバスにアネモイのレインコートの裾を掴ませて、ヤマダは気象塔へと歩き始めた。

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