⑤ 展望室







 空が青から赤にその役目を明け渡した頃、京香達は気象塔の最上階の展望室に居た。


 雲の上に住んでると錯覚するほど視界を遮る物は無く、モルグ島を一望できる。


 展望室には物があまり無かった。中央に置かれた談話用らしき二つの五人掛けソファと一つテーブル。セミダブルベッドが四方に置かれているだけだ。


「『ねえ、おしゃべりしようよ! これがさっき話してたキャンディ! さ、食べて食べて!』」


 ソファにセリアと座ったアネモイが京香達を手招きし、袋詰めされたキャンディが入った丸底の箱を持ち上げていた。


 そんなアネモイ達の右隣にソファに男が座っていた。


 でこが広く白髪で、ひどい鷲鼻の男だった。だが、眼は垂れ眼で優しそうな雰囲気を纏っていた。


 男の名はクレマン・ガルシア。今回京香達へ依頼をする最終決定をした、モルグ島フランス支部を率いる男だ。


 京香はアネモイ達の向かいのソファ中央に腰掛け、セリアが第六課のオフィスに来た時の様に、部下達を背もたれの後ろに立たせた。


 机の上のキャンディを一つ取り、包み紙を開けて口に入れる。


 人工甘味料を惜しむ事なく使われたオレンジ風味のキャンディだった。正直、京香はこれを美味しいとは思えない。


 だが、「『どう? どう? 美味しい?』」とニコニコ身を乗り出すキョンシーの姿に「ええ、美味しいわ。ありがとうアネモイ」と笑みを浮かべて返した。


「『どうぞどうぞ、もっと食べて良いよ!』」


「オッケー。二つ貰うわ」


 京香は言葉通りキャンディの入った包み紙を二つ持ち懐の内ポケットに入れた。


「『舐めたままで結構。京香さん、打ち合わせをしましょう』」


 クレマンが鷲鼻から息を立てて、穏やかに口火を切った。


「あ、すいません。それじゃあこのままよろしくお願いしますね」


 口の中をオレンジ飴の匂いで満たしながら京香は一息入れた。


「さあ、話しましょう。新しいアネモイの制作と、今のアネモイの破壊について」


 今回の京香達の仕事は二つのステップがある。


 一つ目はココミのテレパシーによる新しいアネモイの作成。


 二つ目は古いアネモイの破壊だ。


「具体的にどれ程の時間や手間がかかるかはやってみないと分かりません。そちらはどれ程のサポートをしてくれますか?」


「『全てです。我々に新しいアネモイを授け、古いアネモイを壊してくれるのなら協力を惜しむ気はありません。いつまででも居てください。必要な物はこちらでできる限り用意いたします』」


「『マジで!? じゃあ俺に研究室を貸してくれよ! 作りかけのガジェットがあるんだ!』」


「『手配しておきましょう』」


「『シャア!』」


 後ろでマイケルがガッツポーズをしているのが分かる。この失礼な態度を許容しているところから協力を惜しまないというのは本当の様だ。


「感謝します。じゃあ、とりあえず新しいアネモイを作るところから話しましょう。どちらにせよ、アネモイが居ないとそちらも困るんでしょう?」


「『その通り。まずは何があっても次世代機を作らなければいけません』」


「でも実際どうやって? ココミのPSIを使いたいって話でしたが、うちのキョンシーに害を及ぼす訳にはいきません。その点については何か考えが?」


 背後に居るホムラからの圧力を感じる。内心京香は笑ってしまった。


「ああ、後一応言っておきます。ココミを傷つけるようなら、その可能性がある様なら。姉のホムラが黙っていません」


 既に左手でアタッシュケースを京香は掴んでいる。第六課を守るためなら手段を選ぶ気は無い。


 これは脅しだった。


「『落ち着いてください京香さん。その点については克則から厳命されてます。我々ヨーロッパの持つ最高のスタッフを用意してありますから』」


「『お? じゃあ俺もそこに加えてくれ! お前らのスタッフよりもココミのPSIに詳しいぜ』」


「『それは願っても無いです』」


 京香はチラッとホムラ達を見る。視線は鋭いまま。今にもパイロキネシスを使わんとする雰囲気だ。だが、ココミを黙って抱き締めるだけで暴走する様子は無い。

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