⑥ 戦闘の試算







 クレマンとの打ち合わせが終わったのは一時間と少し後だった。太陽は完全に落ち、空の色は黒へと変わっている。


 ローストチキンが絶品だったディナーを食べた後、京香達は気象塔の中腹部にある居住用スペースに通され、各々の個室で待機していた。


 部屋分けは、京香と霊幻、ヤマダとセバスチャン、マイケル、恭介とホムラとココミの四つである。部屋は広く風呂が付いていて、人間とキョンシー全員分のベッドと机が完備されていた。また、シカバネ町から持って来た荷物類は既にクローゼットの中に置いてある。


「おお、良い部屋ね」


「そうだな。さて、吾輩はパトロールに行ってくる」


「待て。行くな。大人しくして」


 ズシッと重いトレンチコートを椅子に掛け、京香は奥のベッドに仰向けにダイブする。


「ああ~、つっかれた~。あんな交渉アタシに向いてないのよ」


「撲滅のためだ。向き不向きは問題ではない。やるかできるのかだ」


 当初の予定通り、まずココミのテレパシーで二代目アネモイを完成させることに成った。この作業にどれくらいの時間がかかるのかはまだ分かっていないが、マイケル曰く「まあ、大体一週間くらいじゃないか?」とのことだ。


 そして二代目アネモイが正常に起動し、想定通りのエアロキネシスを発現した事を確認でき次第、初代アネモネを破壊する。


――気乗りしないわねぇ。


 京香はキョンシーが壊れる姿をあまり見たくない。


「ねえ、霊幻。アネモネを破壊せずに済む方法ってあるかしら?」


「全く分からん。だが、あったとしても、京香、お前が取れる選択肢ではないと推測されるな」


「そうねぇ。その通りだわ」


 京香にできるのは、戦うことくらいだ。アネモイを壊さない様な政治的立ち回りはできないし、仮に壊さないで済んだからと言って、アネモイを守れ切れない。


「あのさ、アネモイのこと、どう思う?」


「どうとは?」


「戦闘的な意味で。ぶっちゃけるとさ、アタシ勝てる気がしないんだよね」


「アネモイの自己防衛機能の度合いによるな。手加減が無いのなら吾輩とお前が百体いても勝ち目がないだろう」


「そうよねぇ。どうしたもんかしらねぇ」


 京香は昼間見た、アネモイのエアロキネシスを思い出す。


 全く感知できなかった、おそらく真空の刃。


 一切の乱れが無い、完璧な空中浮遊。


 アネモイの戦闘能力は比喩ではなく自分達とは天と地の開きがある。あのキョンシーがやろうとすれば、何の抵抗もなく京香の首は地へと落ちるだろう。


 エアロキネシス。これを敵に回した時、最も警戒するべき点は〝見えない〟という点だ。


 瞳に付けたマイケル作のコンタクトレンズがPSI力場を感知する。エアロキネシスの発動自体は検知できるだろう。だが、一度エアロキネシスが発動した後の空気分子の動きにPSIは関わっていない。そこからは只の物理学の領分だ。


「ヤマダくんならば対応できるのではないか? ラプラスの瞳があるのだから」


「ヤマダ達じゃ分かっていても避けられないわよ。アンタみたいな身体能力がセバスさんにはないんだから」


「それもそうだな。セバスチャンも吾輩の様に体を機械化できれば良いのだが」


「無い物ねだりね」


 京香は思考する。どの程度まで弱体化させればアネモイを壊せるだろうか。もしくは、どの様な援軍があればアネモイと張り合えるだろうか。


 そんな思考をしながら寝転がっていたベッドはフワフワでとても気持ちが良かった。


「……ふぁ」


 小さな欠伸の音が口から出た。実は海外に来たのは京香にとって初めてである。


――結構疲れてるわね。


 時差のズレ、長時間のフライト、昼間の戦闘、その他諸々。想像以上に疲れているらしい。


 それらを意識した途端に眠気が京香の瞳を襲う。


「ん? 京香よ、眠るのか?」


「いや、お風呂入りたい。そしたら寝るわ」


 このまま横に成っていたら確実に寝落ちする。そんな確信を得た京香は、完全に頭がスリープモードに入る前に風呂に入ることにした。


 よいしょ、とベッドから起き上がり、パッパッパっと服を脱ぐ。下着姿に成るが京香は気にしない。この部屋には霊幻しか居ないのだ。今更恥ずかしがる相手ではない。


 クローゼットに向かい、着替えの下着を出して置き、部屋備え付けの浴室へと入る。


「おお~」


 京香の部屋セセラギ荘202号室よりも広い浴室だった。掃除が行き届いており、何というか高級感がある。風呂釜の深さはヨーロッパ式で何というかつるんと少し浅いが、これはこれで新鮮である。


「え~とお湯は」


 壁のスイッチを押すと、すぐに風呂釜に湯が張った。


 そうして、京香は多少テンション高めに入浴し、歯を磨き、ベッドに潜って瞳を閉じた。


 現地時刻は未だ午後九時。持って来た携帯ゲーム機で遊ぶのも良かったが、眠気には勝てなかった。


「それじゃ、霊幻おやすみ。大人しくアタシの傍に居なさいね」


「了解。おやすみだ、京香」


 ピッ。部屋の明かりが消え、ほどなくして京香の意識は闇に落ち、寝息を立てた。

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