④ 複製品







「……破壊って言いましたね? それは確かにアタシ達向きでしょう。壊すことはアタシ達の得意分野ですし」


「京香、壊すのではない、撲滅だ」


「黙ってなさい」


 背後の霊幻の不満を一蹴し、京香は紅茶を一口飲んだ。ほのかな甘みと豊かな香りが喉を流れ胃に落ちる。


「『ええ、私達はあなた方ならばアネモイをきっと破壊してくれると確信しています。報酬はそちらの言い値で構いません。必要経費もこちらが持ちましょう』」


「確かにアタシ達は金欠気味でその提案はありがたいわ。でも、それだけで引き受ける気に成らないわね。そもそも何でアネモイを破壊する必要があるの?」


 京香には今のところ訳が分からなかった。背後から恭介の動揺とマイケルの興奮が伝わる。


 アネモイを壊す? それ自体は可能だろう。霊幻のエレクトロキネシスを浴びせれば理論上どんなキョンシーの脳みそだって破壊できる。


 だが、アネモイは世界で最も貴重なキョンシーの一体だ。アネモイを壊した者は一族郎党死刑にされても文句は言えまい。


 セリアは京香の質問が来る事を分かっていた様で、速やかに口を開いた。


「『アネモイは経年劣化してしまいました。そろそろ代替わりをしなければいけないのです』」


「劣化? 代替わり?」


「『あなたはアネモイの脳が誰の物を使っているか知っていますか?』」


「いいえ。そんな情報明かされてる筈ないでしょ。誰の物か分かっちゃったら、アネモイの血筋の人間全員が狩り尽くされてるわ」


 キョンシー用に適した脳と血筋との関係は科学的に立証されていないが、素体ランクの高い人間の親戚が素体狩りに遭うという事例は世界でも多く報告されていた。


「『教えましょう。アネモイの脳はとあるミイラからした物なのです』」


 サラリと言われた言葉にマイケルが「マジかよ!」と耐え切れない様に叫んだ。


 京香は「黙ってて」と背後を睨むが、ガバッと京香の頭を押しどけて、マイケルがソファの背にその大きな腹を乗り出した。


「『おいおい本気で言ってんのか!? あのアネモイの素体が何なのか世界中で謎だった! それがまさかミイラのクローンだって! 革命的だ、どこのバカがそんなエキセントリックな発想を半世紀前にしやがったんだ!?』」


「ちょ、重い、マジで重い」


 京香はマイケルの顎を両腕を使って後ろへ押し返す。


「マイケル、少し黙ってて」


 荒くなった鼻息が収まる気配は無かったが、とりあえずマイケルは口を閉じた。


 その様に眼も向けず京香は今の言葉の意味を考える。頭に引っ掛かったのは〝複製〟という言葉だ。


 アネモイ。劣化。代替わり。ミイラ。複製。


――さて、どこまで情報を流してくれるかしら。


 今出された、アネモイの脳がミイラの複製というのは爆弾級に大きな情報だ。研究者ではない京香には実感が無いが、マイケルの興奮から分かる様に値千金の価値を持つのだろう。


 だが、京香に、第六課に必要なのは、アネモイの素体の情報ではない。


 アネモイに何が起きて、これから何をする必要があって、それに第六課がどう関われるのかだ。


「すいません、うちのキョンシー技師が興奮してしまって。話を続けましょう。アネモイの劣化とは、代替わりとは? それに何故アタシ達が必要なのでしょうか?」


「『ウフフ。楽しそうな職場ですね。ええ、私が話せる限りの情報を全て話しましょう』」


 セリアは微笑みながら飲んでいた紅茶を机に置いて話を再開した。


「『近年、ヨーロッパの天候が不安定に成っているのは知っていますか?』」


「ごめん知らないわ。あんまりニュース見ないのよね」


 家で京香はゲームをするかアニメやドラマやバラエティを見るばかりで、時事ネタを放送するニュース等を見る習慣を持っていない。


 京香が後ろを見てみると、どうやら恭介とヤマダは今の時事ネタを知っている様だ。


「『ほとんど誤差みたいな物ですけど、確かに最近のヨーロッパの天気は不安定です。急な雷雨が何度か報告されています』」


「『そうですね、僕もニュースで、昨日、見ました。夜中に突発的な集中豪雨が、降ったって、聞いてます』」


 ヤマダは流暢な、恭介はややつっかえ気味なフランス語で京香の視線へ返事をした。


――え、恭介フランス語喋れんの?


 良く見るとこの場で翻訳機を付けている人間は京香だけだった。霊幻達キョンシーには世界各国の言語が既にインストールされている。という事はこの場でフランス語が喋れないのは自分だけということだ。


「『そちらのお二人の言う通りです。降るべきではない雨が何度も降っています。今はまだ我々が立てた気象予定表に乗っ取って居ますが』」


「雨が、振るんですか」


「『ええ、それも突発的に大量に。昨日も午前と午後に二回ずつ急な豪雨が降りました。この様な異常気象が出てきたのは五年前からです。アネモイが完璧に制御していた筈のヨーロッパの空に綻びが生まれているのです』」


 セリアは一拍の間を置いて、その理由を口にした。


「『我々ヨーロッパはアネモイの脳が劣化したからだと結論付けています。五十年前のクローン技術は不完全でした。複製品の脳の寿命はコピー元よりも短くなります。むしろ良く持ったと言って良いでしょう。五十年間の連続的PSIの使用。アネモイの脳は限界を迎えつつあるのです』」


「ふーん。劣化の話は分かったわ。じゃあ代替わりって?」


「『言葉通りです。ヨーロッパは既に新しいアネモイを準備しています。脳以外の全てのパーツは既に完成し、後は前回のアネモイと全く同じ脳を用意すればアネモイは復活する筈です』」


 その言葉にマイケルが反応した。


「『待て待て。そいつはおかしい。遺伝子とPSIの発現に相関性はゼロじゃないが、有効なエビデンスは立証されてない。仮に全く同じ遺伝子配列の人間を用意したからといって、前回と同じPSIが発現する保証は何処にもないはずだ?』」


「『その通りです。器を用意したからと言って中身が伴わなけらば意味がない。だからこそ、我々ヨーロッパは第六課の皆様の力が欲しいのですよ』」


 セリアは視線を京香の背後、恭介の左隣で立っていたホムラとココミへ、というより、ホムラに抱き着かれているココミに向けけた。


 視線の意味を京香は直ぐに理解した。


「……何処で知った?」


「『ヨーロッパの情報網を侮らないでください。清金京香、あなたの事も良く知っていますよ。世界で唯一、生者でありながらPSIを使える人間としてね』」


「さあ? 何の事でしょう?」


 公然の秘密であれ、京香はとぼけた。只のポーズだとしても認めてはならない事象というのがこの世にはある。


 ウフフ。セリアは微笑みを浮かべ、紅茶を一口飲む。


「『そこのテレパシストは別のキョンシーのPSIを他のキョンシーに植え付けられるそうですね。その力を使えば我々が用意した新しいアネモイに現行のアネモイのエアロキネシスを植え付けられると我々は考えているのです』」


 瞬間、京香の背後で赤い輝きが起きた。ホムラがPSIを発動しようとし、蘇生符が発光したのだ。彼女に付けられた発動阻害用首輪が無ければ、このオフィスは火の海に成っていたことだろう。


「ホムラ、PSIの発動を止めろ」


 即座に恭介がホムラの眼を見て、ホムラとココミを連れてオフィスから出て行く。速やかで正しい判断だと京香は感心した。


「うちのホムラの前では発言に気を付けて」


「『噂通りですね。以後気を付けましょう』」


「ココミの力を使いたいというのも分かったわ。それじゃあ、何でわざわざ現行のアネモイを破壊する必要があるの? 残しておけばいいじゃない」


「アネモイは既にいつ暴走状態に入ってもおかしくありません。安定して動く次世代機が手に入ったのなら速やかに破壊するのが筋でしょう? お恥ずかしながら、アネモイが持った自己防衛機能を破るのは我々ヨーロッパでも少々骨でして、その点も第六課にお願いしたいのですよ」


 京香は頭の中で言われた情報を整理する。つまり、このセリアという女が言っている事はこうだ。


①ヨーロッパが持つエアロキネシスト、アネモイが経年劣化で暴走をし始めている。


②二代目のアネモイに初代のPSIをインストールする為にココミのテレパシーを使いたい。


③二代目へのPSIインストールが済み次第、暴走を始めた初代も破壊して欲しい。


――気乗りしない依頼ね。


 セリアは一通りの話をし終わった様だった。やや話疲れたようで、ゆっくりと紅茶を飲んでいた。


 京香は水瀬を見る。第六課に拒否権は無いのだ。水瀬がやれと言うのなら京香達は従うしかない。


 ずっと黙っていた水瀬が立ち上がり、第六課へ指令を出す。


「第六課に指令する。フランスのモルグ島に向かい、速やかに二代目のアネモイを完成させ、初代を破壊しろ」

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