日常編 第六課の休日
セーブはこまめに
ブツン!
突然の停電がセセラギ荘を襲った。
「……」
突然薄暗闇に包まれたセセラギ荘202号室。京香の前方には真っ黒に成ったテレビ画面。その下には愛用のゲーム機。両手にはそこからコードが伸びたコントローラーが握られている。
時刻は日曜日の午前五時。京香は昨日の土曜日午後二時からぶっ通しでRPGゲームをやっていたのである。
カチカチ。薄暗い部屋の中で京香は未練がましくゲーム機の電源ボタンを押してみるが、電気は復旧せず、テレビ画面は真っ黒なままだ。
――最後にセーブしたのは…………
京香がやっていたゲームは所謂レトロゲー。オートセーブなるチャチな物は実装されていなかった。
別段、京香はレトロゲーマーという訳では無い。ライトゲーマーの部類に入る京香の部屋には一般的に普及している最新の家庭用ゲーム機も揃っている。
偶々、本日京香がやっていたゲームが古の時代のドットゲームであっただけだ。
京香の休日の過ごし方の一つに、中古ゲームショップ巡りがあった。度重なる霊幻の暴走とそれに付随する給料カットによって京香が自由に出来る金は余り無く、古くて安いゲームソフトを買うためだ。
本日のドットゲームは『剣やら魔法やらを使って勇者が魔王を倒して世界を救う』RPG。古き良きというか、ほぼ全てのRPGの元祖である。
京香はこの土日をこのRPGに捧げると決めていた。菓子を買い込み、惣菜を買い、何ならピザも頼み、ジャージに着替え、座椅子に腰掛け、クッションを抱き、コントローラーを片手にゲーム機本体をスイッチオン。
勇者達四人組みは世界を救う為に東奔西走。『もう少し各国がサポートしても良いんじゃね? 国宝くらいノータイムで渡せよ』というツッコミを入れながら、京香はそれはそれは楽しくファンタジー世界を旅していた。
――夕飯食べた時か。
京香は思い出した。最後にゲームメニュー画面下から三番目のセーブボタンを押したのは昨日の午後八時。ピザを食べた時だ。
「嘘でしょ」
カチカチカチカチ。京香はゲーム機の電源ボタンを連打するがうんともすんとも行かない。リモコンの電源ボタンを連打してもテレビが付く気配は無かった。
「………………えぇ」
ドスン。京香は床に倒れ付した。
九時間の冒険が水の泡だ。眠気を我慢して、ドラゴンっぽいボスとの手に汗握る戦い。王国の裏切り者の魔法使いを探し出す推理劇、『そんな面倒な手続き要る?』と言いたくなるほどフローチャートが長いエルフ族の剣。
それら全てがたった一度の停電で消え去ったのだ。
割とマジな心理的ダメージが京香を襲う。
体感的にはそろそろラスボス。いざ、世界を救わんと、コントローラーを握り直した矢先の停電である。
電気が復旧する気配は無い。薄暗い天井を京香は見上げた。
口は半開きで、体は鉛の様に重い。
「……………………ええぇ」
京香はベッドに戻る気も無く、寝る気にも成らなく、消えてしまった冒険劇に想いを馳せる。
パッ! 202号室の電気が復旧し、部屋の明かりが復旧する。
続いてテレビがつき、ゲーム機本体のランプが点く。
四十秒ほどでRPGゲームのスタート画面となり、京香はカチカチとセーブデータを見た。
最後にセーブしたのはやはり、九時間前。昨日の午後八時。
――何故、セーブしなかった、アタシよ。
オートセーブが普及する前の昔のゲーマー達にはこまめにゲームデータをセーブする習慣があったらしい。
その大切さを京香は身を持って知った。
ブツン。ゲーム機とテレビの電源を切り、京香は緩慢に立ち上がる。
「はあああああああああああああああ」
深い溜息を吐きながら、京香はジャージ姿のまま玄関へと向かう。
――コートは……着なくて良いや。重いし。
砂鉄と鉄球入りコートを着ようか一瞬悩んだが、京香は身軽な格好で良いと決める。本日は休暇なのだ。こんな重苦しい物着て堪るものか。
「……コンビニ行こ」
補助AIシャルロットが組み込まれたアタッシュケースを左手に持ち、最低限の自衛手段を確保して、京香は猫背のまま玄関から出た。
「はあああああああああああああああああああ」
最後に滅茶苦茶重い溜息を吐いて、京香はガチャンと玄関の扉を閉じた。
*
「アリアッシター」
コンビニ店員の崩れた日本語を背中に、京香は菓子類が入ったビニール袋を持って朝日を浴びる。
京香が来たのは西区と中央区の境、セセラギ荘近くのコンビニエンスストア。
自棄食いしてやると買い込んだ菓子やジュースをガッサガッサ揺らしながらセセラギ荘へと戻る途中、一つの公園があった。コンゴウ公園と言う場所で、ジャングルジム、鉄棒、滑り台、そしてベンチが二つある。朝早いという事もあって、子供達と警備員の姿は無い。
「一杯やるか」
別に酒は買ってない。入っているのは炭酸ジュース各種である。京香は宴会以外で酒を飲まないのだ。
ベンチに腰掛けてアタッシュケースを脇に置き、とりあえずポテチとコーラを出して、ポリポリゴクゴクと食べて飲んでいく。
――一時間くらいのんびりしよう。
ポケットに入れていたスマートフォンを取り出してゲームアプリを起動する。
京香はポチポチと画面をタップしながら菓子とジュースを摘んでいく。
ポリポリポリポリ。
ゴクゴクゴクゴク。
「ん?」
まばらな人々の往来と、二三個の浮雲を眺めていたら、視界に見知った人影が入ってきた。
「おーい、恭介ー。こっちこっちー」
右手を振る京香の姿につい最近第六課の新人と成った木下 恭介が気付く。
恭介の後ろには同じく新人であるホムラとココミが居て、いつも通りホムラがココミに抱き付いていた。
「……清金先輩。何をやっているんですか?」
木下は物凄く眉を潜めながら京香の所へと歩いてきた。
「コンビニ行ってやけ食い的な? 恭介も食う?」
差し出されたポテチの袋を恭介は即座に手で断り、げんなりと肩を落とす。
「先輩、自分の上司で監視対象がジャージ姿で、しかも公園に一人で、お菓子パーティーとか開かないでください。見たからには、僕、これも報告しないといけないんですよ?」
「律儀ねー。折角だし、アリシアによろしくって伝えといてよ。まあ、やけ食いくらい良いじゃん? 少ししたら家に戻るんだから」
「本当に頼みますよ」
恭介はやれやれと首を振った。彼が本格的に京香の後輩と成って早一月。軽微な事件が二、三回あった。
かなり第六課に恭介は慣れて来たようで、京香は良かった良かったと内心思っている。
「ねえ、さっさと行くわよ。いつまでわたしとココミを待たせるの? ああ、大丈夫よココミ、わたしは怒ってないわ。無駄話をいつまでも続けて愛しいあなたの時間を浪費している救い様のない愚物に呆れているだけなの」
「……」
恭介の後ろでココミに抱き付いていたホムラがペラペラと不満を口にしていた。
今、この一人と二体はキョンシー犯罪対策局からの命令で同じ屋根の下で暮らしている。
「大丈夫大丈夫。まだ少し時間があるから。僕が道案内してるんだから、少しは従って」
ホムラの罵倒に恭介は大分慣れた様で、はいはいと手を振っていた。
「あんた達今日何処か行く気なの?」
「前々からホムラがスイーツシャングリラに連れてけってうるさくて。この前の仕事でこの二体活躍してくれたじゃないですか。だから、ご褒美に」
つい三日前、素体狩りの密猟者達を、恭介達三人組が見事に捕まえたのだ。ココミのテレパシーとホムラのパイロキネシスが見事に嵌り、誘拐事件が起きる前に犯人グループをお縄につかせたのである。
「へえ、仲良くやっているようで何よりだわ」
「じゃなきゃ死にますからね」
ハハハハハ。恭介が渇いた笑いを上げた。
「ねえ、いつ行くの? さっさと行くんでしょ? ココミの時間をこれ以上消費させる気なら燃やすわよ?」
「……」
「我慢の限界切れるの早過ぎない?」
ハァ。恭介は慣れた調子で溜息を吐いて京香に軽く頭を下げた。
「それじゃあ先輩、僕達は行って来るんで、先輩もそのコーラ飲んだら家に戻るなり、せめてジャージ姿を止めるなりしてくださいね?」
「はいはい、考えておくわ」
ヒラヒラと京香は手を振り替えし、公園を出て行く恭介達の姿を見送った。
コーラの量は後半分。
――今日何しようかしら?
ボウっと京香は休日の予定を考え始める。あのRPGゲームは今日中にはクリアできないだろう。眠気眼でやるのも勿体無い。
ポリポリ。グビグビ。
「とりあえず、食べてから考えよ」
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