② ツギハギキョンシー
*
つつがなく終了した会議から一時間後、京香はキョンシー犯罪対策局の研究棟を訪れていた。
数々の損壊が与えられた研究棟は僅か一週間でほぼ元通りに成っていた。
本日より後輩と成った木下恭介は事務連絡を聞いた後、フラフラと部屋を出て行った。流石に気の毒だと京香は思ったが、上の決定だ。木下には諦めてもらうしかあるまい。
六階まで上がり、マイケルの研究室のドアをコンコンコンと京香はノックする。
「マイケル、入るわよ」
「おお、入れ入れ!」
研究室に入っても、来客用オフィスにはいつも通りマイケルの姿は無く、珍しくヤマダとセバスチャンの姿があった。
優雅に紅茶を飲んでいたヤマダはヒラヒラと手を京香へ振る。
「キョウカ、退院おめデトうございマス。セバスのスコーンはイカが?」
「一つちょうだい」
「どうぞ、京香様」
セバスチャンからスコーンを一つ受け取り、もぐもぐと口に頬張った。
「珍しいわねヤマダ達がここに居るなんて」
「今日はセバスの調整ビなんデス」
「なるほど」
ゴクン。スコーンを飲み込み、京香はスタスタとリペアルームへと向かった。
リペアルームの中央に置かれた検査用ベッドに霊幻が寝かされていた。
霊幻は四肢が解体され、ハハハハハハハハハ! と笑っている。
「京香! 入院は終わったようだな!」
「まあね。まだ安静にしてろって言われたけど」
京香は霊幻の近くに寄ってその姿を見る。
「マイケル、霊幻はどう?」
「修理、つうかパーツの総取替えは七割方終わった。三日後にはまた動けるようにしとくぜ」
「ハハハハハハハハハハハハハ! 今回の撲滅は凄まじかったな京香!」
「首しか動かせないのに喧しいわねアンタ」
ペシっと霊幻の額を叩いて、京香はリペアルームに新たに増えた二つのリペアカプセルへと近付いた。
薄紫色のエリクサーに満たされた二つのリペアカプセルの中では、パイロキネシストとテレパシスト――解析された記録からホムラとココミという名前だと分かった――が寝かされている。
ドカドカとマイケルが京香の横まで来た。
「この二人はいつ頃治りそう?」
「まず、テレパシスト、ココミの方だが、こっちは早ければ一ヶ月だ。脳へのダメージは凄いがそれだけだ。意識が戻っても静電遮蔽された部屋に置いておけば回復するだろう。テレパシーを阻害できる筈だからな」
「じゃあ、ホムラの方は?」
京香の言葉に、マイケルはやや悔しそうにその狸腹を叩いた。
「ああ、こっちの修理は無理だ。脳がイカれてる。動けるようにはできるだろう。やろうと思えばすぐに起き上がるぜ」
「どこまでなら治せる?」
「ギリギリで使えるか使えないか。どちらにせよ脳に障害は残る」
――そっか。
京香にはキョンシーを治す技術も力も無い。マイケルが言うのならば、それが純然たる事実だ。
ジッと京香は瞳を閉じたホムラとココミを見つめる。
そっくりな顔をした姉妹のキョンシー。どちらもがどちらかの為に動き続けたキョンシー。
「この姉妹は元に戻れるかしら」
鏡合わせの姉妹はまた前の様に話せるだろうか。
「本当にソックリねこの二人」
漏れ出た京香の言葉にマイケルが反応した。
「そりゃソックリなのは当たり前だろ。そう
「…………は?」
マイケルが今何を言ったのか、京香には分からなかった。
「ん? 気付かなかったのか? このホムラってキョンシーの姿はココミってキョンシーの外見を模して作ったんだ。整形だ整形。びっくりするくらい出来が良い加工だぜ」
「――」
京香は眼を見開いた。
「え、それじゃあ、この二人は、姉妹じゃ、ないの?」
「ああ、俺が断言するぜ。こいつらには遺伝的に何の繋がりも無い」
「本当に? あ、ほら、血縁は無くても姉妹型のキョンシーって可能性もあるじゃない」
「ココミの体はほとんど一つの素体から作られた純正だが、ホムラの方は複数の素体の掛け合わせたツギハギだ。
――そんな、
京香は天井を仰いだ。そうだ、キョンシーなのだ。身体中を改造できるのがキョンシーで、顔だって変わってもおかしくない。
テレパシーを使えるココミがこの事実を知らない筈が無い。もしかしたらホムラも知っていたかもしれない。
何を思ってこの二人は一緒に居たのだろうか。
京香は何かを言おうとした。言葉は何も思いつかず、喉もとの奥で消えてしまう。
その時、狂笑が部屋に響いた。
「ハハハハハハハハハ! 何を固まっている京香!」
顔を向けると、霊幻がいつもの様にカラカラと大笑いを上げていた。
「……でも、霊幻」
続かない京香の言葉に霊幻は尚の事笑った。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
「結局の所、この二体は
ハッと京香は息を呑んだ。
ああ、今の霊幻の言葉は戯言だ。説得力は何も無く、霊幻から見えた事実を語っているだけ。
そこに証拠は無く、論理も無い。
しかし、京香は霊幻に
「ああ、そうね。この二人は姉妹なのよね」
「そうだな! 否定材料があるのか?」
「無いわね。何も無いわ」
京香は額へ右手を当てる。
「姉妹はできれば一緒に居た方が良いわよね」
「それは吾輩には分からん!」
ハハッ!
京香は笑った。作り笑いではなかった。
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