歓迎会――Dear my sister

① 脅迫と落とし所

 戦いから一週間後の朝、京香はヴァイオレットクリニックから丁度今退院していた。


――菫、ブチ切れてたわね。


 最後まで額から青筋を消さなかった院長の姿に京香は悪いことをしたと少しばかり思った。


 京香の額には包帯が巻かれ、胴にはコルセットも着けている。傍目には見えないが、四肢にはギブスのオマケ付きだ。


 パンツスーツにトレンチコートと言ういつもの格好だが、その実、京香は歩くのも辛い。


 菫からは本日はさっさと帰宅し、自宅で安静にしている様に命じられていたが、京香はこのまま対策局のビルへと向かっていた。


 本日会議が行われるのだ。




 三十分後。会議室にて第一課から第五課の主任、そして水瀬の前で京香は立っていた。それぞれの課の主任の後ろにはキョンシーが控えていて、第四課の関口の後ろには復帰したばかりのコチョウが居た。


――霊幻連れて来れば良かった。


 京香の相棒たる霊幻はマイケルの所で修理中である。


「……では、会議を始めよう」


 全員へ目線を向けた後、水瀬が口を開いた。


「清金京香、お前から話せ。今回の議題はお前が言い出したことだ」


――さて、頑張りますか。


「まず、アタシの退院を待ってくれて、また、この会議を開いてくれてありがとう。感謝します」


 関口がハッ! と笑った。


「お前が会議開けって脅したんだろうがよ!」


「今回の議題は『先日捕まえたテレパシストとパイロキネシスト』の処遇についてです。アタシはこの二体を第六課が所有する事を要求します。如何でしょうか?」


 関口の反応を無視して京香は要求した。


「白々しい要求ですね、キョウカ、あなたは私達に肯定しか求めていないじゃないですか」


 フフフと第二課のアリシアが笑っている。


 その通りだったから京香は言い訳をしなかった。


「そうね。アタシがしているのは要求じゃない、脅迫よ」


 ジリッと会議室の空気に緊張が走った。


「……それで、お前はどういう脅迫をする気だ?」


「あの姉妹を引き離す様なら、アタシはこの場であなた達全員を再起不能にする。つべこべ言わず、あの二人をアタシ達に寄越しなさい」


 会議室に沈黙が走った。ある者は呆れ顔、ある者は微笑、ある者は眉根を潜めている。


 京香の視線と水瀬の鋭い眼光が合う。


「なるほど、お前の脅迫は分かった。俺から言える事は一つ。第六課預かりにするのは構わない。だが、お前所有のキョンシーにはできない」


「アタシ以外にあの二人を抑えられる人間は居ないと思いますよ」


「お前にあの二体を渡した場合、清金京香への首輪が無くなってしまう。戦力が集中し過ぎている」


 確かにそうである。もしもあの二体のキョンシーを京香が所有してしまったら、いざと言う時に彼女を止められる人員が対策局から消えてしまう。


 その理屈は京香にも理解できた。


「分かりました。アタシが所有者に成るのは諦めます。じゃあ、ヤマダに成って貰いますか?」


「無理でしょう。ヤマダさんはセバスチャン以外のキョンシーを絶対に持ちませんよ」


 ハハハと長谷川が苦笑いした。


「それじゃあマイケル?」


 残った最後の人間の名前を口にしたが、第一課の桑原が即座に否定した。


「あの人は優秀なキョンシー技師でしょうか、特定のキョンシーを持っても適切に扱えないでしょう」


――確かに。マイケルは駄目ね。


 ウンウンと京香は頷いた。


「じゃあどうするんですか? もう第六課に人間は居ませんよ」


 フッと水瀬が珍しく笑った。


「第六課の人員は全てその課のスカウト制だったな?」


「ええ、代々そうだって聞いてます」


「それを一つ捻じ曲げよう。喜べ、清金京香二級捜査官、お前達第六課に本日より新人が入る」


「……そう来たか」


 しょうがない、と京香は頷いた。


「その新人があの二人の所有者に成るんですね。しかも第六課じゃなくて他の課の息が掛かったやつに成る訳だ」


「その通りだ。アリシア、呼べ」


「はいはい」


 アリシアがスマートフォンを取り出して、何処かへと連絡する。


 程無くして、会議室のドアを恐る恐るノックする音が響いた。


木下きのした 恭介きょうすけ入ります」


 青年の声だ。


 ギーッと会議室の扉が開かれ、そこに現れたのは京香より少し年下に見える男だった。


 身長は京香より頭半分程度高い。フレームレス眼鏡を掛けて、少し癖毛の入った黒髪だった。


――ああ、あの新人か。


 その顔を京香は思い出した。


 この男は第二課の新人だ。今回の騒動に行き着いたあの倉庫での一戦。京香が起こした拷問現場の半死体を見て、吐きそうな顔をしていたあの新人がこの部屋に居た。


 木下という男は戸惑いの色を瞳に映しながら、会議室に居る対策局顔役達へキョロキョロと眼を向けていた。


「木下恭介五級捜査官」


「は、はい!」


 水瀬に声を掛けられ、ピンと木下が背筋を正した。


「お前には本日付で第六課へと転属してもらう」


「………………………………………………はぁ!?」


 しばらくの沈黙の後、木下は言葉の意味を理解して大きく声を出した。


 どうやら事前に伝えられていなかったらしい。

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