⑦ アタシ達のモノに成りなさい
*
「いったぁ」
京香は痛みと共に眼を覚ました。視線は青空を見上げ、体は大の字にコンクリートの地面に転がっている。
ズシっとした重みが京香の右腕に掛かっていた。そこには今回の騒動の元凶たるパイロキネシストとテレパシストが抱き合った体勢のまま倒れていた。
妹が下で姉を強く抱き締めている。
姉が上で妹を弱々しく抱き締めている。
どうやら自分は気絶していたらしいという事実に京香は行き当たった。
「京香、起きたか」
声が聞こえた左側へ京香は視線を向ける。地べたに座り込んだ霊幻の姿があった。
「アタシはどのくらい気絶してた?」
「五秒だ」
「そう、まあ、上々ね」
京香は顔を顰めながら上半身を起こした。無視していた痛みが京香の全身で主張を始める。できるだけゆっくりと右腕を姉妹達の下から引き抜いた。
――立ち上がるのは……無理か。
眼を向けると、京香の周囲には砂鉄と鉄球が散らばっていた。PSIの発動が途切れてしまった時にバラけたのだろう。
「アクティブマグネット」
額の蘇生符を銀色に輝かせ、京香は再びPSIを発動する。
直後、散らばっていた砂鉄や鉄球が京香の下に集まり、その全身に貼り付いた。
「よっこら、せ、っと」
そして、京香は磁力で砂鉄と鉄球を操り、無理矢理体を立ち上がらせる。
周囲では未だ重機やヘリコプターが飛び回り、対策局からのまともな援軍は望めない。
――好都合ね。
「霊幻、アンタは立てる?」
「無理だ。下半身の感覚が消えている。これは神経接続が壊れたな」
「じゃあ見てるだけで良いや」
ジャリ。ジャリ。砂鉄同士が擦れる音を立てながら京香は体を動かして姉妹達を見下ろした。
――生きて……、壊れてるかな?
「テレパシスト、パイロキネシスト、起きなさい」
フヨフヨと鉄球一つを姉妹達の近くに飛ばし、耳元でガンッ! と京香は落とした。
ゆっくりとテレパシストが瞼を開けた。良かった、と京香は息を吐いた。
パイロキネシストに動く様子は無いが、どちらかとさえ会話できれば良い。
「……どう、して、助けた、の?」
テレパシストは無機質な瞳で京香へと問い掛けた。
説明は難しい。体が動いてしまったと言えば単純で、ある種の真実だ。
だが、それは正確ではなく、納得してもらえる解ではない。
それで良いのだと、京香は教わった。
『好きなように生きろ』
今の生き方を決定付けた先輩からそう教わったのだ。
ハハッ! 京香は笑った。好きなように生きるのだ。自分にはその力があり、今、それを行使できる状況にあるのだから。
「テレパシスト、あんたはそこの姉と一緒に終わりたかったようだけど、アタシがそれを認めない」
テレパシストの言葉を待たず京香は喋り続ける。
「あんた達は有能よ。アタシと霊幻がそれを認める。設置型のパイロキネシス、世界唯一のテレパシー。素晴らしいわ」
ビキビキと痛みの走る右手を京香は差し出した。
笑みを京香は浮かべる。満面の笑みだ。
瞳は大きく開かれ、背筋は伸びている。
――さあ!
「アタシ達のモノに成りなさい」
テレパシストはすぐには答えなかった。
青空へテレパシストは目線を向けた。
そして、姉を抱く力を少しだけ強くして、瞳を閉じる。
「……おねえちゃんと、一緒に、居られる?」
テレパシストは条件を出した。状況として自分達が何かを望める立場に無いことは理解しているだろう。
譲れない何かを口に出来ることを京香は尊いと思っていた。
「それはあんた達が頑張りなさい」
否定も肯定も京香はしなかった。それを確定できる権限を彼女は持っていなかったのだ。
ブワァ! 直後、PSIの頭から強烈な量の糸の力場が生まれた。
京香は避けなかった。避ける必要が無いし、意味も感じられなかったのだ。
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
テレパシスト中心に無数の糸が周囲へと広がっていく。
クネクネクネクネ! ウネウネウネウネ! クネクネクネクネ!
ウネウネウネウネ! クネクネクネクネ! ウネウネウネウネ!
京香の周囲一メートルを避ける様に真っ白な糸は曲がりくねる!
糸の世界の膨張は三十秒弱続き、ある瞬間にパッと消えた。
直後だった。研究棟周囲を走り飛び回っていた重機が突如として方向を変え、元来た方向へ帰って行く。テレパシスト達を守っていた鉄塊の波は瞬く間に消失する。
「五階の、キョンシーだけは、まだ、残してる」
「居ないと研究員が酸欠で死んじゃうものね」
テレパシストは最後にギュウッと姉を抱き締めた。
「私達の終わりは、どうか一緒に」
その言葉を最後にテレパシストは眼を閉じて、ガクンと意識を失った。
スリープモードに入ったのだろう。
「ごめんね。約束はできないの」
それだけ言って京香は自分の蘇生符を剥がした。
ブチィ! 接着剤ごと額の皮膚が剥がれ、ダラッと血が流れ出す。
顔の傷は浅くとも多量の血が流れる。額、目元、唇。流れ落ちてくる血の匂いと味が、少しだけ京香には心地良かった。
離れた所から、対策局の人間が走ってくる姿が見える。
「京香、撲滅は終わりか?」
「ええ」
「そうか」
霊幻はそれだけ言って、空を見上げた。
京香も空を見上げる。見事な青い空。この空を飛べたらどれほど気持ち良いのだろう。
「良い天気ね」
霊幻から同意も否定も返事は無い。
それで京香には構わなかった。
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