蜘蛛のイト――消耗戦
① 穿頭教
ヤマダが野良キョンシーと会敵していた頃、京香達もまた敵と対峙していた。
前方には四人の人間と四体のキョンシー。キョンシーも人間達も皆禿髪で、つるつるの頭には細かな穴の跡が幾つもあった。
バチバチバチバチ! ハハハハハハハハハハハハハハ!
頭上から霊幻の高笑いが聞こえる。飛行能力を持った敵キョンシー二体と霊幻は相対していた。
「徹夜の頭にアイツの笑い声は響くわねぇ」
左手で額を抑えながらも、京香の眼光は鋭いままだった。
「あんたら、
京香の視線は蓮の様に穴が開き、歪んだ頭のキョンシー達に注がれている。
穿頭教。頭に穴を開けて超常的な力に目覚めよう、という馬鹿げた教えを掲げている狂った宗教団体だ。彼らはキョンシー達のPSIの事を神の力と呼び、信奉している。
人間達の中で最も多くの四つの〝穴〟を開けた男が口を開いた。
「お前達の保有しているキョンシーを差し出せ。我々の理想のためにお前達にはそれをする義務がある」
声には苛立ちも怒りも無く淡々としていて、道理の分からない愚かな人間への無自覚な傲慢さに溢れていた。
「断る。霊幻とワトソンはアタシ達の大切なキョンシーよ。あんた達みたいな狂った組織にあげてやるもんですか」
芽を全部取ったジャガイモ頭のキョンシー達を、京香はただただ哀れに思う。
このキョンシー達は穿頭教の元信者だろう。生前から頭に穴を開けて、キョンシー達が目覚めた様なPSIを手に入れたかったに違いない。
穿頭教が望むのはPSIを生者のまま発現する事。なるほど、それは様々な機関での研究テーマだ。死体が
故に穿頭教はPSIを発現したキョンシーを欲する。話を聴かず、これは正当な権利だと主張して今まで幾体ものキョンシーを攫ってきた犯罪集団だった。
「あんた達の中で完結してろよ。勝手に頭をボロボロにして、いつの日か叶うかもしれない夢を見て過ごしてろ」
京香の声には諦観と侮蔑が混ざっていた。怒りが正当な物であるとしても、この感情の出所は正常な物ではない。
――今アタシは人間の尊厳のために怒っていないわね。
はー、と京香はスイッチを入れ替えるために溜息を吐いた。
感情が鈍くなる。粘土の様に心は輝きを消して、粘液の様に血潮は濁る。
「最後通告。下がりなさい。下がると言うのなら見逃してあげる」
答えが分かっている問いとは何とも虚しい物だ。
「断る。不当に神の力に目覚めたキョンシー達を保有するお前達こそが悪なのだ」
「そう、じゃあ命の保障はしないわ」
――ああ、面倒だ。
最後にぼやいて京香はトレーシーの銃口を一番近い穿頭教の信者へと向けて人差し指の引き金を引いた。
パシュ! サスペンションと圧縮された炭酸ガスで押し出されたトレーシーの電極はいちばん前に居た穿頭教の信者の腹へと突き刺さった。
「がっ!」
電極が相手の体の柔らかい肉へ突き刺さった直後、京香は中指に当たったトレーシーのスイッチを押した。
十万ボルトの電流が人体を駆け巡る!
「―――、―――――――!?」
穿頭教の信者の関節がマネキンの様に固まり、「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と気持ちの悪い呻き声を上げながら細かに震えた。
これで穿頭教の信者は後三人。
どう出てくる? 京香は冷めた眼で敵の一手を待つ。
誰一人として震えて肉が焼ける同志を救おうとしない。それどころか恍惚の顔で京香を殺す命令をするだけだった。
「「「ああ神の力に目覚めしキョンシーよ! あの哀れな人間を殺せ!」」」
三人の命令に四体のキョンシー達が直ちに従った。
マイケル作のコンタクトレンズを通してPSI力場を京香は察知する。
二体のキョンシーの頭から炎が、もう二体のキョンシーの手から竜巻が生まれた。
おそらく放出型のパイロキネシストとエアロキネシスト。
シュルシュルシュルシュルシュル! 穿頭教の信者へ突き刺さっていたトレーシーの弾丸を戻しながら京香は眉根を上げた。
「面倒な組み合わせを持って来たわね!」
ボオオ! ボオオ! ボオオ!
ヒュウウウウウウウウウウン!
三つの火球と二つの小規模な竜巻が京香へと放たれる。
PSIとしてはそこまで大したレベルではない。どちらも出力はD程度だ。
だが、PSIの掛け合わせは時に強烈な威力を呼ぶ。
即座に京香はアタッシュケースを突き出して信頼するAIへ命じた。
「シャルロット! 盾に成りなさい!」
「ショウチ」
ガチャガチャガチャガチャ! ルービックキューブの様にアタッシュケースが高速で形を変える。
火球と竜巻が到達する直前にシャルロットは京香の左手の甲を中心とした直径一メートルの円形の盾へと組み上がった。
その盾は半透明で折り紙の様に捩じれていて、さながら水晶の薔薇だ。
「広がれ!」
ギュイン! 薔薇は花開き、直径を二メートルに花弁を広げ京香の体を覆い隠す。
シャルロットと敵キョンシーのPSIが激突した。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
火球と竜巻が混ざり合い、相乗効果で爆発的な熱量を生む。
出力だけならばB-に匹敵する威力だった。
「あっついわね!」
シャルロットの熱絶縁性は高く、熱量は直接届かない。
しかし、周りへ漏れた火と風の熱は高く、間接的に京香の皮膚を焼いた。
「ハハハハハハハハ! 京香よ! 吾輩の助けは必要か!?」
頭上から二号館の
「要らない! さっさと上の奴らを倒して!」
「了解、二分で済ませよう!」
ハハハハハハハハハ! バチバチバチバチ!
紫電が爆ぜる音と高笑いをBGMに京香はシャルロットを構えて突撃した。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!
火炎と旋風が脇へと流れていく。
熱せられた空気を吸わない様に息を止めて、京香は最初に二体のエアロキネシストへ狙いを定めた。竜巻を生み出すこのキョンシー達を無力化せねばトレーシーの弾丸が逸らされてしまう。
――ああ、眼がショボショボする!
眼球の表面にあった水分が火傷しそうな程熱い空気を浴びて蒸発していく。
「「「出力を上げろ! 速やかにこの愚か者を殺すのだ!」」」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
信者達の命令にPSIの出力が更に上がる。
京香の突撃に何の変化も無い。
一息でも吸えば肺が焼ける程熱くなった空気。普通の人間ならば足が竦む死地。
動きは苛烈で心は冷めて、温度差のある心と体、こう戦えと京香は教えられた。
半透明な薔薇の盾からの、火炎と旋風から垣間見える光景の中で、穿頭教の人間達が驚愕していた。
――キョンシー使いのくせに。
その顔に京香は失望に似た感情を覚えた。
穿頭教のキョンシー達は頭上で霊幻が戦っている二体が戦闘能力のツートップで、他は特に大それた改造をされていないようだ。
もしかしたら自殺行為にしか見えない京香の突貫にキョンシー使いが適切な命令を下せなかっただけかもしれないが、それはもう考える必要が無い。京香は前方三メートルまでエアロキネシストに近付いた。
穿頭教達はパイロキネシストのPSIを止めた。この距離では自分達が燃える危険性が有るからだろう。
そんな全うな判断が京香を苛立たせた。
「「「巻き上げろ!」」」
この距離まで近付かれて初めて穿頭教徒達は意味のある命令を出した。
しかし、その命令を出すのは遅過ぎる。
京香は
若い女と男のキョンシー。凸凹のジャガイモ頭。昔は美男美女だったのかもしれない。
「壊れな」
パシュッ! パシュッ! 二連続で人差し指の引き金を引き、弾丸が放たれた。
京香の足元から風が吹き上がる直前、トレーシーの弾丸が風の壁を突き破り、エアロキネシスト二体の胸へと突き刺さる。
そして、すぐさま中指のスイッチを彼女は押し込んだ。
ビビビビビビビビビビビビビビビビ!
十万ボルトがキョンシー二体の体を駆け巡り、瞬間的に蘇生符をショートさせた!
プスプスと肉が焦げる音をたてながらエアロキネシスト二体は仰向けに倒れる。
「「「燃やせ!」」」
穿頭教のキョンシー使い達は残ったパイロキネシスト二体へ攻撃を命令するが、それはもう只の悪足掻きだ。
電極をトレーシーへ戻し、京香は残る二体のキョンシーへ冷たく狙いを定める。
パシュッ! パシュッ!
ビビビビビビビビビビビビビビビビ!
二つの弾丸が残りのキョンシーを壊したのはそれから僅か十五秒後だった。
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