パイロキネシスト――逃亡劇

① 野良キョンシーの噂

 三週間の時が過ぎた。


 シカバネ町の素体狩りの件数は一時の苛烈さを潜め平年通りに落ち着いている。


 毎日のパトロールは続けているが、京香はそれなりに平穏な日々を送っていた。


 結局の所、誘拐組織を一つ潰したと言って、宝石達の略奪が消える筈が無いのだ。




 そんな昼下がり、ファミレスにて、第一課の同期である白いヘアバンドがトレードマークの坂口さかぐち みちるから京香はこんな話を聞いた。


「野良キョンシー?」


「そ。シカバネ町に来たって噂が流れてるんだけど、京香は知らない?」


 口元まで運んでいたフォークに刺したハンバーグを置いて、京香は詳しい話を聞いた。


「野良って事は自律型よね?」


「そうそう。意思の程度は分からないけど」


 キョンシーには自律型と他律型がある。


 自律型とは霊幻の様に意思があり、自主的な行動を見せるキョンシーである。


 対して、他律型とは使用者の命令が無ければ動く事の無いキョンシーである。


 自律型の数は他律型に比べて五パーセント程。自律型と他律型どちらの場合でもPSIを発現し得るが、一般的に自律型の方が出力は高い。


「一昨日、キョンシーに襲われたって通報があったの、南区の方から。まあ、普通のサラリーマンからなんだけど、お金を奪われたんだってさ」


「財布ごと?」


「いやね、それが不思議でさ、お金だけ。キョンシーが『金を渡せ』って要求したんだって」


「それ本当にキョンシー? バリバリに意思あるじゃない。霊幻並みよ?」


 京香は眉根を顰めていぶかしんだ。キョンシーのコスプレをした傍迷惑な一般人では無いだろうかという懸念が浮かんだからだ。


「いやね、それがそのキョンシー、ああ、女の子のキョンシーらしいんだけど、そのキョンシー、パイロキネシスを発現してるっぽいんだよね」


「マジで?」


「マジマジ。被害者が言うには地面に火を出して脅してきたっぽいよ」


「映像は? 監視カメラがあるでしょう?」


 シカバネ町南区は工業地帯であり、あらゆる場所に監視カメラが設置されている。


「それが不思議でさ。言うとおり、三台の監視カメラがあったんだけど、全部全部ノイズだらけで映像が一つも残ってないんだって」


「ただの整備不足じゃない?」


「これだけじゃなくてさ。この二週間くらい、パイロキネシス持ったキョンシーに襲われたって通報が他に四つくらいあるんだけど、全部監視カメラの不具合の所為で映像が残ってないの。どう思う?」


「パイロキネシスにそんな能力は無かった筈だけど」


 もしも霊幻と同じエレクトロキネシスならば監視カメラを操作する事も可能であろうが、パイロキネシスにはそんな細かい操作など出来ない筈だ。


「まあ、何か情報があったら教えてよ。幸いまだ誰も死んでないし、今の内にその野良キョンシーを確保しときたいから」


「パイロキネシス相手に一課じゃ難しくない?」


「大丈夫大丈夫。五課のハイドロキネシスト借りてるから」


「ああ、あのショタっ子ね」


 第五課のアイドル的な存在であるキョンシーの存在を思い浮かべ、京香は食事を再開した。




***




「と、言うことがあったから、アンタも見つけたら教えなさい」


「良かろう。吾輩も探しておこうではないか」


 夕方。一先ずパトロールを終え、第六課の部屋に帰ってきた霊幻は終業時の報告会にて野良キョンシーの件を聞いた。


 野良のキョンシー。それも危険なパイロキネシス持ち。


「ヤマダくん。早速だが何か情報は無いかね? 噂の出所でも良い」


「噂は主に南部を中心に流れてマス。それ以外は知りまセン」


「……ふむ。情報通のヤマダくんがそれしか知らないとは、本当にまだ噂の段階のようだ」


「うるさいデスネ。興味が無いニュースだったんデスヨ」


 フン! と拗ねてしまったヤマダを放っておいて霊幻はシカバネ町南部を思い浮かべる。


 南部は海に面した工業地帯であり、幾つか開発が止まっている跡地がある。野良のキョンシー達が隠れているとすればその辺りだ。


「霊幻。今の内に言っておくけど、南部で問題を起こさないでよ? この前みたいに停電を起こすとか洒落に成らないからね?」


「ハッハッハ。何を言う京香? 心配ない。吾輩の紫電はそんなに広範囲では無い。そもそも前回の停電は、偶々近くにあった送電線をショートさせてしまっただけではないか」


「工業地帯でそれが起きたらヤバイでしょうが」







 第六課を後にして霊幻は南区へと来た。


 時刻は午後七時半。夜のパトロールの時間である。


 霊幻は日中夜問わずシカバネ町をパトロールしていた。


 普通のキョンシーならばこの様な連続稼動をしていれば身体寿命の問題で壊れてしまう。自己修復する有機体であるがゆえに無理を出来るような設計されていないのだ。


 だが、霊幻の体は機械化されている。三日に一度数時間の休憩を挟めば問題が無かった。


 ガッシャンガッシャン。モクモクモクモク。ウィーン。工業地帯からは重機が動く音がする。


 様々な工場があり、そこには数々のキョンシーが稼動していた。特定の動きだけをやるようにプログラムされたキョンシーは、単純作業を繰り返す工場において場合によっては人間よりも生産性が高い。


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 例の看板を掲げながら霊幻は南区を歩いた。


 工場の屋根を伝って高い位置から探したかったが、京香にソレはするなと厳命されている。


「あ、京香の所の霊幻じゃん」


 そんな霊幻に話しかけてくる声があった。


 第一課の坂口である。その傍らでは第五課のキョンシー、水色のパーカーを来たイルカがジッと霊幻を見上げていた。


「坂口ではないか。お前もパトロールか?」


「そうそう。南区で噂が多いからね。あ、折角だ、霊幻も一緒に行こうよ」


 アハハと笑いながら坂口はさらりと提案した。許可が取れているとは言え、持ち主である京香から離れて、霊幻がこうした勝手な行動を取る事に嫌な顔をするハカモリの連中が多い中、坂口は珍しくそういうのを気にしない女だった。


「いや、吾輩は遠慮しよう。いざと言う時、互いの動きが邪魔になる可能性が高い。吾輩は電気で、イルカは水だ。坂口、お前が感電死する危険性がある」


「あ、そう? じゃあ、しょうがない。別々で行動しようか。何かあったら教えてね」


「了解」


 じゃあね~、と手を振る坂口を見送り、霊幻は彼女と反対の方へ歩き出す。


 坂口が向かったのは海側。イルカの特徴を生かすためであろう。


 霊幻は工場が密集していく陸側へと歩き出し、頭にある幾つかの廃工場へ向かった。

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