③ PSI戦




 バチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 シャッター近くに立っていた男の体が四散した。飛び散った臓液が紫電を浴びて蒸発する。


「撃て!」


 倉庫の奥、見るからにアウトローの男達が銃を取り出し、躊躇わずに霊幻へと発砲した。


 バンバンバン! バンバンバンバン!


 バチバチバチ!


 けれど、鉛弾はいずれも霊幻の紫電に絡まれ消し炭に成った。


「くそが!」


 悪態を付く男達、人数は八。


 霊幻は大きく宣言する。


「撲滅の時間だ!」


 三人がクーラーボックスを抱え、四人が銃を持ち、残りの一人が大柄なキョンシーの後ろに控えていた。あのクーラーボックスの中身は被害者達の中身に違いない。


 みっちり敷き詰められた臓器の玉座に眼球の山が築かれ、真っ暗な世界を見つめているのだ。


 ああ、撲滅すべき対象だった。


「ハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 霊幻はきっと歓喜した。


 警戒するべきは前方十メートルに居るキョンシーだろう。人間達は速やかに近付き感電死させれば良いだけだ。


 霊幻の紫電の有効射程は四メートル。今この距離で狙うのは難しい。 


 ジリッと霊幻は間合いを慎重に詰めた。


 横にも縦にも肥大している。人間のサイズを逸脱した改造キョンシー。腕の改造が特に顕著だった。胴体と同じくらい太い腕が膝まで伸びている。掘削用のキョンシーを魔改造したのだろうか。


 霊幻も体をほぼ機械化しているが、長期運用を見越して出力は抑えられている。この腕長のキョンシーはどの程度の改造を受けているか。そして何より、PSI持ちなのかどうか。


 PSIが発現していない只のキョンシーならば何の事は無い。肉壁に過ぎず、蘇生符の破壊は容易い。だが、PSIがあるのなら、迂闊に飛び込んではカウンターを喰らう可能性があった。


 前者ならば先手必勝。かといって、後者だとして後手を取るのは愚の骨頂である。


 PSIによっては当たっただけでゲームオーバーだ。


 故に霊幻は紫電を纏って突撃した。


 ダン! バチィ! コンクリートが割れ、紫電が爆ぜる。


 瞬間的に距離を詰めてくる霊幻にキョンシーの後ろの男が叫んだ。


「壊せデカブツ!」


 直後、腕長のキョンシーが両腕を振るった。


「!」


 視覚がPSI力場を感知する。


 霊幻は無理矢理左方向に跳んだ。


 左アキレスの人工筋繊維が悲鳴を上げると同時に、直前まで霊幻が居た位置に、ヒュン! という風切り音が通過した。


 ゴロゴロと霊幻は転がりながら立ち上がる。見るとトレードマークたる紫マントの裾がスパッと切り裂かれていた。


 脳内のデータベースから霊幻は総合的に判断する。


「エアロキネシスを利用したカマイタチか」


 有効射程は十メートル前後。霊幻のエレクトロキネシスと相性自体は悪くないが、距離のアドバンテージは相手にあった。


 カマイタチを霊幻が避けた事に気を良くしたのか、男達はにわかに活気付いた。


「よ、良し! 良いぞ! ぶっ壊せ!」


 男の命令に腕長キョンシーは両腕を振るい、先と同じカマイタチを霊幻へと放った。


 ヒュンヒュンヒュン! 気圧差に依る不可視の刃が散弾銃の様に飛んでくる。


 霊幻は腕の方向から当たりを付けて、右に左に避けていく。


「もっと出せ! 早く壊すんだよデカブツ!」


 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン! 男の命令にカマイタチの数が勘で避けるには不可能の数にまで増えた。


「ハッハッハッハァ!」


 バチバチバチバチバチ! 霊幻は前方四メートルへ、自身の射程ギリギリへ広く紫電を放った。


 まるで紫電のヴェールが霊幻を包んだかのようだ。


 紫電のヴェールが無数のフリスビー型にボコボコと歪んだ。カマイタチは言ってしまえば真空の塊である。真空の通電性は空気中と比較にならない。


 見えてしまえば避けるのは容易い。不可視の刃は可視化され、霊幻は難なく刃を避け続けた。


「くそが! お前ら何ボサッとしてやがる! 撃て撃て!」


 キョンシー使いの男の怒号が響く。


 バンバンバン! 呆然とキョンシー同士の戦いを見ていた男達が発砲を再開した。


 キョンシー使いの焦りは当然だった。PSIは無尽蔵では無い。一日に使える量はキョンシー毎に必ず決まっている。


 既に腕長のキョンシーは眼と鼻から血が垂れてきていた。PSIは脳の寿命を消費する。壊れてしまえばそれまでだ。


「どうやら、カマイタチ以外は何も無いようだな。そのキョンシーは酷く限定的なエアロキネシストらしい」


 出力もコストパフォーマンスも二流のキョンシーであった。無論、PSI持ちなのだから高値で売れる事は間違いないだろうが。


 戦力の分析は済んだ。負ける可能性は限り無く低い。


 カマイタチを避けながら霊幻は砕けた瓦礫の一部を三つ拾い、手元のそれぞれへ紫電を放つ。


 バチバチバチバチ! 掌大の瓦礫が高らかに発光した!


 紫電を浴びた箇所は一定時間帯電する。これを霊幻は〝スポット〟と呼んでいた。


 霊幻の紫電の射程は四メートルだが、遠くの敵へ攻撃できない訳では無い。


「そおら!」


 ポン、ポン、ポン! スポットと成った瓦礫を一つずつ順番に霊幻は放った!


 発光した瓦礫は凡そ三メートルずつ距離を離して投げられ、最初に投げた一つが腕長のキョンシーへと届く。


「終わりだ」


 そして、霊幻は最後に投げた、自身に最も近い瓦礫目掛けて強烈な紫電を放った。


 バッチィィィン! 刹那の時間、腕長のキョンシーと霊幻の間に紫電のレールが築かれる!


 それはまるで光ファイバーの中継点の様だ。スポットと成った三つの瓦礫か霊幻と敵のキョンシーの間に紫電の経路を繋いだのだ。


 当たったら詰みとなるPSI。霊幻の紫電はその類いの物だった。


 腕長のキョンシーの額に貼られた蘇生符が許容量を越えた電流によって一瞬でショートする。


 ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


 脳が焼けた音がした。そうなったキョンシーは只の肉塊だ。


 力を失った腕長キョンシーは受け身も何も取らず地面へと倒れ込む。


「おい! おい、動けよ!」


 敵のキョンシー使いが絶望した。最早、敵に勝ち目は無い。


「撲滅だ」


 霊幻は一歩一歩撲滅の対象へと近付く。


 思考は彼らへ紫電を放ち、只の肉にすることのみ。


 無辜の民を肉塊にしておいて自分達が壊されないというのはあまりに理不尽である。


「ウワアアアア!」


 狂ったように霊幻へ銃弾が放たれるが一発も霊幻の肌には届かない。


 四メートルの距離まで近付き、さてやるか、と霊幻が右手を伸ばした。


「待って、霊幻」


 その時、後方、霊幻が突き破ったシャッターから京香の声が響いた。


 顔は出さず、声だけが聞こえる。


「何だ?」


 男達の顔に僅かばかりの安堵の色が混ざる。もしかしたら死なずに済むかもしれない。なぜなら、この化物の使い手がわざわざ蛮行を止めるように指示を出したのだから。


 だが、続く京香の言葉は彼らを絶望させる物だった。


「一人拷問用に生かしといて。喋れる様にも調整しなさい」


「了解」


 バチバチバチバチ! 霊幻はどの人間を京香に残すか、紫電を放ちながら吟味した。

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