② 密猟者
***
「今日も変わらず平和だろうか?」
第六課に顔を出した後、霊幻はシカバネ町北部の歓楽街を練り歩いていた。歩くと言っても地上ではなく、風俗やゲームセンターの屋根を伝ってピョンピョンと跳び回っている。
京香と共に居る時は人間である相棒のペースに合わせて動くが、本来の霊幻ならば高さ数メートルを助走なしにジャンプできる。
パトロールは高い場所から。霊幻のルーチンの一つである。
耳を澄まし、眼球に力を入れ、鼻腔へ風を通す。何か異常は無いだろうか。
今まで累積するデータと照合し、標準偏差の範囲に収まらないデータを霊幻は探した。
「分からんな」
霊幻は制圧用ないし戦闘用、正確に言うのなら殺戮用のキョンシーである。解析や探査は専門外だ。
「では、アレをするか」
そう言いながら霊幻はキャバクラの屋根から通りへと飛び降り、懐に手を入れた。
〔困り事、悩み事、荒事、無料で相談受け入れます!!!!!]
そんな胡散臭い折り畳み式プラスチック製看板を掲げて、霊幻はスタスタと通りを歩く。
怪しさ満点な霊幻の行動だが、町の人々が気にする様子は無い。
「さあ、町民諸君! 吾輩へ相談するが良い! 何でも解決してくれよう!」
高らかに響く声に町民達は「はいはい」と言った態度でチラリと霊幻を見る。
中には「ああ、また、うるさいのが来たよ」と顔を顰める者達も居たが、霊幻の行進を止める者は誰一人として居ない。
『
「そこのゲーセンで遊んでいるJK達よ! 何か困り事は無いかね!? あるのであれば吾輩に言うが良い!」
「写真一枚良いですか?」
「よかろう!」
パシャリ!
途中途中で記念写真を撮られながら、霊幻は歓楽街を隅から隅まで練り歩いた。
その日のインスタグラムにはピースサインをしたJDJKJC達に囲まれる霊幻の写真が多数アップされ、例によって京香がお叱りを受けるのだが、それはまた別の話である。
午後三時となった時、霊幻の懐に入れられていたスマートフォンがピーピーとアラームを鳴らした。
「……ふむ?」
霊幻は立ち止まり、結局今日は役に立たなかった看板を傍らに置いて、スマートフォンを取り出した。
アラームは着信を告げており、そこには京香の名前があった。
ピッ。
「どうした?」
「密猟者のアジトを一つ見つけたわ」
「何処だ?」
「アタシと合流したら教える。葉隠邸に来なさい」
「了解。十五分で行く」
「ん」
ピッ。
霊幻は看板を折りたたみ懐へ入れ、パシャパシャと写真を取ってくる学生達に手を振り返した後、一息にダンッ! と跳び上がり、三階建ての服屋の屋上へと着地した。
目線は京香が待つ葉隠邸。最短経路を脳内で検索。結果、直線こそが最も早いと導き出される。
「良し」
バチバチバチ! 霊幻の体が細かく帯電し、数秒後、その足元に強烈な雷撃が放たれた。
バッチィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
紫電を残して霊幻の体が空へと飛び上がり、その体は稲妻と化した。
*
ズガアアアアアアン! 霊幻は葉隠邸の庭園に落雷した。
強烈な轟音が響き、邸内からドタバタとメイド服を来た子供姿のキョンシー達が現れる。
それらキョンシー達の最後に京香が出てきた。
その服は乱れ、疲れた顔をし、何故か口元を拭っている。
「来たわね」
「密猟者達の居場所は?」
「一緒に行くわよ。ゴーサイン出すまでは大人しくしてなさい」
何と非効率な事かと霊幻は「ハハハ」と笑い、蘇生符が帯電する。
霊幻は京香へと近付いていく。
「合流したら教えると言ったでは無いか」
「ええ、言ったわね」
悪びれもせず、京香は口を割らない。
何故速やかに教えないのか。こうしている間にも、撲滅対象はのさばっているのだ。
撲滅、撲滅、撲滅せねば成らない。一秒たりともこの世に存在しては成らぬ。
だと言うのに、分かっている筈なのにこの相棒は撲滅対象の場所を吐かなかった。
「ほら、さっさと教えるが良い。吾輩が速やかに撲滅しに行こう」
霊幻は京香を見下ろした。蘇生符が旋毛へとかかり、京香が不快そうな顔をする。
「ここで無駄に時間を使うのと黙ってアタシに付いて来る、どっちが良いか選びな」
瞬時に霊幻の脳は予測する。こうなった相棒と争う事で得られるリターンはどれほどか。
「……良いだろう。京香、お前に従おう。案内しろ」
「はいはい」
京香がちらりと出てきた葉隠邸の襖の奥を見た。記録からの予測をすると、そこにはスズメが居る。震えながら蹲り、聞き耳を立てて霊幻が去るのを待っているのだろう。
スズメは大人と話せない。正確には京香以外の大人の前に出ることができないのだ。
過去、シカバネ町の市民だったスズメは脳特殊開発研究所という組織に誘拐された。
この組織の目標は超能力の開化。生体ランクがAだったスズメはそこでありとあらゆる極悪非道な人体実験を数年間に渡って受けた。身体中の内臓は焼け爛れ、子宮からの細胞でクローンを何体も生成され、脳に四六時中電極が刺さっていた事もあったらしい。
実験の副作用でスズメの体は十二の頃から成長が止まっている。
トラウマからか肉体の不具合からか足腰が弱り、長時間立つ事もままならない。
寿命もそう長くないだろう。
そんなスズメが救出されたのは三年前。第六課の主任と成った京香の初仕事の時だった。
あの時の戦いは激烈な物だった。人間とキョンシーの臓物を踏み潰し、ぐちゃぐちゃと挽き肉にしながらの掃討戦。
霊幻はその場を見ていなかったが、救われたスズメには京香が女神に見えたのかもしれない。
「さっさと行くわよ霊幻。あんたがここに居るだけでスズメは過呼吸に成るんだから」
*
「……ここか?」
「そうね」
シカバネ町から東に四十キロ。港に接したとある貸し倉庫の前に霊幻達は立っていた。
時刻は午後七時。錆が目立つシャッターで閉じられたその倉庫は不自然な程に沈黙している。
「吾輩達が来た事が気付かれているな?」
「そうなるようにわざと目立って来たからね」
コキっと京香が右手を首の後ろに当て首を鳴らした。
「ちなみにだが、応援は?」
「呼んでない。アンタの場合、居ても邪魔になるだけでしょ?」
「ご明察だ」
バチバチと霊幻の体が帯電を始める。今すぐにでも飛び出してしまいたかったが、少しだけ我慢する。
霊幻達は報せを待っていた。そして、それは程無くして来た。
ピーピー! 京香の通信機のアラームが鳴る。通信の相手はシカバネ町に居るヤマダだ。
ヤマダはセバスと共にシカバネ町のハカモリ第二課に居る。
第二課の役割は諜報。電子システムのスペシャリストがそこには揃っている。
「……ヤマダ、内部に生存者は?」
『居ませン』
バッチイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィン!
その言葉が聞こえた瞬間、霊幻はコンクリートを溶かしながら貸し倉庫へと突撃し、シャッターを蹴破った。
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