屍の為の町――死んでいる>生きている

① キョンシー犯罪対策局




***




 数時間後の正午。京香はとあるビルの七階にある会議室にて後ろ手を組んでいた。


 すぐ前方の本革の椅子には初老の男、水瀬みなせ 克則かつのりが座っている。そろそろ還暦を迎えようかと言うのにその眼光は年齢を感じさせない程に鋭い


「……現行犯は黒焦げのハンバーグ、シカバネ町北東部一帯が大規模停電、対して得られた成果はたかだか素体一体の保護。何か申し開きがあるのなら言ってみろ、清金京香二級捜査官」


――毎度のことだけど、年寄りの眼光じゃないわね。


「お言葉ですが、非合法な素体回収、『素体狩り』はれっきとした重罪です。ましてや生きたまま回収を許すなど、このを生活させるシカバネ町の有り方を根底から覆す暴挙です。たかだかと言う言い方はいかがな物でしょう?」


「なるほど。それは正しい言葉だ。失言を認めよう。お前達の行動によって無辜の少女の命が救われた。人類で見たら死体の方が役に立つようになってしまったこの世界だからこそ、無能な生命はそれだけで価値を持つ」


「水瀬部長。生者を貶めるのはお止めください。あなたらしくもない」


「嫌味だ。受け取れ」


 京香は大仰に肩を竦めた。上司に当たる人間に嫌味を言われては、それを受け入れるしかない。


「お断りします。それと、一応言わせていただきますが、誘拐犯を霊幻が炭にした時私はその場に居ませんでした。霊幻の拘束具を支給した技術部にも問題があるのでは? だから下手な拘束なんて意味が無いって言ったんですよアタシは」


「言うな。さっき技術部の奴らが鬼の形相で壊れた首輪を持ってきたんだから。そもそも、エレクトロキネシスを極めたキョンシーを電子部品で拘束しようとするのが間違っているんだ。手錠を着けろ手錠を。足枷もプラスしてな」


「物理的拘束も電気の前には割りと無力ですよ。それこそ霊幻を拘束するのに素体百体分くらいの予算が必要です」


「嫌味か?」


「嫌味です。受け取ってください」


 ハァー。水瀬が深く溜息を吐いた。眉根が凝るのか、左手で軽く揉んでいる。


 言い訳はは全部言った。後は軽い罰が下ることを願うだけだった。


 水瀬は眉根を揉む左手の動きを止め、京香へ裁定を下した。


「……今月の給料を二割カットで勘弁してやる」


「またですか!? 勘弁してくださいよ! 今週買いたいゲーム機があるんです!」


「しゃらくさいわ。これでも大分譲歩してやったんだ、感謝しろ」


「いやいや、そもそも、何で霊幻のやらかしでアタシの給料カットが起きるんですか!? 横暴だ! これは横暴ですよ!」


「お前は霊幻の持ち主だろ。少なくとも今は」







「おお! 京香、克則との話は終わったか!」


 六階にあるキョンシー犯罪対策局ハカモリ第六課のドアを不機嫌そうに開けた京香へ、霊幻の出した第一声がこれだ。


 霊幻は自律型で、自身が原因で持ち主である京香が呼び出されたと分かっている筈である。だと言うのに、このキョンシーの声色に気まずそうだったり、労おうとする物は無かった。


「あんたの尻拭いをしてやったわ。感謝するが良い」


「礼を言おう。感謝する」


「ん。良し」


 細かいことを京香は気にしない。霊幻の態度に一々目くじらを立てていては身が持たないからだ。


 やれやれと首を回す京香へ一人の少女が近付いてきた。


「キョウカ、また、正義バカがなにかしたのデスカ?」


「容疑者を黒焦げミンチのバーベキュー。おかげでまた給料削られたわ」


「あらマア」


 一房にまとめたウェーブの掛かった金髪が小さく揺れる。メイド服を着た見目麗しい少女、ヤマダだった。


 第六課の名簿に登録されているこの三文字は純度百パーセントの偽名であり、本名を京香は知らない。


「ヤマダくん、何度も言うがね、吾輩は正義バカではないのだよ。撲滅すべき対象を撲滅しているだけであって、正義を信奉している訳では無いのだ。勿論ヒーローを自負しているし、尊敬する人物はパンを配るあのナイスガイだがね」


「相変わらずうるさいデスネ」


 フンと鼻を鳴らしてヤマダは部屋の奥へと戻り、その途中で彼女のキョンシーへと声を掛けた。


「セバス。キョウカへお茶ヲ」


「承知いたしました。お嬢様」


 ヤマダ用の机の直ぐ脇には、老紳士のキョンシー、セバスチャンがいつもの様に直立しており、主の命令に恭しく頭を下げる。


「京香様、紅茶とスコーンになります」


 洗練された音の無い動きで、セバスチャンは紅茶とスコーンを京香の席、すなわち、部屋の一番ドア側の席へと置いた。


「うん。ありがとうセバスさん」


「いえいえ」


 第六課には現在以上の二名と二体が所属していた。主任は京香である。正確には蘇生符技師のマイケル・クロムウェルも所属しているが、彼の仕こと場はここでは無く、ハカモリが保有する研究棟だ。


「さあ、京香! 巡回に行こうではないか! 今日もどこかで撲滅対象がのさばっている筈だ!」


「紅茶くらい飲ませなさいな。アンタと違ってこっちは飯を食わなきゃ死ぬのよ」


 時刻はまだ昼休み時、数分ほどの余裕がある。


 京香は自分の席へと座り、スコーンを一口食べ、そして紅茶を飲んだ。


「うん。今日も美味しいわ」


「光栄でございます」


 キョンシーには味覚がなく、残る五感、いや、四感も人間のソレとは異なっている。


 にも関わらず、セバスチャンのスコーンと紅茶にはあたたかな味が宿っていた。もしも、他のキョンシー使いがこの紅茶を飲んだらひっくり返るに違いないだろう。


 数分かけて至極の一杯を飲み干し、束の間の休息は終了した。


 業務に取り掛からなければならない。


 京香は一度肩を回して伸びをし、足元に置いたアタッシュケースを左手に立ち上がった。


「さて、面倒だけれど行くわよ。霊幻、アタシの言うことをちゃんと聞いて。良いわね?」


「吾輩はいつでも素直ではないか」


 蘇生符の奥で霊幻は当たり前の顔で嘯く。これもいつものことだ。


 そもそもキョンシーは死体なのだ。まともな話ができる筈がない。


 しかし、京香は相棒のキョンシーへと文句を言う。言ってやることにしているのだ。


「ぶん殴るわよ?」


 京香は片眉を上げてやれやれとため息を吐いた。

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