② 素体狩り
*
京香達はシカバネ町の北東部――すなわち、本日未明、霊幻の所為で大規模な停電が起きた一帯――を歩いていた。
ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ。
既に電力設備は復旧しており、電気屋の声がやかましい。
京香はぐるりと一帯を見渡した。
頭上では超電導モノレールが走り、周囲ではサラリーマンや、たむろする大学生くらいの金髪茶髪、キャッキャウフフと姦しい女子高生達が思い思いの方向へと歩いている。
また、人々が利用する施設には、表情も変えないで真っ白な腕を振るい続ける多数の業務用キョンシーの姿が見られた。
「いつも通りねぇ。ちょっと慌ただしいけど」
「素晴らしい! 平和とは目を潤ませる!」
これならば本日のパトロールは異常なしという一文で済ませられそうだと、京香は内心喜んでいた。
京香が所属するキョンシー犯罪対策局の仕事はその名の通りキョンシーに関わる犯罪への対策である。
その中での京香の主な業務はキョンシーを用いた犯罪を速やかに鎮静するという物だった。
京香の仕事は次の二ステップで行われる。
① 実行部が関わるべき犯罪が起きた場合、実行部に所属している捜査官のスマートフォンからアラームが鳴る。
② けたたましいスマートフォンを取ると、短く指示が伝えられる。その指示通りに捜査官は現場に急行し、事態を鎮静化する。
京香達ハカモリは言ってしまえば、体の良いキョンシー犯罪の揉め事処理屋だった。
そんなハカモリには第一課から第六課まである。
第一課から第三課が後方部隊。第一課が治安維持、第二課が捜査と諜報、第三課が事後処理を担当している。
対して第四課から第六課までが実際に現場へ駆け付ける実行部隊だ。
そして、京香が所属している第六課は最も危険な課であった。
実のところ、京香に求められた仕事は他の課が手に負えない犯罪の鎮圧であり、わざわざパトロールなどする必要は無い。更に言うなら、自宅なり、カフェなり、ファストフード店なりで自堕落に待機していても文句は言われない。実際、京香の前任者はそうして日がな一日時間を潰していた。
「お? 京香! あそこの路地裏に行くぞ! 怪しい、とても怪しい! 撲滅の匂いがする!」
「はいはい」
だが、霊幻がそれを許さない。
霊幻は放っといても自主的にパトロールに行き自発的に犯罪へと対処しようとする。
キョンシー使いにとってそれは暴走以外の何物でもない。
そんな横暴が許されているのは、一重に霊幻が脳開発によって
「あんたのPSIがせめてテレキネシスとかならねぇ」
「何を言う? 吾輩の紫電が不満か?」
「アタシの命令を聞いてくれる時以外は常時不満よ」
エレクトロキネシスを発現したキョンシーに対して電子的拘束は意味を成さない。
かといって、霊幻の様な脳と脊髄以外はほぼ機械化された改造キョンシー相手に生半可な物理的拘束も無駄である。
結局目の届く所に置いておくのが一番マシだったのだ。
「京香、次はあそこの路地裏だ。豚カツ屋の裏手の」
「あそこはいつも盛況ねぇ」
先行しようとする霊幻を止めて、京香達は豚の置物が置かれた豚カツ屋の裏手へと向かった。
油の匂いがムッと路地裏にも漂っている。
――今日の帰りはマックにでも行くか。
夕飯の予定を決めつつ、京香達は薄暗い路地裏を進んでいく。
奥に行くほど町の喧騒は加速度的に小さくなっていった。
急速な増改築が繰り返されるシカバネ町では雑多な建物が並び立ち、迷路の様な裏道を作るのだ。
「あ、カラス」
「食べるか?」
「そこまで困窮してないわよ」
ゴミ袋を突いているカラスを横目に、京香達は奥へと歩いていく。
何個目かの角を曲がらんとした所で、京香は立ち止った。
「あ、霊幻ちょい待ち」
「……撲滅か?」
「知らない。確認する」
京香が立ち止ったのは只の勘だ。
一瞬の違和感。眉の根にかかる微かな緊張。
そういう物を大事にしろというのが、京香の先輩の教えだった。
「シャルロット。トレーシーを出して」
「ショウチ」
小声で呼びかけると、京香の左手のアタッシュケースが独りでに開き、中からピンク色のテーザー銃が飛び出てきた。
このアタッシュケースには京香専用の補助AI、シャルロットが組み込まれている。正式名称は『音声認識型戦闘補助AI九式』。音声認識で解析や計算、そして今の様な武器の収納も行ってくれる優れ物だ。
トレーシーと京香が呼んでいるこのピンクのテーザー銃は銃身が五十センチほど、有効射程半径は二十メートル、三発までならば連射でき、一発当たり十万ボルトの電流を流す事ができる、京香のメインウエポンだった。
「霊幻、ステイ。指示があるまでここでストップ。一歩も動かない。オーケー?」
「了解だ。約束はできん」
「面倒ねアンタは本当に」
――気のせいだと良いんだけど……。
そう願いながら、京香はトレーシーを右手、アタッシュケースを左手に角から顔を出し、
「……ちっ」
舌打ちした。
視線の先、二十メートル。
そこには
喉元から脊髄を添うように体が半分に切り開かれ、ザクロの如き内部が露出している。
流線型を開いた肋骨は砕けていて、一部は散りばめられたマシュマロの様に体の中身に収まっていた。
周囲には他に何者も居ない。
それを確認してから京香は角から体を出し、人間の開きへと向かう。
このオブジェはどうやら元は女性だったようだ。若い。年齢は二十五歳程度だろうか。
見開かれた瞼。眼窩には何も収まっておらず真っ黒だった。頭蓋骨は綺麗に切り取られ、中身は空っぽ。
それは胴体の方も同様だった。収まっているべき内臓が何一つ無かったのだ。
――子宮まで持っていくなんて趣味が悪い。
伽藍洞の体。人を捌いて中身を取り出されている。
微かに糞尿の臭いがした。酷い死に方をした者は皆この臭いを漂わせるのだ。
「……」
京香は膝を折って、周囲の血痕へ指を付ける。
ニチャ、ニチャア。粘度はあるが、温度はない。
捌かれたのは、数分や数十分前ではない。数時間程度前だろう。
「シャルロット、本部へ連絡。素体狩りの犠牲者を発見。只今より、清金 京香と霊幻は犯人の捜索を開始する」
数時間。シカバネ町を出るのには充分すぎる時間だった。
*
数時間後、夕方、午後六時。
京香の予想通り、犯人は既に逃げ仰せていた。
「……チッ」
『キョウカ、あなたが発見した時には既に逃げていまシタ。どうしようも無いデス』
「そうね。ありがとうヤマダ。お疲れ様」
ヤマダからの報せに京香は乱暴に通話を切った。
分かってはいた。あの場に死体を打ち捨てたのは中身のパーツに用があったからだ。
パーツだけならコンパクトに持ち運べる。関所があるとはいえ、隠すことは容易だ。
素知らぬ顔で、人畜無害な顔で、正規のルートで出ていけば良い。
シカバネ町を出た直後、犯人、又は犯人達はガッツポーズをしただろう。
腹の内は誰にも分からない。皮一枚を隔てただけで善人と悪人の区別が付かなくなる。
「残念だ。撲滅をし損ねた」
徒労に終わった捜索に京香は憤っていたが、霊幻は何も変わらなかった。まるで、スクラッチくじが外れたくらいの残念そうな感じで腕を組み、眉を潜めているだけだ。
「……遺族の所に行くわよ」
京香は思考を切り替える事にした。被害者の身元は判明している。
「了解だ。何処だ?」
「西側の住宅街」
シカバネ町の西側は居住区が固まり、そこは通称、生体置き場と呼ばれていた。
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