札憑き・サイコ・エンバーミング~サイキックキョンシーが現れた!~

満月小僧

第一部 シカバネ町の最狂バディ

プロローグ

スーパーヒーローだからさ!

 シンと音が眠る深夜三時。


 ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


 強烈で不快なアラーム音で清金きよかね 京香きょうかは眼を覚ました。


 外部刺激による覚醒、この音の意味を京香は良く知っている。


――あー、聞きたくなーい。


 このまま気付かなかったことにし夢の世界へ再ランデブーしたいが、無視は許されない。社会人の辛いところである。


 ピッ。京香は慣れた様子で、枕元のスマートフォンへ手を伸ばし、耳に当てた。


「……はい、清金です。指令は?」


『違法素体回収が発生。速やかに犯人達を捕縛、並びに素体を回収せよ』


「了解。うちのバカは?」


『もう向かっている』


「マジかよ」


 ピッ。「ちっ」通話を打ち切り、舌打ちを鳴らし、京香は布団を払い退け、立ち上がった。


「シャルロット、明かりを付けて」


「ショウチ」


 部屋に備え付けられた管理AIへ命令し、LEDライトが点灯する。


 Tシャツとパンツ一枚のあられもない姿が照らされたが、京香は気にしなかった。この部屋には自分一人しか居ない。恥ずかしがることなど無い。


 ドカドカ急ぎ足。


 京香はクローゼットに向かい、ワイシャツとスラックス、そして、ズシッと重苦しいトレンチコートを着込む。


 そして、部屋の中央の卓袱台に置かれた銀色のアタッシュケースを持って京香はスニーカーを履き、セセラギ荘202号室を飛び出した。


 既にセセラギ荘の表門にはピンク色のワゴン車が停められていた。京香は断りも入れず助手席へ乗り込み、それと同時にギュルンと車輪が回る。


「アイツは?」


 コンコン。アタッシュケースを叩きながら、京香は運転手へと問い掛ける。


「現在、シカバネ町の北東を走行、標的のワゴン車を追跡中」


「被害者は? まだ生きてる?」


「不明」


「物的被害は?」


「合計して二百棟ほどの停電」


「急ぎなさい。アイツの暴走を止めたければね」


「既に全速フルスロットルです」




***




 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 静かな道路を喧しい男が、いや、キョンシー――自らを霊幻れいげんと名乗っている――が走っていた。


 前方には法定速度を明らかにオーバーしたワゴン車。霊幻は生身一つでこの車を追っているのだ。


 トレードマークたる紫のマントが空気に揺られバタバタとはためいている。


「ハハハハハハ! 待ち給え! 吾輩はそこのレディを救わなければ成らない!」


 バチバチバチバチ!


 霊幻の額に貼られた蘇生符からは紫電が生まれ、それが体中を走っていた。


 エレクトロキネシス! キョンシーが発現するというPSIの一つだ。


「このイカレキョンシーが!」


 バン! ワゴン車の助手席から男が上半身を乗り出し、霊幻へと拳銃を向け、即座に発砲した。


 不安定な体勢で撃たれた弾丸達は明後日の方向へ飛び、掠りさえしない。


「遅い遅い遅いぞ悪人共!」


 霊幻の体を纏う紫電がより強くなり、一段と走る速度が増加した。


 十メートル、八メートル、六メートル。見る見る霊幻と車の距離が詰まっていく。


「レディ! 待って居給え! 後少しで君を救う!」


 後少し。後もう少しで、霊幻はワゴン車に追いつき、今車内で震えている少女を助けられる。


 だが、距離が縮まると言うことは、銃弾の有効射程圏内に入ると言うことだ。


「喰らいやがれ!」


 バンバンバンバン!


 助手席だけではなく、後部座席からも男達は身を乗り出し、各々が銃弾を放った。


 間髪も無く銃弾は霊幻へ迫るが、このキョンシーがそれを避けることは無い。


 霊幻の左目の虹彩に取り着けられた赤外線ディテクターはその銃弾が只の人間を殺すことできない鉛玉だと見抜いているからだ。 


 バチィ! 放たれた十数の銃弾の全てが霊幻に当たる直前、紫電に包まれ塵と化す。


「ハハハハハハハハハ!」


 高笑いをしながらとうとう霊幻はワゴン車に追いつき、そして、紫電を纏った拳で鉄製のドアを貫いて、そのまま力任せに剥ぎ取った。


「ひぃっ!」


 車内にいた男達の誰が出した声なのだろうか。野太い悲鳴が夜闇へ消える。


 バンバンバン! 銃弾はその間にも撃ち込まれるがいずれも紫電に阻まれ霊幻に届かない。


 霊幻は両手足を縛られ、口に布を噛まされた少女の姿を見つけた。


 彼女こそ霊幻が救わんと追いかけた少女である。


「お待たせしたレディ! 少し眼を瞑ってくれ!」


 果たして、少女は霊幻の言葉の通り、硬く眼を瞑った。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 紫電を纏うマント姿のキョンシーは凄惨に笑う。


「悪人共堪忍のお時間だ! 残念だったな! 吾輩は最強なのさ!」


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 霊幻の体が、額の蘇生符が一際強く発光する。


「くそおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 助手席に座っていた男が悪足掻きに銃弾を放ち続ける。


「何でかって!?」


 聞かれてもいない質問に霊幻は拳を振り上げながら答え、


「スーパーヒーローだからさ!」


 瞬間、ワゴン車内は紫電に包まれた!







 一時間後。


「で、なんでこうなったのよ?」


 霊幻の目の前で一人の女が顔を顰めていた。


 肩口まででざっくばらんに切り揃えられた茶髪、不機嫌そうな目つき、霊幻の相棒の京香である。


 京香は消し炭になったワゴン車と大規模な停電を起こしたシカバネ町北東部一帯を指した。


 これは霊幻がやったことだ。


「この少女を救うためだったのだ。仕方ないだろう?」


 蘇生符を揺らして霊幻は肩を竦める。その直ぐ近くで彼の紫マントを少女が握っていた。


 少女は未だ体を震わせている。誘拐の恐怖がぶり返しているのだろう。誘拐の先にあったのは、素体としての確実なる死だったのだ。


「……まあ、その子を助けたという一点ではアンタを褒めてあげる。良くやったわ、霊幻」


「ハハハ、存分に褒めるが良い」


「それじゃあ、質問よ、霊幻、この子を攫った悪人共は何処に居るのかしら? アタシにはそいつらを捕まえて尋問なり拷問なりして色々と吐かせなきゃいけないことがあるのよね」


「? そいつらならばそこだ」


 霊幻が指差した先を見て、京香は強く舌打ちした。


 そこには人間だった物が四つ打ち捨てられていた。


 腕は千切れ、眼球は爆ぜ、砕けた頭蓋骨からクリーム状に成った細切れの脳が飛び出ている。


 それらの周囲には飛び散った肉片が見ことな円形を描いていた。


「何をしたのか説明しなさいな」


「一人一人、感電死させただけだ。多少暴れてしまったから散らばってしまった。すまん。この汚れは吾輩の落ち度だ」


「まあ、清掃は面倒でしょうね。見てよ、脳みそがマーガリンみたいにこびり付いてる」


 ベチャベチャしたピンク色のプリンの様な肉片に埋まった眼球がジッと霊幻を見ている。


「……何で殺したの? アンタなら気絶ぐらいで済ませられたはずよ」


 苛立つ京香に霊幻はいつもの様に答えた。


「奴らはの対象だ」


 撲滅。これは霊幻の口癖だった。霊幻はそうすべきと判断するモノを見るたび、聞くたび、それを撲滅せんと飛び出していくキョンシーだった。


「チッ。もういい。幸いワゴン車はまあまあ無事だし、どうせ、こいつらは下っ端か何かでしょ。その子を預けたら帰るわよ」


 京香が言い終わると同時にサイレンの音が近付いてきた。


 ランプの色は紫。霊幻と京香が所属するキョンシー犯罪対策局、通称〝ハカモリ〟のランプの色だった。

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