第38夜 バス・ドライバー・オールスターズ

 こんばんは。

 枕崎まくらざき純之助です。  

 今夜は何だかアニメのタイトルみたいなお題ですね。


 以前にもお話ししたことがありますが、僕は毎日バス通勤をしています。

 必然的に色々なバスの運転手さんのお世話になっているわけですが、バスの運転手さんというのもなかなか個性的な方々がそろっているんですよ。

 ベテランの方、若い方、女性の方、そして運転の荒い方あるいは気の強い方などなど。

 今日はそんな個性豊かなバスの運転手さんたちをご紹介したいと思います。



・『安全運転ネキ』(ネキ。姉貴の略語。ネットスラング)←説明するオジサン


 近年はバスの運転手さんにも女性が少しずつ増えてきております。

 とはいえ、まだまだその数は少なく、僕の通う路線では1人しか見たことがありません。

 しかしながらその腕前は確かなものなんです。


 この方の運転はとにかく無茶をしない安全運転。

 優しいアクセル&ブレーキ等、基本に忠実で丁寧ていねいな走行が売りです。

 乗客としては最も安心できるすばらしい運転手さんなんですよ。

 そして車内アナウンスの声もやわらかく、聞く人を安心させてくれます。

 バスの運転手さんも大変な職業ですが、もっともっと女性の方がご活躍されるといいですよね。



・『手荒運転ニキ』(ニキ。兄貴の略語。ネットスラング)←説明するオジサン


 安全運転ネキとは逆に運転の荒い運転手さんもいます。 

 アクセルをグーッと踏んで加速し、ブレーキをキュッとかけるタイプです。

 もう揺れる揺れる。

 そんなに何をあせっているのかと思いますが、バスって様々な要因で遅れが出るためタイムキープが難しいんですよね。

 要するに時間が押してるんです。


 手荒運転ニキは、少しでも遅れを取り戻そうと躍起やっきになってスピードを速めているんでしょう。

 まあ時刻表通りにバスを運行しようと思ったら大変な苦労があるわけです。

 とはいっても事故を起こしでもしたら本末転倒ですし、安全運転が第一ですよね。

 手荒運転ニキが運転手の時は乗っていてヒヤヒヤしますし、乗り心地は最悪で正直疲れます。



・『頑固一徹がんこいってつニキ』


 バスの運転手さんは乗客が乗り込んで発車する前には必ず


「それでは発車いたします。おつかまり下さい」


 というアナウンスをするのですが、それでも立ったままどこにもつかまろうとしないお客さんがいると、頑固一徹がんこいってつニキは若干イライラしながら再度アナウンスを行います。


「おつかまり下さい。揺れますのでおつかまり下さい」


 そう言う頑固一徹がんこいってつニキはミラーで車内を確認し、立っている乗客が全員手すりやかわにつかまらない限り、絶対に発車しません。

 時間が遅れようともそこはがんとして引かないのです。

 これは車内転倒事故を防ぐための徹底した安全確認であり、頑固一徹がんこいってつニキは100%正しいです。

 この安全確認をおこたって万が一、車内転倒事故が起きた場合、運転手の責任となるためです。


 頑固一徹がんこいってつニキはプロ意識の強い運転手さんなのです。

 ただし……言い方がキツイのが玉にキズです。


「車内転倒事故につながりますので、おつかまり下さい!」


 気が弱い人が聞いたらビクビクしてしまうほどの声量と言葉の圧力。

 そして乗客の中には目的地のバス停に近付くと、早めに席を立とうとするせっかちさんもいます。

 そういうせっかちさんにも頑固一徹がんこいってつニキは容赦ようしゃなく一喝いっかつを浴びせます。


「危ないですのでバスが完全に止まってから席をお立ち下さい! 止まってからでも十分間に合いますので!」


 まるで鬼軍曹おにぐんそうです。

 学生たちをビビらせる強面こわもての体育教師のようです。

 ですがこうした彼の毅然きぜんたる態度が車内マナーを向上させるのでしょうね。

 バスの安全な運行には運転手さんのこうした努力と、そして我々乗客側の心がけのどちらも欠かせないのです。



・『滑舌かつぜつ悪いニキ』


 最後は滑舌かつぜつが超絶悪くて、車内アナウンスが聞き取りにくい運転手さんです。

 何を言っているのか分からないばかりか、僕はつい笑いそうになってしまうんです。


 いや違うんだ。

 滑舌かつぜつ悪いニキ。

 悪意で笑ってるんじゃないんだ。

 そんな僕の耳に滑舌かつぜつ悪いニキの車内アナウンスが響きます。


「しゃっしゃっしゃーしゅ」


 ……。

 この滑舌かつぜつ悪いニキですが、乗客の方と普通にしゃべっているところを見たので、発語障害のある方ではなさそうです。

 もしそうなら僕も絶対に笑ったりはしません。

 この方、なぜか車内アナウンスになると滑舌かつぜつか悪くなるのです。

 何というか電車のアナウンスの特徴的な声を真似まねしようとして上手く出来ていない、みたいな感じなのです。


「しゃっしゃっしゃーしゅ」(発車しまーす)


 こういうお笑い芸人さんいますよね。

 お、俺を笑わせにきてるのか滑絶かつぜつ悪いニキ!

 そして滑絶かつぜつ悪いニキはボソボソとしゃべるので、車内アナウンスの8割が聞き取れません。

 ただ、車内アナウンスはそのほとんどが「本日はご乗車いただきまして誠にありがとうございます」のような定型文であるため、「ああ。こう言っているんだろうな」というのは大体分かります。


 そして滑舌かつぜつ悪いニキが最も本領を発揮はっきするのが、バスの降車時です。

 バスの運転手さんは、ICカードをピッとやって降りて行く乗客の1人1人に丁寧ていねいに「ありがとうございます」とお礼を言ってくれます。

 しかし滑舌かつぜつ悪いニキは一味違います。


「……シア」


 乗客がバスを降車するたびにその声が響き渡ります。

 僕はまゆひそめてその声に耳を澄ませました。


「……ルシア」


 おそらく、ありがとうございますと言っているのでしょうね。

 しかしどうにも聞き取れません。

 そうこうしているうちに僕の降りるバス停に到着しました。

 そこは駅前なのでいつも降りる人がたくさんいます。

 僕は降車の列に並びながら、滑絶かつぜつ悪いニキのアナウンスを聞き続けます。


「……シア……ルシア……エルシア……」


 何やらぼうドラッグ・ストアーの名前のような……。

 そして僕がICカードをピッとやって降りる番になりました。

 ピッ。 


「ウエルシア」


 絶対ウエルシアって言ってる!

 滑舌かつぜつ悪いニキ~!

 普通に「ありがとうござました」って言ってくれ!

 僕は必死に笑いをみ殺しながらバスを降り、そしてふとあることを思い出しました。


「そうだ……ウエルシアで石鹸せっけん買わないと」



 以上のように、彼らは個性派ぞろいなのです。

 バスの運転手さんって想像以上に過酷なお仕事なんですよね。

 多くのお客さんを乗せて走る重責をにない、ハンドルを握り続けます。

 体調が優れない日もあるでしょう。

 急にオナカが痛くなることもあるでしょう。

 尿意にょういを必死に我慢がまんしている時だってあるはずです。


 それでも彼らは僕らを乗せて走り続けてくれます。

 そんな運転手さんたちに感謝しつつ、明日はどんな運転手さんに出会えるか楽しみにしたいと思います。


 さて、夜もけてまいりましたので、今夜はこの辺で。

 おやすみなさい。

 今宵こよいも良い夢を。

 またいつかの夜にお会いしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る