第37夜 思い出補正

 皆さん、こんばんは。

 枕崎まくらざき純之助です。


 思い出は……美しいものです。

 え?

 枕崎まくらざきに美しい思い出なんかないだろって?

 だまらっしゃい!

 

 いつもこの『Pillow Talk』では苦い思い出ばかり語っておりますが、僕にだって美しい思い出はあるのです!

 ですが、その思い出が美しくなりすぎることで起きる弊害の話を今夜はいたしましょう。


 思い出補正ってありますよね。

 過去の出来事や人物などが自分の中で美化され、実際よりも誇張こちょうされて記憶されることです。

 こういうのは誰しもあることだと思います。


 一度行って楽しかった旅行先に二度目に行ってみたら、そうでもなかったとか。

 あんなに好きだった初恋の彼に久しぶりに再会したら、そうでもなかったとか。(失礼)


 今夜のお話はそんな思い出補正の中でも『味』に関することです。

 皆さんもご経験あると思いますが、昔食べて美味おいしかった食べ物が、今になって食べてみると「あれ? こんなんだったっけ? あの頃の味とは違うような……」ということがあります。

 もちろん今でも美味おいしいんだけど、記憶の中のかつての味とは違う。

 たぶんこれは色々な要因があると思います。


 まず第1に、何十年も販売が続いているロングランの食品は当然、味の変遷へんせんというものがあります。

 たとえばキング・オブ・スポドリのポカリスエットは、僕が中学生くらいの頃はもっと甘かったです。

 スポーツの最中にこんなの飲んだら余計にのどかわくだろ、と思ったほどでした。

 甘さ控えめが好まれるようになって徐々に味が甘過ぎないスッキリ味になりましたね。

 このように時代に合わせて食品の味は変わっていきます。


 第2に、人の味覚も成長とともに変わっていくため、味の感じ方が変わるというのもあります。

 子供の頃に食べられなかったものも大人になると食べられるようになったりしますしね。


 そして第3は、表題の『思い出補正』です。

 思い出の中の美味おいしかった味はどんどん美化されて宝石のようにかがやきを放ちます。

 これらの要因で思い出の味は再現が難しくなるんだと僕は思うんです。


 さて、僕にとって『思い出補正』の餌食えじきとなってしまった食品の一つは『レディーボーデン』というアイスクリームでした。

 今でこそちょっとお高くて美味おいしいアイスといえば『ハーゲンダッツ』ですが、僕が子供の頃にはまだ出回っておらず、高級アイスの座にはレディーボーデンが堂々と座っておりました。

 母親がレディーボーデンのバニラを買ってきてくれた日などは、小躍こおどりして喜びましたとも。

 口の中に広がるあの特別な甘さは今でも忘れられません。

 ところが大人になってレディーボーデンを食べてみると……。


「うん。美味うまい。確かにこのアイスは美味うまい。だが……俺の知る昔の味ではない」


 となるんですよね。

 これは先ほど述べた3つの要因が全て重なり、僕にそのような感想を抱かせたのでしょう。

 誤解しないでいただきたいのは決して昔に比べて味が落ちた、などど言うつもりはないということです。

 今のレディーボーデンも美味おいしいです。


 販売元のロッテさん。

 商品ディスではないので、どうか誤解しないで下さいね。

 レディーボーデンを裏切ってハーゲンダッツ派になったわけではありません。

(ちなみに僕が子供の頃はロッテさんではなく明治乳業さんが米国ボーデン社のライセンスの元で販売されていました)


 さて、そんなアイスのレディーボーデン以外にも味が変わったと感じてしまった食品があります。

 ハンバーガーです。

 といってもマクドナルドでもなければモスバーガーでもなく、バーガーキングでもありません。

 皆さんは知っていますか?

 あのマクドナルドよりも一年早く「日本初のハンバーガー・チェーン店」として1970年に開業した店の名前を。


 その名も……「ドムドムハンバーガー」です!


 今でこそ店舗は少なくなってしまいましたが、僕は子供の頃、マクドナルドよりもモスバーガーよりもこのドムドムが大好きでした。

 僕にとって地元の遊び場だったダイエーというショッピング・センターの中にドムドムの店舗がありまして、そこでよくハンバーガーを食べたものです。

 ただドムドムは親会社であるダイエーの不振で徐々に店舗数を減らしていきます。

 地元のドムドムも随分ずいぶん前に閉店しました。


 2023年現在、ドムドムハンバーガーは全国で28店舗、東京ではわずか4店舗のみとなってしまいました。

 僕が気軽に行ける場所にはありません。


 そんな僕ですが、今から15年ほど前に久々にドムドムのハンバーガーを食べられるチャンスがめぐってきました。

 場所は本州最北端の青森県。

 仕事の出張で青森駅を訪れた僕は、せっかくだから青森の郷土料理を楽しもうかと青森駅の駅ビルの中を歩いていました。

 背広でカッコつけて、まるで『孤独のグルメ』です。(この時はまだ未放送)

 そこで僕はなつかしい店のロゴを目撃したのです。


【DOMDOM】


 Oh……DOMDOM?

 Yes! DOMDOM!


 もう青森の郷土料理のことは頭からすっかり消し飛びました。(青森県民の皆様ゴメンナサイ)

 僕の頭の中はドムドム一色です!

 もちろん喜び勇んで店に入ります。

 『孤独のグルメ』でハンバーガー・チェーン店に入っていたら顰蹙ひんしゅくものです。


 青森まで行っておきながらハンバーガーですよ!

 いや、他にもあるだろうとか言わないで。

 久々のドムドムだったから仕方ないでしょ。

 ですが……僕はそこで再び味わいました。

 思い出補正というやつを。


「あれ? 何か昔と味が違う……」


 そりゃそうでしょう。

 だってその時点で以前に食べた時から15年以上が経過していたのですから。

 味も変わります。

 やはり先述の3つの要因です。


 もちろんこの時のハンバーガーも美味おいしかったですよ。

 だけど子供の頃に食べた時のような大きな感動はありませんでした。

 ちなみにその青森の店舗はそれから数年後に惜しまれつつ閉店してしまいました。

 残念です。


 え?

 ちょっと待てって?

 ドムドムを好きだと言いながら、15年以上も食べていなかったのは何でかって?

 

 い、いやあ……だって近所のドムドム、中学に上がる前には閉店しちゃったし、その跡地にマックできたし、近所のモスもライスバーガーとかあって美味おいしかったし。

 え?

 近所になければ遠くのドムドムに行くのが愛だろって?

 ぐぬぬ……。


************************

ドム子

「ひどい! 私が遠くに転校しても私のこと食べに来てくれるって言ってたのに……。純之助くんにとって私ってそんなものだったの?」(唐突に何か始まった) 


 い、いや違うんだドム子ちゃん。(名前……)


ドム子

「私が遠くに行ったらすぐマク子とかモス子を食べちゃうんだ。ひどいよ。信じてたのに……純之助くんのこと信じてたのに! さよなら!」(マク子とモス子……)


 ドム子ちゃぁぁぁぁぁぁん!

 その後、十数年経って再会したドム子は、すでに昔のドム子ではなかった。

 時の流れは残酷である。

 

 朝の連続テレビ小説「純愛ファーストフード」

 第28話『遠くのドムドムより近くのマック』終 

*************************


 な、何か始まって終わりましたね。


 まあ結局、美味おいしいと思ったものは多分その瞬間が一番美味おいしいんです。

 後になって同じ味にたどり着くのは難しいもの。

 人生も同じです。

 そのひと時ひと時をみしめて生きることが大事なのです。

 日常の中で美味おいしい食べ物に出会えたら、これは今この時が一番美味おいしいんだと思い、その幸せをみしめたいと思います。


 皆さんにとって思い出補正されてしまった食べ物は何ですか?


 さて、夜もけてまいりましたね。

 またいつかの夜にお会いしましょう。

 おやすみなさい。

 今宵こよいも良い夢を。

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