「巨大シマモノ撃滅戦!」



 堆積した呪詛によってシマの地中に構築される異空間。

 黒い檻を通じて女王の器の権限を共有したことで、歪はついにその地に至る。

 彼女の眼前に今、シマに眠る最大の神威が、黄金色の光を放っていた。


 光には、ヒトの五感では認識することの出来ない膨大な情報が詰まっている。

 それはこの世界そのものを形作る決定的な因子であり、全ての始まりと終わり、その因果を結びつける始元の法則として、宇宙全体、あらゆる領域に、あまねく存在している。

 故に、光を解析するということは世界を知ることに等しく。

 故に、世界を知るということは、神を知るということに等しい。


 歪は、神になりたかったのか。

 それは彼女の深層心理奥深くに眠る意識であり、彼女自身にも結局のところ、その本質は分からない。

 ただ彼女は、シマの外に出たかった。

 アーティの脳内から外に出る夢は叶っても、シマの中に閉じ込められているならそれは同じこと。

 もっと外へ。もっとも外側へ。広く、広く広がる世界をどこまでも自由に飛び出していきたかった。

 どこまでも自由に飛び出して、そうして初めて、生きているのだと思いたかった……。


 ――そして願わくばその時、隣にはアーティがいて。

 二人で一緒に、永遠に過ごせたなら――それ以上の幸せなどないだろうと思った。

 本質は、同一。。所詮は幻想。作られた夢幻。ただそこにいるように見えるの存在。誰かと結ばれることなど、あるはずもない。そんなことは分かってる。分かっていて。それでも歪は、アーティのことを……。


 だけどもし、そんなこの世の理をも超越する存在になれたなら。

 叶わぬ夢も、叶うかも知れない。

 起きないはずの奇跡が、起こることだってあるのかも知れない。


 だから。

 ニンゲンには知覚不能な領域。その深淵で眠りにつく莫大なリソースに目をつけて……彼女は最も現実的な方法、即ち正攻法にてウグメを打倒し、結界を破ろうと――した。


 その目論見が上手くいっていたとして、果たしてウグメを倒すことは出来ていたのだろうか。

 今となっては分からない。

 真実は、闇の中。

 金色の光に貫かれ、色濃く浮かび上がった彼女の影の中に、全ては覆い隠される……。



 *



 神器によってかたどられる彼女の肉体は、異形の怪物へと変わっていく。

 体のサイズは数倍に。筋骨隆々の体はその背に巨大な六翼を備え、丸太のような剛腕が呪詛で固められた次元の壁を破壊し、地上への道を切り開く。

 真っ黒な外皮は、呪神たちが呪殻じゅかくと呼ぶもの。即ちその姿は、人間たちがシマモノと呼ぶモノに相違ない。

 しかして通常の生物をベースとするシマモノとは、根本から異なる怪物のシルエット。それはシマが世界に対して抱いた、恨みの形そのものであったのかも知れない……。

 その身を焦がす程に深い、深い憎悪の発露。

 強い敵意の衝動に駆られ、化け物は地上に現れる。

 森林区に群生する世界樹より巨大なその姿は、村からでさえ目視することが可能だった。




「ななななっ、何あれッッ、何あれやどり!!」

「やどりが知るわけないですにゃ……さっきの塔といい、いよいよシマの終わりの日でもやってきたですにゃ?」


 つい最近にも海底からのシマモノの襲撃を受けたばかりだというのに、立て続けにこのようなことが起きれば、村人たちもさぞや混乱しているだろう――などと思いきや、慌てているのはむしろ新参者である二人だけで、他の者はと言えばどこからか武器を持ち出しては一様に怪物を待ち受ける構えを取っていた。

 ……いや、狼狽えていないというよりは、諦観の境地に近かったのかも知れない。


「え? みんな逃げないんですか……?」

「――いやいや。あんなでけぇバケモンからどこに逃げるんだよ」

「ケンゴさん!」

「ようセラ子。猫っ子を借りるぞ」

「にゃ?」


 今日は万全のコンディションのゴールド級、ライトニング・サンダーの異名を持つ男、ケンゴが現れる。その後ろには金髪エルフの姿。シルバー級で、この間までヒトツメ病院に入院していて、よくユハビィがお見舞いに行っていた人だ――とセラは記憶していた。


「恐らくもうフェルエルが仕掛けてるはずだ。ゴールド級以上のメンバーでサポートに回る。森林区の深いとこで戦闘になるかも知れない。出来るだけすばしっこい奴が欲しいんだ。頼む」

「で、でも……」


 ――先の海産物シマモノとの戦いで、やどりに重傷を負わせてしまった過去が判断を渋らせる。

 やどりはどうやら、行きたがっている様子だけれど……。


「ご主人……」

「…………。分かった。どうせこれでダメならみんな助からないもんね……。お願いやどり、セイバーズに協力して!」

「……! 任せろですにゃっ!! もう前みたいなヘマはしないですにゃ!」


「悪いな。借り一つってことで。さて、あと他に声をかけてぇ奴は……」


「――おおーーーーい!」


「ん?」


 ケンゴが辺りを見渡していると、上空から一人の男が落っこちて来た。


「ふんぬッ!!」


「うおぅっ!! ゼンカ!! 驚かせんなどっから現れやがる!」

「いやぁ、急ぎだったもんで。キリムは先に向かったよ」

「おー、伝説の不死鳥様まで手を貸してくれるのかよ? ワハハハ勝ったなこれは!」

「まだ分かんねぇよ。あいつだいぶピリついてたからな。直前までついて来るなって釘を刺されてたくらいだ」

「キリムちゃんがそこまで言うってことは、少なく見積もっても不死鳥レベルか。くっく!  朝っぱらからやってらんねぇなぁ……!」

「とにかく戦力は多い方が良いだろうな。俺はこれから知り合いのところに行って、そのまま現地に向かう。それだけ言いに来たんだ。じゃな!」

「おーう、急げよー!」


 ゼンカは黒い翼を広げ、ほぼほぼ滑空に近い姿勢で森林区へと消えていった。向かう先にあるのは、最近流れ着いた冒険者たちの船だ。ケンゴはまだ面識がなかったが、どうやらかなり腕の立つ集団らしいことは噂で聞いていた。シマの外ではゼンカの仲間だったこともあるとか。まぁ信用して良さそうである。ゼンカの知り合いならば少なくとも、無能の集まりということはあるまい。


「先輩! 私達も急ぎましょう!!」


 背中越しに、イルフェのそんなご意見が飛んでくる。彼女の場合は先行しているフェルエルのところに早く向かいたいという感情論が最優先なのだろうが、そうのんびりしている時間が無いのも間違いではないため、ケンゴもその場で素早く決断を下す。


「――うっし、とりま目標はあの巨大シマモノの撃滅……つーか補助だな! プラチナ級がアレをぶっ倒すまで森林区から一歩出さねーことが俺らの勝利条件だ! 行くぞてめぇら!!」

「「おーっ!!」」


 かくしてケンゴ率いるゴールド・シルバー級セイバー合同チームもまた、現場へと急行するのであった。



 *



 当たり前のことだが、大きい=強い、である。

 結論から言えばフェルエルは地中深くに埋まっていた。

 突如として発生した巨大なシマモノの剛腕を、木々の密集地帯に追い込まれ避け切れなくなり、やむなく受け止めた結果である。創魔心血フェリオラを発動していなければ踏まれた虫のように潰れ、中身が飛び出していたところだった。


「〜〜〜〜〜っっっ、いっっっ……たぁぁぁあ……!!」


 潰れなかったからと言って、ダメージがないわけでもない。たった一撃でこれ程の痛みを感じたことなど、過去のあらゆる戦闘を振り返っても一度もなかった。

 いや、先日出会った森の魔女との戦闘はだいぶ痛かったか。痛かったし熱かった。それでも魔法攻撃だったから、魔法耐性でだいぶ軽減はしていたので、これよりマシだったと思う。


「あぁもうっ……あんまりもたつくと呪詛に侵食される……なんて深さまで押し込んでくれたんだあのシマモノ!」


 をかき分けて、フェルエルは地上へと頭を出した。ぶんぶんと頭を振って黒土を払っている間にも、巨大な化け物はさらに村の方へと歩みを進めていく。まるでこちらのことなど意識していないかのような態度である。


「……ッ……ふ、ふふ、ふふふふふふ……払って、終いか……この私がッ、小蝿扱いか……ッッ……久々に頭に来たぞ……ッ」


 ――彼女の身を包む魔素の装甲、創魔心血フェリオラは、感情の昂りによってその強度を大きく跳ね上げる。

 特に怒りの感情は最も効果を底上げする。

 先ほどまでより遥かに戦闘能力を向上させたフェルエルは、その勢いのまま怪物の背中を追うのだった。



 ……一方、上空。

 塔から投げ出されたウロノスたちの、慟哭の樹海への墜落が秒読み段階に入ったまさにその時――アーティが一同を掻き集め、着地耐性に入ったその瞬間。

 箒に乗った赤い髪の魔女が、その落下中の全員を膨大な魔素で包み、見事にキャッチしてみせたのだった。


「ひいいっ、ま、間に合ったぁぁぁぁっ!! 何で空から人間が落ちてくるのだわっ!?」


 体外に放出した魔素に接触判定を作り出す技能といえば魔剣精製リヴァーシェだが、魔剣の性能を無色透明の柔らかいクッションに、さらに数人を乗せて尚余りある大きさに設定できる魔法使いなど、前代未聞である。


「うおおすげぇ感触。てめぇは……森の魔女じゃねーか」

「あーッ、変態覆面男!! あんたの仕業だったのねさっきの塔?! やっぱ焼く! ここで焼き払うッ!」

「待て待て俺様じゃねぇ落ち着け魔女。とにかくこの場所はマズい。さっさと森林区まで運べ!」

「命令すんな!! 言われなくたって長居しないのだわこんなとこ!」


 空中で急激な方向転換を行い、森の魔女――ミリエは一行を回収して禁足区上空から離脱する。

 ――実はもう、赤いナニカがすぐ近くまで這い寄ってきているのがミリエの目には映っていた。

 それがどんなシマモノのどういう部分なのかは分からないが、それに捕まるのは絶対にやばいということだけが確かで――だからミリエの判断はあまりにも正しかった。


 ……ここにミリエが来るのが間に合わずとも、アーティはきっと無事に着地することが出来ていただろう。

 しかしそこは【禁足区】、慟哭の樹海。もしミリエがこの場に間に合っていなければ、アーティの誰も死なせない決心とは裏腹に、果たして何人がそこから生きて出られたのかは定かではない……。


「み〜〜〜りえ〜〜〜〜〜〜〜!!」

「ふぇ? ユハ子ちゃ……何で白いシマモノに囲まれてんのあんたッ!?!?」

「それには色々と深い事情がありまして……とにかく助けに来てくれたんですねっ、ありがとうございます!」

「何だ、知り合いなのかユハビィ」

「森林区に住み着いてる魔女さんですよ。話したことあったじゃないですか」

「知らん、忘れた。なんだか知らないけど友達は選べよな」

「それはいったいどういう意味なのかしらマフラー少年君!」

「むぎゅえ。おい、ひゃめろ馬鹿」


 魔素で作った見えない手で、アーティの頬をむにむにしつつ――

 気の抜けたような雑談とは裏腹に、ミリエは内心、冷や汗を流す。

 慟哭の樹海から触手のように伸びていた、赤いナニカ。

 今はもう、森の奥へと引っ込んでしまい、その姿は視えなくなっている。なのに――悍ましい恐怖の感覚は今も、心臓にべったりと貼り付いて離れない。


 魔法や神秘に対する好奇心が服を着て歩いているようなミリエである。

 禁足区くらい当然、入ったことはあった。赤いシマモノも見た。何匹かは戦ったし、普通に勝った。問題ない。そう思った。思っていた。そのはずだった。…………どうやら。


(ただ、運が良かった、だけだった……)


 禁足区の、禁足区たる所以。

 入ったら死ぬお化け屋敷。

 生きて出てこれたのは向こうの気まぐれで。

 ミリエはひっそりと、二度と近寄らないことを心に誓う……。



 *




 圧巻の巨体である。

 こんなシマモノの出現は過去の記録には一切ない。村からも目視可能だなんて、ちょっとした山みたいな大きさだ。

 ちなみに黒い塔が崩れたのはこのシマモノの出現が原因であり、フェルエルは冤罪だ。尤もあと少しタイミングが違っていれば冤罪ではなかっただろうが、それはそれとして――。

 誰が見ても明らかな異常事態。

 先日の海産物シマモノが上陸してきた事件がちょっと可愛く見える程に。


 元々、シマに流れ着いてきた者たちは、ここでの平穏が長く続かないであろうことを覚悟していた。

 シマモノなどという得体の知れない存在。

 呪神の結界。

 決して立ち入ってはならない禁足区なる異界。

 そのどれもが、いつ豹変して人間を皆殺しにしてしまうか、分かったものではない。

 だからどんなに居住区が安全であると説明されても、胸に抱く漠然とした不安が拭われることは、決して無い。不思議なことにシマモノが自然発生しない居住区だって、明日には突然、森林区の一部になってしまうこともあるかも知れないのだ。だって誰も、を、知らないのだから。


 木々の向こうにシマモノの上半身を見てしまった時、誰もが思った。

 ついに、が来てしまったのか、と。

 だから大半の者たちは半ば諦めに近い感情を伴いながら、それでもいつもの通りに、シマモノ襲撃時のマニュアルに従って行動を始めていたのだった。


 けれど同時に、未だ全てを諦めてはいない者たちもいた。

 絶望に屈しない者が、いた。


 たとえ今日が全ての終わりの日だと神が告げても、明日まで生き残ってその予言を捻じ曲げてやる。

 そして。神のくせにこんなちっぽけな人間一人の意思すら挫けなかったことを、最後の最後まで嘲笑ってやる――!


 そんな反骨精神を胸に。

 ゲッツ団団長、ゴショガワラは森林区と居住区の間に、立つ。

 セイバーには加入していないが、腕に覚えはある。その実力はプラチナ級(※自己評価)。いや、もしかしたらそれ以上だ(※個人の感想です)。シマの外ではありとあらゆる危機を乗り越えてきた、知る人ぞ知る正義の盗賊――それがこのゲッツ団団長、ゴショガワラなのである!

 よって誰にも、どんな窮地にも、屈することは決して無い!


「――来るなら来い。全員ここで返り討ちだぜ!」


 両手でしっかりと握り込むその剣は、シマに流れ着いた後、親しくなった鍛冶屋のお姉さんに鍛えてもらった業物。加工の難しい鉄と魔鉱石の合金、マナメタルの鈍い青色が朝日を浴びて妖しい煌めきを放つ。

 魔素を乗せて振るえば大木ですらバターのように切断するこの剣ならば、シマモノの持つ強靭な外骨格、呪殻じゅかくであっても斬り伏せるだろう。試したことはまだ無かったが、まぁ鍛冶師のお姉さんがそう言っていたのできっと正しいに違いない。

 即ち村を襲うシマモノが何匹やってこようとも、ここで全部、全部全部、ぶっ倒――


「…………。いや、流石にちょっと多くないですかね?」


 青褪めるゴショガワラの眼前。

 森を超えて現れたシマモノの敵影は、ゆうに百を超える。

 セイバーズの防衛ラインとやらはいったい何をしているのだろうか。ちゃんと仕事して欲しい。いや、というか防衛任務に就いていた皆さんは果たしてご無事でいらっしゃるのでしょうか――!?


「いやいやいや怒涛の勢い過ぎんでしょアレは!! 戦うとかそれ以前の問題だわ!!」


 原因は恐らく……も何も、あの巨大シマモノ以外には考えられない。

 あの巨大なシマモノが小さいシマモノを操って――いるという感じではなく、大方、あんな巨大な化け物が森の中で暴れているから、逃げ出すようにシマモノの大群が大移動を始めた――というのが真相だろう。


「やべぇってやべぇよマジでどうすんだアレ……ッ」


「――そうですね、とりあえずできる限り広範囲を、どか〜ん! というのはいかがでしょう?」


「は? いやちょっとお姉さん、ここは危ないんで早く村に――」


「少しの間、私から離れていて下さいね、ゴショガワラさん。近寄ると、ビリっとしますので」


「え…………?」



 ……その瞬間、ゴショガワラは見る。

 いきなり現れた線の細い金髪の美女の背後に展開された、さながら龍の翼のような輪郭の、超巨大な魔法陣を。

 ゴショガワラは単なる盗賊なので、魔法について詳しい訳ではない。それでも魔法使いがたまに魔法陣を描くこと、魔法陣の幾何学模様が複雑であればある程に魔法の威力が向上していくことくらいは、最低限の常識として理解している。

 実際、盗賊だった頃に自分を追いかけてきた魔法使いたちが魔法陣を展開して強力な魔法攻撃を仕掛けてきた場面にも何度も遭遇していた。決してハッタリや気休めなどではなく、明確に意味のある模様であることだけは身を持って知っている。


 けれど今、目の前にあるその魔法陣は……今まで見てきたどれとも違う。

 いや、きっと中身は同じなのだ。複雑な、魔力回路などと呼ばれる数多の配線が一つの巨大な基盤を描き出している点では変わらない。

 ただ……その大きさが、ゴショガワラの知るそれとはあまりにも違っていた。

 、人間の魔法使いが単独で展開できる規模ではない。

 いったいどれだけの鍛錬と才能があれば、ここまでの美しさと巨大さを両立した魔素の回路を作り上げることができるというのか。魔法に精通しない凡百の水準では、せいぜい魔素を手頃な大きさの武器として具象化するだけでも、二日酔い程度に頭が痛くなるというのに――!



「――本部長、一発だけですよ。放った後は後方待機です。あちらに椅子と簡易テントを支度させましたので、そちらで速やかに休息を」

「心配性ですねぇ、イーベルは。自分の体のことは、自分でよぉく分かっていますから。大丈夫ですよ」



 彼女の背後で、一人の青年が声を上げる。

 その二人が揃った時、初めてゴショガワラは目の前にいる人物が何者なのかを思い出した。

 そうだ、この人は。


「それでは、久しぶりにやっちゃいますねぇ♪」


 にして。

 ――


「【極みの雷ヘキサ・ボルテックス】」


 アイネ=ガーデンリュークその人ではありませんか――!




 *




 魔法の属性はそのエネルギーの形態ごとに区分されるが、電力へと変換する迅雷属性は極めて難易度が高く、これを扱える魔法使いは希少である。

 その理由は、反応の速度。

 たとえ擬似的であれ魔素を電力に見立てるということは、即ち限りなく光速に近い速度で拡散しようとする魔力を正確にコントロールするということ。脳に掛かる負荷は、他の属性とはまるで比較にならない。

 また、そもそもの話をすれば光の速さを正確にイメージして魔素に落とし込むという作業さえ、かなり高度だったりする。光が物凄く速いということは誰でも漠然と分かっていることだが、具体的にどれくらいなのか、それを映像として脳内で再現できるかはまた別の話なのだ。

 まず最初に必要なのは天賦の才。

 それだけは訓練でどうこうなる次元の話ではなく。

 故に、迅雷属性は選ばれた者にしか扱えない特別な魔法属性である。それがこの世界の共通認識だった。


 しかし仮に天賦の才があったとしよう。

 そして迅雷属性を極めるに足る、努力があったとしよう。

 それでも迅雷属性の魔法は、諸刃の剣だった。或いは最初から、ニンゲンの手には余るものだったと言えるのかも知れない。


 アイネは才能に恵まれていた。

 そしてその才に溺れることなく、研鑽を重ねることが出来た。

 ついには迅雷属性の魔法を……極めてしまって。

 過剰なまでの負荷を受け続けた彼女は、いつしか自身のに、取り返しのつかない損傷を負うに至る。

 という概念を認識できない人間の感覚では、単純に体を壊したという解釈になる。しかし病院で検査をしたところで異常はなく、不調の原因は判明しない。ヒトツメ病院でさえ治癒することのできない霊的な後遺症は、魔法を使うたびに彼女を、耐え難い苦痛で苛んだ。

 器の損傷は不死鳥でさえ治癒できないものであり、彼女は二度と、全盛期には戻れない。


 プラチナ級の座を降りて本部長の地位についたのも、それが原因で。

 だけど本当に村の危機が訪れたなら、彼女は一年に一度だけ、一発だけという約束で、その魔法を振るうことが許されていた。

 ……それさえ、本当の意味で許可が与えられているわけではない。

 ウロノスの譲歩と、アイネの妥協である。

 そういう約束でもしておかなければ、アイネは自分の身など顧みずその力を振るってしまうだろう。たとえその結果、どれだけ凄惨な死が待ち受けていたとしても。

 だから一年に一度だけ使える切り札としてよく考えろと厳命し、アイネもその意図を汲み、互いがそれを承認したのだった。


 ――そんな禁断の魔法が描き出した光景は、しかして人々の思い描く希望とは遥かにかけ離れた地獄絵図である。

 ダメージはなかったが、近くにいたゴショガワラでさえ痺れて動き出せず、ただ目の前の有様を眺めていることしかできないでいた。それ程までの超電圧が、まるで水中で爆薬を炸裂させたかのような衝撃の伝わり方で、地上を満たす空気そのものを凶器へ変えてシマモノの群れを襲ったのだ。

 全盛期の彼女であればこの魔法一発で、そこそこの規模の湖が干上がったりした。地形図の書き直しが必要になるから程々にしろと、国の偉い人たちから怒られもした。

 ニンゲンというより、兵器のような扱いであることには些か不満はあったものの。

 全ては大切な家族を守るため。アイネはそのためなら、どんな苦痛にも耐えられた。

 ……とうとう、その家族にさえまるでバケモノを見るような目を向けられてしまう、その時までは。


 この魔法を使うたびにアイネは過去を思い出す。

 けれどそういう苦い思い出は、同時に思い出されるシマの人たちの感謝の笑みが振り払ってくれる。

 だから苦しくはない。

 この体が既に、まともな死に方など期待できないものなのだとしても――……。


 迅雷属性の魔法って、極めるとこんなことになるんだ――

 広範囲に渡って抉られた大地を前に、唖然とした面持ちでゴショガワラは震え上がった。

 アイネは平然とした様子で踵を返し、事後処理をイーベルに託す。


「本部長、お体は……」

「問題ありません。さぁ、後は任せましたよイーベル。頑張って下さいね」

「無論、必ずやご期待に沿ってみせます」


 アイネに代わり、本部長補佐、イーベルがシャツのボタンを一つ外して前に出る。


「ゴショガワラさん。我々の準備不足で申し訳ありません。お手伝いをお願いできますか」

「お、おう。大丈夫だ。セイバーズに加入してなくたって、村を守りたい気持ちは同じだぜ」

「ありがとうございます。では、残党狩りと行きましょう――!」


 そして揃って駆け出す二人の視線の先には、ほぼほぼ壊滅状態のシマモノの軍勢を踏み越えて溢れ出す残存兵力。

 少なくはないが、既に百を数えるほどではない。前に出る二人の動きに合わせて向かってくる辺りも、通常のシマモノの行動と変わらない。一番近い人間が襲われる。だからここに二人が残るなら、村には一匹たりとも到達することはないはずだ。


 ここではない村の境界線上には他のセイバーが向かい、同じようにシマモノの流れを食い止めている。

 ウロノス不在時の指揮系統は全てアイネが統括しており、人間だけでなく居住区という安息の地さえ守り切ろうとするこの布陣は彼女らしいやり方であると言えた。これがウロノスだったなら海産物の時のように、また村全体に大打撃が与えられたことだろう。

 けれどこの何もかもが不安定な世界の中で、絶対に村人の命を犠牲にしまいとした時、果たして正しかったのはどちらの選択なのか。

 結果はいつだって、終わってみるまで分からない。









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