「vs森の魔女」


 魔女ミリエの生まれは普通の農家だった。

 しかし、幼少よりその身に宿す魔素マナの量は大人を凌ぎ、それをコントロールする魔力もまた人間離れし、加えてあらゆる属性の魔法にも精通、若くして一流の魔法使いにも引けを取らない――どころか、一線を画す実力を備えるに至っていた。


 ……そんな彼女ならば、果たして将来を期待されていたのだろうか?


 答えは、否。

 されていない。

 実の両親にさえも。


 ――なぜならここは人間の世界だ。

 人間の世界に、怪物の住める場所などありはしないのだから。





「きっとあたしなんか生まれてこない方が、みんな幸せになれた」


 だけど、遅い。

 もう遅い。

 それに気づくのに……彼女はあまりに遅すぎた。




 *



 誰の邪魔にもならないために選んだのが、独りで生きていくことだった。

 それは、誰の邪魔もしないから、誰も邪魔をしないで下さい、という消極的な意思表示。

 もし邪魔をする者が現れたならば、相応の報いを受けてもらうという、頑なな決意表明。


 ――正義は、必ず勝つ。


 杖を投擲し、ミリエはそう口にした。

 その胸中を知る者は、少ない。


 投げられた杖はたちまち、炎の塊となってフェルエルに襲い掛かる。


(炎熱系か)


 集中し、圧縮された時の世界でフェルエルは思考を巡らせる。

 直撃すれば今こちらが背負っている三人もただでは済まないはずだ。

 なのに軌道は直線的で、まるでこの三人には直撃しても構わないと言いたげ。


(こいつらは人質にはならない――とでも?)


 最初からそんなつもりはないが、フェルエルはそう判断した。

 時間にして一秒にも満たない一瞬のうち、三人を安全そうな場所へ投げ捨て、フェルエルは回避動作に入る。

 ……視界の端にミリエが動いたのが見え、表情にこそ出さなかったが、フェルエルは驚嘆した。


(――凄い……、そこから追いつけるのか!)


 こともあろうに。

 ミリエは自ら投擲した杖を――それが変化した炎の塊を追い越し、フェルエルの背後に回り込んでキャッチしてみせたのだ。

 杖が巨大な火球に変貌し、相手の視線がそちらに向いた僅かな隙を完璧に貫く、ミリエの高速移動。それは炎の壁によって生まれた死角と組み合わさり、容易に敵の背後を奪い去る奇襲として成立させていたはずだった――相手が、フェルエルでさえなければ……!


(うっそ……なんで気付いたのこいつ……!)


 気取られた以上、背後を奪った意味は既に薄い。

 ましてこの攻防に反応できる程の使い手だ。

 ここから次の手を繰り出しても対応されるのは必至――


(――だと、今頃考えているか? この程度の火球で私が怯むとでも思われていたなら、とても心外だ……ッ!!)


 既に戦いのデータを収集していたミリエの計算すら狂わせる超反応。

 奇襲は通じない。

 見てから反応される。

 そして最も警戒すべき拳の破壊力は、一撃でもまともに貰えば即ゲームセット級。

 半端に奪った背後からの連続攻撃はキャンセルして距離を取るべきか?


(いいや違う……! こいつはそこまで考えている……!)


 ――接近戦には自信があった。

 魔素マナで全身を強化する魔装転身ルルムテールは、その一度に扱える魔素量の大きさと、それを制御する魔力強度に応じて飛躍的に効果が高まる。

 端的に言えば魔女ミリエが本気で近接戦闘を行うなら、この世界のあらゆる達人たちの中に混ぜても五指には入る程の実力があるということだ。

 それだけの力を持った上で、さらに彼女は魔装転身ルルムテールを維持しながら高度な攻撃魔法を併用できる。杖での殴打を防いでも、その上から高威力の魔法が絶え間なく飛んでくる。そういう戦い方が、彼女には可能なのだ。

 即ちミリエを相手に戦うということは、実質二人の超天才を同時に相手取るようなもの。

 だから、恐らく純粋な体術ではフェルエルの方が強いだろう、しかし同時に魔法が使えるこちらの方が圧倒的に分があるという公算があった。


 ……大間違いだ。

 何でこんなにも差がある?

 まるで意味が分からない。

 だけどそれを現実として受け入れなければ、待つのは死。


(……近接戦はやばい……けどッ、ここで切り返すロスは致命的な隙になる! だったら……!)


 ――フェルエルに思考する時間を与えない方が得策だ。

 ミリエは攻め手を改めず、むしろ加速させて正面から押し切る道を選ぶ。


「――!!」


 眼前に迫ってくる杖を見て少し驚いたのは、恐らく反撃を警戒して距離を取ってくるだろうと予測していたからだった。

 杖での攻撃は十分反応できるが――クロスカウンターを決めるには僅かに猶予が足りない。絶妙な判断だ。あと一瞬でもミリエの手が遅ければ、ここで終わっていた。


「やるなぁ……!」


 仕方なく杖の方を迎撃。

 互いに渾身の力を込めた殴打が、激突する。


 交戦開始から1秒弱、最初の接触は純粋なパワー比べ。

 その衝撃は凄まじく、結界の外の木々さえもびりびりと振動するほど。

 杖に込められた魔力は火花、或いは小さな雷となって周囲を爆ぜる。


(…………ッ、ったぁ……!)


 フェルエルは、ここで杖をぶち砕くつもりだった。

 魔女相手に武器破壊など意味は無いだろうが、砕けばそこで衝撃が逃げるから魔女の移動を妨害できるだろうくらいの狙いがあった。

 しかし、杖は砕けず、反動を利用して魔女は彼方へすっ飛んでいく。


「ああ、やられた……。くそう、ちくしょう、あははっ! いいな、楽しくなってきた……!」

「……ッ、ならもっと楽しませてあげるのだわ。こんなのはどうかしらッ!」


 カウンターの反動を利用した後方宙返りで距離を取った魔女は、片足でふわりと着地すると同時に、手にした杖を宙へと放る。

 ――バトンのようにくるくると回転しながら、今度は炎の塊ではなく無数の雷へと姿を変える杖に、フェルエルは目を見開いた。


「まさか……迅雷系魔法……ッッ!?」


 いったいこの世界の魔法使いの中で、何人がそれを操れるのだろう。

 ほんの少しの電力を生み出す程度ならば、それなりに多くの使い手がいるのは知っている。

 しかし、肉体表面がどれだけ頑丈だろうと関係のない、迅雷系のを操ることが出来る魔法使いは――フェルエルが知る限りでは、この世に一人しかいなかった。

 そしてこれから放たれようとしているその攻撃がもし、と同じ、或いはそれに近い威力があるのだとしたら――


(うわぁ、うわー、うーわ…………もうッッ!! それは駄目なやつだってマジで!!!!)


 迅雷系の魔法攻撃は視認と同時に直撃している。回避不能だ。いくら動体視力が良くてもどうしようもない。故にフェルエルは瞬時に防御姿勢を取る。だが、それも恐らく意味などないであろうことは、自分で一番分かっていた。


 あれはめちゃくちゃ痛いんだよなぁ、仕方ないけどここは一旦、我慢するか――という気持ちだった。





「――――――がっ……あッッ!」


 そして、直撃。

 雷が全身を貫く。

 気を張っていなければ一撃で意識を刈り取られていたであろう威力だった。我慢しててよかった。してなかったら死んでたかもしれない。


 単体の魔法使いが使用する攻撃魔法は概ね『第二界域セカンド』に分類されるが、迅雷系の魔法攻撃なんかどの評価基準を持ってきても『第三界域サード』に分類されるシロモノだ。つまり武器を超えて兵器なんだよそれは。間違っても個人に向けて使うようなものではない。フェルエルは内心、たっぷり愚痴る。


 実際、彼女だからこそという話で済んでいる。

 ノーガードの一般市民なら今頃は香ばしいたんぱく質の塊だ。


(――で、当然、黙って待っててくれるわけはないよな……)


 フェルエルの動きを一瞬止めた魔女は、既にその視界より消え失せていた。


(さてさて……どこ行った……?)


 体が痺れて、未だに顎が上がらない。

 しかし地面が見えていれば十分だ。影さえ追えれば大まかな位置は掴める。


(あんたくらいの実力者なら、それでもすぐに動き出すのかしらね。悪いけど、ずっとあたしのターンなのだわ!)


 投げて雷に変えた杖を再び空中で回収した魔女は人差し指をそっと自らの口にあてて、囁くように言語を紡ぐ。


「Telh・Mehlyor・Gyfh・Riohalshe――」


 空気ではなく、魔素を媒介とする特殊な発声――

 それは、魔法使いにしか聞こえない魔法言語の詠唱だった。

 詠唱とは、魔法程式スクリプトを構築、編集する行為である。つまり実験室の中で魔法の効果を書き換えたり、威力を調整したりするための技術である。

 針に糸を通すような集中力を要求されるもので、まかり間違っても戦闘中に使用できるものではない。

 ――もっと言えばそもそも詠唱とはそれ専門の魔導具を使って機械で出力するものであり、人間の声帯でやれることではないはずなのだが……。


「……~~~っ、めぇ……!!」


 もう考えるだけ無駄かも知れない。

 だって相手は魔女なのだ。

 人間の常識は通用しなくてむしろ当然。

 フェルエルはそう悟り、ここから先の戦闘で何が起きてもできるだけ驚かないようにしようと思うのだった。


 さて、ここまでの二度の攻撃はどちらも詠唱のないものであった。

 つまり詠唱なしであの威力だったわけだが、もし詠唱補正の乗った魔法攻撃が飛んで来たらどんなことになってしまうのだろうか?

 確かにこの辺り一帯の地形は、変わってしまうのかも知れない。

 なるほど納得のである。ハッタリじゃなかったわけだ。


「……っ、冗談じゃない。そんな一撃、もらうわけにいくか!」


 ――消し飛ばしてあげる。

 詠唱の終わりに、魔女の、そんな囁きが聞こえた気がした。

 やれるのだろうな。

 この魔女になら人間の一人くらい跡形もなく簡単に――。


 詠唱の完了したミリエは、正面に巨大な魔法陣を展開し、それ越しにフェルエルを見下ろす。

 この魔法陣の大きさがそのまま魔法攻撃になるのなら、この立方体の中に逃げ場は存在しない。素早さも戦闘センスもまとめて圧殺だ。何ならまだ気を失っている例の三人もろとも。


はただの魔技マギ。こっちが本命――正真正銘、魔女の魔術よ」


 投げた杖を炎や雷に変えたのは、魔素を別の性質へと変化させる魔剣精製リヴァーシェの応用。

 普通の魔法使いがそれを再現しようと思ったら、高等魔術を用いなければ不可能だというのに。

 それをミリエは、小手先の魔素操作だけで実現する。

 そんなの、誰にも理解不能。

 インチキだ。ペテンだ。トリックだ。

 誰にも認められない。

 ――だから、魔女。

 彼女はヒトの世界にはいられない。

 彼女こそがこの世界の、使



「見せてあげる。前人未到――『第四界域フォース』……!」



 魔女の顔に貼り付いていた勝ち誇るような笑みが……一転、その術式を制御するための真剣な色に変わる。

 たったそれだけのことでフェルエルは、今、生まれて初めて、本気でヤバイということを直感した。戦いを楽しんで、笑っている場合ではないと理解した。


(……ッ……)


 ――これまで、自分より強いに出会ったことは、一度しかない。

 本気で勝てないと思ったのは、口惜しいが、人類のダメなところを凝縮したようなあの男……村長ウロノスだけだ。

 それ以外の相手であれば、誰を相手にしようと負ける気は一切しない。

 驕りでもなんでもない、ただの事実として、そう認識している。


 ――そのフェルエルが初めて、村長以外の人間を相手に、もしかしたら負けるかも知れない、という覚悟をした。

 その覚悟を、諸共焼き尽くさんと放たれる魔術の閃光――ミリエはその熾烈な魔素の猛りを、こう呼ぶ。



「【赤き灼熱の魔導クレイジーファイア】」



 まるで太陽の如く巨大な熱量の塊が迫る。

 あまりの大きさ故に速度はわからない。

 ただ、何とかしなければ死ぬということだけがはっきりとわかる。


 そして運命の時。

 灼熱は、大地を抉り――




 *




 大地は爛れ、赤黒く変色し、ボコボコと泡を吹いていた。

 シマの土壌は普通のそれとは少し違うが、超高温で熱すれば似たような状態にはなるらしい。

 魔法が消えると、やがて冷えて固まり、真っ黒い成れ果てと化す。


 フェルエルは――その着弾点からかなり離れた場所に、ほぼ無傷で立っていた。

 ただし衣服の表面はあちこち焼け焦げ、全身汗でびっしょりだった。姿勢を低くし、肩で息をしているのは――いったい今の攻撃を切り抜けるために、どんな手品を使ったからなのか。

 攻撃後、新たに展開した小型の魔法陣の上に立っていたミリエは、上からその一部始終を目撃していた。


魔装転身ルルムテール……驚いたのだわ。プラチナ級、シマで最強クラスの戦士だって聞いてたけど、あんた魔法使いだったのね」


 ――道理で『詠唱』の時、僅かに反応されたように見えたのか。

 使


 魔装転身ルルムテールは身体を強化する魔技マギだが、魔素を身にまとう性質上、特に魔法防御力の上昇率が非常に高い。

 フェルエルほどの使い手であれば、その速度と魔法防御力の二つをもって最短距離で突っ切ることで、あの熱量の魔法攻撃すら消し炭になる前に強行突破することができたというわけだ。


「……、どうした……、追撃はしないのか……? 今なら私を、倒せる、かも知れないぞ……? ふふっ」


「――考えてたのよ。理由。あんたがどうして、自分が魔法使いだってことを隠してるのか」


 追撃は、しないのではない。

 できないのだ。こちらの考えがまとまるまでは。


 ここまで、ずっとフェルエルのことは戦士だと思っていた。

 魔法が使えないただの人間で、こちらが一方的に有利を取り続けられる相手だと思っていた。

 何なら今でもそうなのではないのかと疑ってしまう程に。


 ――最初にそう思っていたのは、噂としてそう聞いていたからだった。

 村で一番の戦士だとか何だとか言われていたから、ああ戦士なんだなと、そんな先入観があった。

 ……けれど実際にこれだけ激しくぶつかり合う中で、こともあろうに魔女である自分が、そんなチープな嘘を見破れないなんてことが、果たしてあるのか?

 ここまでの戦いで実はずっと魔装転身ルルムテールを用いていたということさえ、今の状況とここまでの展開から推察し、ようやく、ほぼそうなのだろうという確信を得られたに過ぎない。


 こんなの、隠し方が上手いだとか下手だとかの次元ではない。

 そう――問題は。

 魔法使いだと半ば確信した上で対面しているでさえ――フェルエルからは魔素マナの気配の一切を、感じ取れないということ。

 魔女として、人間とは価値観や常識がズレているという自覚はある……しかしその自己判断の基準をもってしても、フェルエルのやっていることに、まるで何の意味も見出すことができない――それが、最大の問題なのだ。

 意味がわからないもの、理解ができないものだけは……例え実力では負けない敵が相手でも、警戒する。

 それが生き残るための当然の戦略。

 だから今すぐには、手が出せなかった。


(……勘だ。なんの根拠もない……あたしの、勘が言ってる。踏んではいけないナニカを、こいつは隠している――くそぅ、なのに、それが何なのかが全く分からない……あたしともあろう者が、情けないっ……!)


 奥歯を噛み締める。

 やがてミリエは距離を保ったまま、次なる魔導まどうを起動した。

 挑発に乗るようで癪だったが、他に手が無いのも事実だった。


 赤き灼熱の魔導クレイジーファイアを筆頭に、彼女はいくつかの第四界域フォース級魔法攻撃を有している。

 それは彼女が常用する通常の攻撃用魔法とは次元を異にするため、その辺りを区別し、自戒する意味も込め、魔法とは呼ばず、魔導と呼称した。


 ミリエの手元に杖が舞い戻る。

 その数はいつの間にか増え、四本となっていた。

 魔剣精製リヴァーシェであれだけの強度を誇る杖を具現化させる力量でさえ恐ろしいのに、それを複数同時に生み出すなど人外もいいところである。

 しかしもう驚かないと決めたフェルエルは、それを見ても諦観気味に笑うのみだ。

 せいぜい、その杖のどれか一つでも破壊できれば次に起動される魔法攻撃の発動を阻止できるかも知れないが――どうせこの距離に、このダメージでは、それも不可能だろうなと思うまでである。



 ――ミリエの合図で杖の一つが先端をフェルエルに向け、射出される。

 魔女の手を離れた杖は、残りの三つの杖と、魔力で繋がっているように見えた。

 見えたからなんだと言うのか。

 刹那、それは白く輝く鎖へと姿を変え、瞬く間に雷のような速度で、フェルエルの足元に突き刺さっている。

 避ける意思はあった。しかし当たらなかったのはほとんど偶然だと言える程の速さの攻撃は、むしろミリエの方に、外れても構わないという意図があった。

 当てる必要がないのだ。

 どうせこの魔導からは逃げられないのだから。


「【白き雷鎖の魔導チェインライトニング】!」


 ミリエの周囲から残り三本の杖が消えていることに、フェルエルが気付く余裕はない。

 杖は三本とも、一本目と繋がる魔力の道を経由し、移動を完了させている。

 そしてフェルエルの足元に刺さった一本目が光を放つと、そこからダイレクトに二本目の杖が放たれ、彼女の顔の横をかすめて立方体の壁に突き刺さった。


「……ッ!」


 人の意思を感じさせない無機質な連続攻撃は、熟練の戦士として相手の攻撃を先読みしながら戦うのが習慣づいていたフェルエルにとって、致命的な避け難さを孕む。

 それでも、辛うじて避けられはする。

 反応し、直撃だけは回避できた。

 しかし同じようにして立て続けに三本目、四本目が床や天井に突き刺さったその瞬間。

 そこに、フェルエルを閉じ込める雷の魔法結界は完成する。

 白き雷鎖の魔導チェインライトニング最大の威力は、その初期段階である追尾する杖の連続攻撃よりも、その終わりに結界内で間髪入れず発動する無慈悲の高電圧の方にある。

 瞬きほどの僅かな時間で完了するこれら一連の処理は、相手に回避の概念すら与えない。

 最初に背後を奪おうとした奇襲とは違う。

 例え相手がフェルエルであっても、それは絶対に不可避。

 使えば必殺。

 処刑の一撃。

 人間相手になど、決して見せるはずのなかった切り札。

 それを、使わされたのだ。

 フェルエルは誇っていい。

 魔女の本気を、ここまで引き出したのだから。


「じゃあねフェルエル。楽しい殺し合いだったのだわ」


 別れの言葉を告げ、目を細めた時。

 終末の光を放つ牢獄の中に、ミリエは刹那、それとは異なる別の光を見る。



「…………は?」



 ――いつもいつも、肝心な時に、気付くのが遅い。


 これまでの人生の、節目、節目、あらゆる出来事、その全てに対して――思う。


 馬鹿は死んでも治らない。


 どうして、あたしは――




 *





「フェルエルが戦士を装っている理由?」


 ――覆面男、ウロノスは縁側でお茶をすすりながら答えた。


「別に、装ってる意図はねぇし、意味もねぇよ? あいつ自身に至っては隠してるつもりもねぇだろ」

「へぇ、そうなのか。てっきりキミの作戦か何かかと思っていたよ」


 その横にいる謎の白い毛玉は、意外だなと言って同じようにお茶をすすった。ただし彼の身体は湯呑を持つのに適さないため、ストローで、だが。


「まぁ、隠してるつもりはないが、結果的には隠す形になってるし、もしかしたらそれがたまに上手く働く場面もあるから、無闇にネタバラシはしないようにしてるってのはあるがな」

「世間一般では、そういうのを隠してるって言うんじゃないの」

「んな有象無象の常識なんざ俺様が知るか。よほどの馬鹿でもなきゃ、あいつが魔法使いだってのは

「まぁ、それはそうなんだけどさ」

「よほどの馬鹿でもなきゃあ、な」



 *



 本当は戦士ではなく魔法使いであるフェルエルだが、その実、彼女が使用できるは、たった一つしかない。


 その名は、【伝説の鏡の魔法エンシェントミラー】。

 第三界域サードにして、古の、いわくつきの秘術。

 とある理由があって、この世界で魔法使いを名乗るものであれば、それを知らない者はいないだろう――使える者もまた、ほとんどいないだろうが……




「ぅッ……ぐ、げほっ、ごほっ……が、あっ……」


 強い、光の明滅があった。

 何がなんだかわからないままミリエは地面に激突していて、そして身動きが取れなくなっていた。

 意識は一瞬飛んでいたかも知れない。墜落の衝撃で目を覚ましたようなものだ。

 全身の自由は失われ、代わりに駆け巡る激しい痛みのせいで、反射的に涙があふれるばかりだった。


「ふっ……ふざ、……ふざっ、けんじゃ……ない、のだわ……!!」


 そして、うまく回らない舌に鞭を打ち、喉の奥から辛うじて絞り出した第一声が――それだった。


 ――無論。

 ミリエも、の存在は知っていた。

 ああ、知っていたとも。

 よく知っている。

 そもそもこの世界で、魔法に関する知識技能において彼女の右に出る者は皆無に等しい。だから彼女が知らないわけがない。その魔法の効果も、特性も、そして使使ということも。

 だってそれは。

 その魔法は――!


「は、発動したら、最後……魔法陣が、体に刻印、されて、二度と、……二度と他の一切の魔法が、起動できなくなる、呪われた魔法ッ……!! あぁ、っ、だから、あんたは……!!」


 徐々に体の感覚が戻ってくる。

 何とか、上体を起こして、魔導の直撃を受けたはずのフェルエルの方に目を向けた。

 そこには――一足先に立ち上がる、プラチナ級セイバーの姿があった。


 ――無傷ではない。

 むしろ満身創痍じゃないか。

 全身から血を流し、どうしてそれで生きているのかわからない程のダメージを負っているのが見て取れる。何なら、立ったまま死んでいるんじゃないのかと疑いたくなるくらいに。


 なのに、その目が。

 その目が未だ爛々と輝いて。

 戦いはこれからだと、語っているのだ。


 ――恐怖。

 ミリエは久しく忘れていたその感情を思い出す。

 これが……プラチナ級のセイバー。このシマで最強の存在。

 怖い。

 怖い。

 怖い、怖い、こわい――だけど……!


「……あぁ、そうだよな魔女ミリエ。私も同じ気持ちだ。笑っちゃうよなぁ……!」


 ――お互い、見るに堪えない姿なのに、もう立ち上がることさえ容易ではない有様なのに。



「「こんなに楽しいのは、生まれて初めてだ……!!」」




 それでも尚、対峙する二人は――笑っていた。





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