「プラチナ級のセイバー」


 一応安全だということになっている居住区だって、全くシマモノが入って来ないわけではない。つまりどこにいようと危ないことに変わりないわけだが、それでも居住区とそれ以外とでは、決定的な違いがある。


 【シマモノは、土から生まれる。】


 【。】




 *



 ――私は別に暇さえあれば鍛錬をしているというわけではないんだよ。

 ただ時々は体を動かしておかないと、いざという時にギアの上げ方で失敗するかも知れないというだけの話なんだ。


 だから訓練室にが入ってくるのがちらりと見えた時、彼の第一声を想像した私は、露骨に嫌な顔を浮かべたのだった。


「おまえ、いっつもトレーニングしてるよな。暇なの?」

「逆に聞くが、あなたは訓練もしないくせにいつもいつも訓練室にやってくるよな。暇なのか?」

「はっはっは。俺達が暇なのはいいことだろうが」

「それはそうだけども」


 覆面男――ウロノスはベンチにどかっと腰掛けると、私の顔をじっと見つめ(……ているのか?)、言った。


「フェルエル。おまえが俺様に勝てない理由を教えてやろう」

「唐突だなぁまた急に」

「それはひとえに、ライバルの存在だ。おまえには、共に力を高め合う好敵手が足りないのだー!」

「そうだとしてどうしろって言うんだこのちっぽけなシマの中で。指をさすな」


 あと今目の前に偉そうに座ってる覆面野郎にも、とりわけライバルのような存在がいたという記憶はない。


「ほっとくとおまえはいつだって独りで何でも片付けようとするからな。もっと仲間を頼れ、後輩の面倒を見ろ、そして先人を敬うんだ、特にこの俺様を神のように崇め奉れ」

「最後のやつだけ心底ごめんだけど」

「なんだとこのやろう。おっぱい揉むぞコラ」

「そんなことしたら泣きながらリシャーダにチクる」

「ごめんなさいそれだけは勘弁して下さい」


 偉そうな座り方から一転して鮮やかな土下座を決めるウロノスであった。

 ……こんなのがセイバーズの創始者だというのだから世の中わからない。

 まぁ、確かに戦闘においてはこの男ほど頼りになる者もなかなかいないのだが。


「冗談はさておき、特別指令だ。後で受付に顔出しとけよ」

「どうせそうだろうなとは思ってたよ」


 私が訓練室にいて、そしてウロノスがやってくる時は、大抵『特別指令』の通達である。

 ちなみにそうでない時はただのセクハラ目的だ。なんてやつだ。こんなのが世に出ていいはずがない。絶対に出られないシマの中で本当によかった。一生をここで終えてくれ。何はともあれ。

 セイバーズに所属するセイバーの中で現在最上位に位置する、たった二人の『プラチナ級』――そのうちの一人である私には、こうやって極秘任務が与えられることが珍しくはないのであった。

 仕方ないけど、仕事なので行くしかない。

 はぁ、面倒臭いなあ。わくわく。




 *



 ――森林区。

 木々の生い茂る小道の先に、少しだけ開けた地があった。

 陽光が差し込む中に、植物でカモフラージュされた小屋がひとつ。

 庭先には洗濯物。あからさまなヒトの気配。

 人間ヒトが住めない森の中に、何者かが住んでいる。

 ならば、それは人間ではないのだろうか――。



 *



 いつからか村に奇妙な噂が流れていた。

 森で魔女を見た、などというオカルト話である。


 とはいえ呪われた神に支配されている呪われた孤島である。魔女の一人や二人いても不思議ではない。ということで噂の真相を探るべく村を守る組織【セイバーズ】より派遣されたのがフェルエルだった。

 セイバーの最高位プラチナ級の称号を持つ彼女は、どこからシマモノに襲われようと全く問題にすることなく、くだんの森林区を進んでいく。


「魔女かぁ」


 森林区には特有の気配がある。

 誰にでも踏み込めば必ずそこが『人のいられない場所』だと本能で分かるようになっているのだ。まるで暗闇を本能的に恐れてしまうように、人間は森林区に立ち入れば、「死の迫る感覚」を肌で知ることになる。

 そんな、まるで人間だけに忖度したこの仕組みは、果たして誰が作り、何のために存在しているのか――正確なところは不明だが、どうせ呪神のせいだろうとはみんな思っていて、特に調査などされていないのが実情だった。

 どうせ、人間の理解など遠く及ばない呪われし神々の何かが原因なのだろうし、考えるだけ無駄なのだ。フェルエルでさえそう思っていて、気にも留めていなかった。


「どうやらこの近辺には大したシマモノはいないようだな。探索がスムーズに進むのは、いいことだ。うんうん」


 腕組みしながら、落ち葉をざくざく踏んでいくフェルエル。

 ……その後ろに、大型爬虫類の形をしたシマモノの哀れな亡骸が放置されていた。

 大きさから見て下級セイバーでは数人で連携しないと足止めすらままならない程のパワーはあっただろうと推察されたが、プラチナ級のセイバーに不用意に近付けばこうなるのである……。


 ポニーテールをゆらゆらとなびかせながら、フェルエルは獣道を進んでいく。

 多少なりとも道らしきものがあるということは、その先に何かがあるだろう。

 そんな短絡的な発想だけを頼りに。



 *



 ウロノス。

 別名、変態マスク。

 またの名を村長。

 或いは、変態覆面野郎。

 人間のクズの代表のようなあの男から特別任務を受け、森の調査に来た私である。

 そう、みんなの憧れフェルエルちゃんだ。

 プラチナ級セイバーという肩書きを背負って立つ、村で一番強くて可憐な女戦士だ。

 ちなみにここで可憐の定義について語り合うつもりはないので悪しからず。


 さて、というわけで森にやってきた私が最初に出会った人物が、ミカゲだった。

 齢六十は過ぎているであろう、それにしては精悍な顔つきの男である。

 剣士というだけはあって立ち姿に隙はなく、老体にしてその背丈は私より頭一つほど高い。

 外見だけを見るならば、まさに理想の壮年男性、といったところか。

 中身が残念なのを知っている私としては、逆にその事実が不愉快であるところだが。


「ゴールド級のセイバーともあろうあなたが、こんなところで何をしてるんだ、ミカゲ氏」


 と、一応訪ねてみる。

 別にゴールド級のセイバーが暇な日中どこで何をしていようとそれは各自好きにすればいい――というのはウロノスが決めたセイバーズの基本理念だが、私としては誰にだって持てる力相応の責任感ある行動を取って欲しいと思うところ。

 いやまぁ、からこそ、ウロノスも敢えて強めの行動規制は取らない方針にした、というのは分かっているけれど。

 それでも怪しい行動は控えて欲しいんだよなぁ。何せシマに流れ着くようなやつは、どいつもこいつも基本的に信用できないのだから。


「心外だなフェルエル――私はただ野草を採取しに来ただけだ。この辺りの野草は薬になる。千の持病を持つ私は定期的にこれを摂取しないと生きていけないのだよゴホゴホ」


 咳がわざとらしい……。

 この人ミカゲはよく、すぐバレる嘘を言う。本人はユーモアのつもりなのかも知れないのだが、それならそれでもうちょっと景気の良い顔をしてくれ。


「千は嘘だが持病はあるとも。私もいい年をした大人だからなぁ持病の一つや二つ持っているさ――別にわかってもらおうとは思わんがな」


 まるで年寄りの嗜みみたいな言い草だ。


「いい年して徘徊老人の予行演習か? ボケるには早いぞミカゲ氏、あなたにはまだまだ剣を振るって頂きたいのだからな」

「人聞きの悪い、そして目上に滅茶苦茶失礼な、しかも老体をまだまだこき使う気満々か」

「シマは慢性的な人員不足だからな。頼りにしているぞ」

「フッフフ。頼られるのは悪くない」


 ――不健康そうで、不真面目そうで、不誠実そうな見た目に反し、与えられた仕事をパーフェクトにこなすことに定評のあるプロフェッショナルとしては、私はミカゲにある程度の尊敬の念は抱いている。

 もう少し若さとバイタリティがあればプラチナ級の一員だったろうと評されているところなども、さほど否定する気持ちはないくらいだ。

 そんな人が何だってこんなところに――って、野草の採取とか言ったばかりだった。

 嘘くさいなぁ……。


「私が嘘くさいのはいつものことだろう。そういう君こそこんなところに何の用だね。悪いが食べるとレベルの上がる草が生えている場所なら絶対に教えてやらんぞ」


 絶対にだ、と念を押すミカゲ。

 いや、そんな便利な草があってたまるか。

 おまえみたいなふしあわせそうな顔をしている奴に、そんなしあわせそうな草は似合わない。

 絶対にだ。


「……君が今とても失礼なことを考えていたであろうことは想像に難くないな。全くこれでも私は君の倍くらいは生きているというのに――人生経験も君より数倍は豊富なつもりだぞ。例えばこのシマに流れ着く前はこれで一応結婚もして子供もいたとか」

「嘘だ!?」


 結婚してたのこの人!?

 こんなんで!?

 意外すぎるッ!

 ……いや、これも嘘、か?


「というわけで年上として一つアドバイスをしてやろう――だから黙って聞きたまえフェルエル」


 押し付けがましい……。

 ウロノスといいこいつといいこのシマの成人男性の甲斐性はどうなってるんだ。

 でも聞いてやらないとそれはそれで面倒なことになりそうなので、黙って聞く。


「この森には魔女が住んでいるぞ」


 ……。

 その調査のためにここまで来たんだけど、そういえばナイスミドルとお喋りしてる間に危うく失念しかけていた。危ない危ない、さすが年配者のアドバイスはためになるなぁ!

 ふざけるんじゃないよ今のところ全部おまえのせいなんだよ。


「魔女はこの先にある小屋でおかしな研究をしている。邪魔をしないのも手伝ってやるのも君の自由だ――君はここから先に進まなくてもいいし引き返してもいい」

「なぜゲームブック調なんだ……」


 しかもよく聞いたら戻る以外の選択肢がない。

 流石に何の収穫もなく帰るつもりはないので、選択肢がなくても進むけど。

 それにしてもだ。


「まるで、既に魔女に会っているような物言いだな、ミカゲ氏」

「すっかり顔馴染みだよ。この近辺には野草をよく採りに来るからな」


 ……へぇ。ふぅん。

 ということは、少なくともセイバーと敵対する人間ではないということかー。

 ならば話し合いも通じるのだろう。早く帰れるかは別として、今回の一件、思ったよりも簡単に片付きそうだ。よかったよかった。

 ……。


「……えっと、つかぬことを聞くがミカゲ氏。よもや魔女と知り合いなのか?」

「あぁ」

「それは、具体的にいつの頃から?」

「先月末からかな」

「……………………~~~~ッ」


 な・ん・で・そ・れ・をッ!

 報告しないんだ、このおバカッ!!


「どうしたフェルエル。怖い顔で近寄るんじゃない。私はシロだ。何も悪くはないんだ。ステイ、ステイだフェルエル」


「ミカゲさんミカゲさん、ちょっと語り合いたいことがあるんだけど構わないかな」


「おお、いいとも。やはり対話は素晴らしい。話せば分かる。是非話し合おうとも」


「ああ、存分に」




 ――拳で☆





 *




「ここは、とおさないよ!」


 森を進んでいると、いきなり現れた賑やかな色彩の髪の幼女に行く手を阻まれた。

 人間に見えるがおそらく村人ではない。少なくとも私の記憶にはない。

 何者だろうか。保護して連れて帰るべきだろうか。などと思いながら、関わると面倒臭そうなので、私は幼女を避けて森の奥へ進むことにした。


「こらー! ひとのはなしは、ちゃんときけー!」


 怒られちゃった。

 こらーとか言われたの生まれて初めてかも知れない。なんだこいつ。

 悪いが私も仕事で来ているんだ。

 あんまり邪魔をするようなら、蹴散らしちゃうぞ☆


「――そう、あのふしあわせそうな顔の男のようにな!」

「ふしあわせそうな……? ……のことか……! ミカゲおじちゃんのことかーッ!」


 知り合いだった。

 ミカゲさんの人脈が想像の斜め上だ。

 どんだけ報告を怠ってるんだよあの人。この調子じゃ魔女にたどり着くまでにあと数人、知らない人と出会うかも知れない。

 私はもうこれ以上誰も殺したくないのに……(※殺してません)。


「『ふしあわせそう』で通じちゃうのもどうなんだろうな?」

「あたいは、ふしちょうのこ、『むげんのみえざるつばさ』、インフィニティ! ミカゲおじちゃんのかたきだ!! かくごしろおお!」

「聞いてよ話」


 ご丁寧に痛々しい二つ名まで名乗ってくれた幼女は、人の話も聞かずに身構える。

 好戦的な性格だなぁ。

 ちょっとした格闘技っぽい構えだが、そこは見た目の年齢通り素人芸だ。

 どう見ても隙だらけ。

 まぁ。


 隙なんかんだけど。



 *



 幼女を瞬殺した私は、その亡骸を担いで森の奥へと歩いていく。

 冗談だ。

 無論まだ殺してはいない。

 重要参考人だし、ちょっと三途の川の見えるとこまでお出掛けしてもらってるだけだ。

 しかしそれにしてもこれではまるで人攫いの絵面だな。あらぬ誤解を受けなければいいのだが――


「……な、何者ですかあなたは!! その子をどうするつもりですか!!」


 ……はい来ましたお約束。

 別にどうするつもりでもない。

 ただこの子の保護者を探して歩いていただけなんだ。

 そうしたら草むらから野生のシマモノみたいにあなたが飛び出して来たので、むしろ「何者ですか」はこっちの台詞。


「――ということはあなたがこれの保護者か? メガネ金髪でひ弱そうなお兄さん?」

「ひ弱そうは余計です……ええと、申し遅れました。わたくし、『深遠なる九尾の翼』、ナインルートという者です」


 ……。

 痛々しい二つ名が流行っている……。

 いやだどうしようこの森。

 私も何かかっこいい二つ名を考えた方がいいのだろうか。苦手なんだよなぁそういうの。ケンゴ辺りならノリノリで考えてくれるかも知れないが……。


「どうやらインフィニティがご迷惑をお掛けしたようですね……。それについては彼女に代わって謝罪します――が。それはそれとして、あなたは、この先へ進むおつもりですか?」


 そうなんだけど、本音を言うと実はもう結構帰りたい気持ちでいっぱいだ。

 どうやら魔女ってやつがいることは確定できたし、何ならミカゲが知り合いだったという辺りで、私の調査活動としては一旦このあたりで打ち切らせて頂いても一向にかまわないのではないだろうかってかなり思ってる。

 ……のだけど。

 子供のお使いじゃないからなぁ……。

 ここまで来てそういうわけにもいかないのが悲しい。

 プラチナ級だもん。真面目に仕事しなきゃ……。


「そうですか……ならば仕方ありません。警告しましょう、あなたが退かないのであれば――実力で排除させていただきます……!」


 そして突然のバトル展開だった。

 物腰柔らかそうな男だったので油断していた。


「ミリエの邪魔をさせるわけには、いきませんので……!」


 つまり先に進むなら俺を倒していけ的なやつか。

 分かりやすいのはいいことだ。


 ――気が変わった。

 這入るなと言われると、這入りたくなる。

 私が口角を上げると、金髪の優男――ナインルートは身構え、同じように笑ってみせた。


「……やれやれ。自分と相手の実力の差もわからないとは、愚かな人間ですね……!」



 ナインルートが、両手に魔力をまとって突っ込んでくる。


 愚かな人間とか、実際に口にするヤツ初めて見た。

 思っても言わないでしょ普通、それ。



 *



 立ち塞がる敵が弱っちくて、フェルエルちゃん怒涛の三連勝である。

 ミカゲを敵にカウントしていいのかはちょっと謎ではあるが、とにかく私の快進撃が止まらない。

 そんなわけで気絶した幼女と金髪男を担いで、さらに奥へと進む。

 なんかこう、仲間が増えていく感じで楽しいね。

 ここまで来ると、次はどんな奴が出てくるのか楽しみである。

 期待していると、さっそく妙な奴が立ち塞がった。


「止まってくれ……僕は、誰も殺したくはないんだ……」


 ああ、あぁ、あー。

 多分この子が主犯だな。

 見た目が十四歳くらいの少年であるところが、動かぬ証拠だ。

 真っ黒いコートみたいな服に、鎖みたいなアクセサリーがついている。間違いない。

 この森の中で妙な二つ名を流行らせている犯人はお前だ!

 今すぐそんな馬鹿な真似をやめないと、十年後、必ず後悔することになるぞ!


「僕は……『不吉を縛る桎梏の翼』、クロウワルツ……。その二人を置いて、どうか立ち去って……さもなきゃ僕は、あなたを殺さなきゃならない……」


「手ぶらでは帰れないからな。悪いが先に進ませてもらうぞ」


「……そう……。じゃあ、死んで……!!」


 クロウワルツが両手を広げると、彼を中心に黒い魔力が渦を巻く。

 唸りを上げる防風が周囲の木々を大きく揺らめかせ、いやがおうにも激闘の気配が漂ってくる。


 ――ふむ。

 少しはようだ。

 少なくとも私が背負っている二人よりは。


「もしかしたら少し――ほんの少しくらいは私を楽しませてくれるのかな、君は」

「……少しは? あなたの目は、どうやら節穴みたいだ……僕のチカラは、その二人とは比べ物にならないくらい、強い……!!」


 確かに。

 少年の言葉通り、受けるの大きさはこの二人とは比較にならない。

 恐らくセイバーの中でも相当上位の力はあるだろう、人間という枠組みの中でいえば確実にそれを超越しているくらいのパワーを感じる。世界中を渡り歩いても、これほどまでの実力者とはなかなかお目に掛かれないはずだ。それがこんな狭いシマの中でって考えると感動すら覚える。





 まぁ、でも、うん。

 それだけのこと、なんだけど。







 *



 ――フェルエルの快進撃が止まらない森の奥に、魔女の住処は隠されていた。

 森にぽっかりと空いた広場。その中心に建つ、魔法によって木々を組み合わせて作られた屋敷は、表面を植物の蔦によって覆われ、景観に溶け込んでいる。

 屋敷隣の空き地には様々な道具が無造作に散らばっていて、ここを住処とする魔女のずさんな生活習慣が浮き彫りになっていた。


「――……はー。面倒なことになったのだわ……あと少しだったのに」


 そして屋敷の扉が開かれる。

 中から姿を現したのは、腰まである赤い髪を靡かせた、若い女性だった。

 もうじきこの場所に三人の不死鳥の眷属を担いだプラチナ級のセイバーフェルエルがやってくることを、彼女は知っている。森に放った使い魔と共有する視覚をもって、ここまでの快進撃は全て見た。

 全くなんという化け物だろうか……。

 ゴールド級のセイバーが歯牙にもかからず、不死鳥の眷属すらまるで相手にならなかった。

 尋常ではない強さにドン引きだ。

 さてはこの世界の裏ボスか何かでいらっしゃる?

 ……できれば話し合いで穏便にお帰り願いたいところではあるのだが、セイバーズでもそれなりの地位にいるらしいミカゲですら(音声は拾ってないので会話の内容までは分からないが)話し合いも虚しく叩き潰されてしまった辺り、フェルエルの強行は十中八九、魔女討伐が目的であると見て間違いないだろう……。


 実際のところ、他人と関わるのが面倒で森に引き篭もるという楽な方に逃げたのは自分の我儘だし、その結果としてシマの自衛組織に目を付けられてしまったのは自分の落ち度だ。それについては慕ってくれている眷属三人にも、色々教えてくれたミカゲにも悪いと思っている。心底ごめんなさい。

 なので――この問題は自分で片付けるしかないわけだ。

 無暗に力を振るうのは不本意だが、降りかかる火の粉を払うのは、今の自分が果たすべき責務。


「やればいいんでしょ、やれば……」


 ドアの横に立てかけておいた杖を手に取る。

 それは、戦う覚悟の顕れ。


 ここで邪魔をさせるわけにはいかない。

 

 使い魔とのリンクを切断し、決意のこもった瞳をゆっくりと開く。


 その視線の先に――フェルエルはちょうど、辿り着いていた。



「――初めまして。あんたがプラチナ級のセイバー様ね。噂はここまで届いているのだわ」

「驚いた。こんなところに人間が住んでいたのか」

「? 人間なんか住んでいないわ?」

「へぇ……なら、この立派な屋敷は誰のものだ?」

「決まってるでしょ。そんなの」


 フェルエルが、先に笑うのを見て。

 魔女もまたつられて、うっすらと笑みを浮かべる。



「魔女の住処よ」



 魔女が杖を振り上げると、瞬間、薄い膜のような立方体が、その場の全員を閉じ込める。



「これは……」


「結界。あたしが本気で戦うと、地形が変わっちゃうから」


「へぇ……それは興味深いな。、先に言っておこうか。おまえの敗因は、不用意に私の興味を引いてしまったことだとな」



 ぞわぞわと皮膚が泡立つ感覚。



「できるの? たかが人間が――魔女に勝てる!?」



 ――興味を引いたのは、お互い様だ。





「勝てるね。正義は勝つと本に書いてあった」


「……――そうね。その本は正しいわ。その通りよ――正義が勝つのよ!」








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