「それぞれが抱えるモノ」
シマには、色々なモノが流れ着く。
付近を包む海流の影響か。
或いはその神秘の海域に対する、人類の尽きない好奇心か。
もしかしたら外部から何かを送り込む実験をしているのかも――それか、単なる不法投棄の時もあるだろうか。
とにかく、色々なモノが流れ着く。
色々なモノが。
それぞれの事情を抱えて……。
*
――村の北東部の沿岸、通称【玄関口】。
入ったら出ることの出来ない最果ての孤島の、ほとんど唯一といっていい入り口である。
大抵のものは特殊な海流によってこの浜辺に流れ着く。
例えば難破船が海域に侵入したとして、船は海の藻屑と化すことになるが、積み荷や上客は全てこの浜へと流れ着く。特に伏せるまでもない何者かの思惑で。
「おぉ……見ろゼンカ……これは素晴らしい」
ド派手な金髪をド派手に逆立てたガラの悪い青年――ケンゴは、目を爛々と輝かせて言った。
その手には大量の本。
流れ着いた木箱の中から現れた、奇跡的に水没していないその雑誌は、いわゆる成人男性向けの本であった。
この絶海の孤島ではまず入手が絶望的なジャンルのやつである。
「やはり神はいるんだな……!」
「そりゃいるだろ。今も多分その辺に」
予期せぬお宝ゲットの幸運を神に感謝するケンゴに、ゼンカと呼ばれた青年は溜息交じりに応える。
そんなゼンカの腕に抱きついている完全防寒姿の少女は、ケンゴに冷ややかな言葉を投げかける。
「ケンゴは、物好き……」
「はっ! 不死鳥様には分からんだろうが、これが生物の……オスの
「自慢げに言うな俺が恥ずかしいわ」
グラマーな水着美女が表紙を飾る雑誌を、さも国宝を取り扱うが如き丁寧さで鞄の底にしまい込むケンゴに、二人はそれぞれ呆れる目を向けるのだった……。
――不死鳥様。
ケンゴがそう呼んだ通り、ゼンカの腕に抱きついているその少女は、不死鳥である。遠い遠い昔、まだケンゴもゼンカも生まれていない頃に、ウグメとメロウに敗れて森へと引き籠っていたあの七翼の王――
あれから長い年月が経ち、再びシマに流れつき始めた人間たちが文明を再建していく中――彼女が出会った運命の人、それがその抱きつき先の腕の持ち主である黒髪の青年、ゼンカだった。
フルコキリムは、今はキリムと呼ばれ、特に理由がない限りは
誰の趣味というわけではなく、本来の姿ではサイズが大き過ぎて、森での生活が不自由だったから、いつしか自然とそうなっていた。
外見年齢が子供のような姿をしている理由は、直近で見掛けた人間の姿(ウグメとメロウ)の影響を受けたからであり、他意はないらしい。
そうやって森で暮らしているうち、いつしか彼女はゼンカと出会ったのだった。
そこで色々あって、このような状況に至る。
現在は村に孤児院を作り、そこでゼンカと、あと身寄りのない子供たちと共に暮らしている、無害な鳥だ。
「……オスの、さが……。むぅ。ゼンカも、あぁいう感じのが……いい? パツキンのボインちゃんの方が……?」
「どこで覚えたのそんな言葉。どんな姿でもいいよ。おまえがおまえなら」
「……、……ほぅ……っ」
その言葉にぼっと頬を赤らめ、その顔を隠すように、彼女はより強くゼンカの腕にしがみつくのだった。
それはもう、とびきりの力で。
「……ところであの……キリムさん。ちょっと、漫画みたいに派手な音が出なくて気付き難かったかもなんだけど……今ので折れました。俺の腕……加減して加減……」
少女の姿でも、不死鳥は不死鳥。
*
最果ての孤島に流れ着く人間の数は、年間で数百人にのぼる。
それをいくつかのグループに分けると、まず最も多いのが冒険者だ。神器や世界の真理、まだ見ぬ景色を求めた命知らずたちは、絶えることなくシマにやってきては――特に何もない孤島と、絶対に出られないという現実の板挟みでぺしゃんこになり、シマ暮らしを余儀なくされている。
次に多いのが、流刑。つまりシマ流し。
外の世界では『入れば二度と帰還できない海域』として有名なこの場所が、赦されざる罪を犯した者を流すのにはうってつけなのだろう。
……ということでシマに流れ着く人間は割とならず者が多いわけだが、そのうちの大半がウグメという規格外の存在を前にすると大人しくなり、村で慎ましやかにお花屋さんとかを経営し始めることになる。
人間、あまりにも巨大なものに出会うと、身の程を知り、全てのものが愛おしく見えるようになってしまうものらしい。
全身に数多の傷跡を持つ屈強なスキンヘッドの男が、エプロン姿でお花を愛でているという常軌を逸した光景が、現在このシマに存在する村の名物の一つである。
(ならず者がウグメと邂逅して人格が激変して戻ってくるイベントは、村では洗礼などと呼ばれているとかどうとか。)
そして――……。
「ユミール。こんなところにいたのか」
彼方へ沈む夕日の見える絶壁。
そこに腰掛けていた童女は、ゼンカに呼びかけられて振り向いた。
その目はどこか虚ろで、生きる希望だけがすっぽりと抜け落ちているかのよう。
「そんなところに座ってたら危ないぞ」
「――こんなシマに流される以上に、危ないことなんてあるの?」
「シマに流されても、みんなこうして生きてる。だけど崖から落ちたら死んじゃうんだぞ?」
童女――ユミールを抱き上げる。
軽い。
あまりにも。
だが、それでも初めて浜辺に流れ着いていた時よりは、マシになった方だ。
……この島には、子供がよく、流れ着く。
理由など知らない。
考えたくもない。
ゼンカは常々そう思っていた。
だから彼は、深くは気にしない。
ただ、子供がよく流れ着くという、事実があるだけ。
……それだけのことだ。
「さ、うちに帰るぞ」
「……うん。でも歩くの疲れたから、このままおんぶして」
「そう言うだろうと思ったよ」
*
シマは大きく分けて三つのエリアに区切られる。
柵などはない。しかし踏み越えれば感覚でそれと理解できるような境界線が引かれている。
ごく一部の者たちはそういった超自然的な線引き、或いはその法則を指して【
三つのうちの一つ、人間が文明を築くことが許された地が【居住区】である。
シマの北東部に、およそシマの面積の10%ほどの広さを持ち、【玄関口】もその中に含まれる。シマに流れ着いた者たちはそこに村を形成して暮らしている。
そして人間が文明を築けない魔境――【森林区】。シマの大部分を占め、その名が示す通り木々が生い茂っているが、居住区でない山岳や平原、荒野、河川などもそこに含まれる。森林区では普通の人間は生きていくことができない。理由は様々だが、とにかく難しい。
そして、そのどちらでもない最後の区画の名は【禁足区】。危険度は森林区を遥かに越え、人間は住めないどころか足を踏み入れるべきでさえない。理由は、どうせ死ぬからだ。
森林区に程近い林道を通り、ゼンカはユミールと共に帰路についていた。
危ないから、子供はあまり森に近付くべきではない――という一般的な常識はこのシマでも広く浸透しているが、その意味合いは少しばかり異なる。
迂闊に森に迷い込めば、待ち受けるのは怪我などではないということだ。
……大きな。
黒くて……巨大な獣の亡骸を横目に。
ゼンカはユミールを背負ったまま、てくてく歩く。
あんなもの。
誰も、シマの外では見たことがない。
黒い外皮に覆われた、獣の姿をした、獣などではないナニカ。
呪われし神々は、それを【シマモノ】と呼ぶ。
死を招く、島の者……シマモノと。
「……誰かが倒したんだな。死体を放っておくなんて、贅沢なセイバーもいたもんだ」
「ゼンカ。持って帰ろう? 晩御飯にしよう!」
「やめとこうぜ。いつ倒されたのか分からんし。中身は腐ってるかも」
「むぅ」
恐ろしい謂れの割には食してみるとこれが案外美味なので、広く村人たちに受け入れられる重要な食材だったりする。
特に強力なシマモノほど美味しいという謎の特徴を持つため、シマモノを狩って生計を立てる者も少なくない。
無論、返り討ちに遭い森から帰らぬ者も後を絶たないが……。
*
シマモノたちは森林区を棲み処とし、居住区にはあまり現れない。
稀に森林区を越えて居住区へと進出してくる個体もあったが、それは概ねシマモノ同士の縄張り争いに負けた弱い――或いは弱った個体であることが多く、兵士ではない人間でも力を合わせれば駆除できる害獣レベルの存在だった。
しかし稀に大物が現れることもある。
これまでもシマモノの奇襲により、多くの村人が犠牲になってきた。
結局のところシマでは、どこに定住しようとも過酷な生存競争の一員であることを強いられるのである。
そんな日々に疲弊する人々を、まるで救い導くかのように――ある日。島に流れ着き、村の実情を理解した一人の男が、シマモノ駆除を専門とする防衛組織の結成を宣言した。
その名は、【セイバーズ】。
訓練し、技を磨き、シマモノを駆除するプロフェッショナル――セイバーが、日夜ヒーローのように活動するという、言わば騎士団のような組織であった。
その男は、自身が有能な戦士であると同時に、優秀な指導者でもあった。
彼の熱心な活動の末、数多くの元ならず者や冒険者がセイバーとなり、それら人員を組織的に管理することにより、夜間の村の安全確保も可能となった。
これでもうシマモノに怯えなくてもいい。夜はゆっくり眠れるし、毎日畑仕事に集中できる――そんな世界がこの脱出不能の孤島の中に、形作られていったのである。
男の名は、ウロノス。
素性は不明。常時、謎の覆面を着用しており、素顔を知る者もいない。
「いい感じに、発展しましたね」
――村の様子を海上から眺める、二つの影。
呪われし神。
メロウは、ウグメに話し掛ける。
「今までで一番、いい感じ」
「……そうね」
シマモノと戦い、村を発展させ、不自由のない平等な社会を築く。
外の世界では叶わなかった、かつて勇者の願ったであろう世界が、そこにはあった。
……だが。
だからこそ――思う。
「……もうすぐ、百年経ちますね」
「……そうね」
「そうしたら……彼らともお別れですね」
「……そうね」
最果ての孤島は、命を飲み込む。
誰も生き残れない。
そのサイクルの、終着点が――また、訪れようとしていた。
「まだ時間はあるわ。それまでせいぜい、楽しませてもらいましょう」
ウグメはそう言うと、【玄関口】に向かう。
メロウもそれを追い掛け、後には波の砕ける音だけが残った。
永遠に続く幸せなどない。
終わりは、必ず訪れる。
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