第34話 彼女は輪廻の蛇を見る⑪
薺は亞生を連れて通常展示の回遊魚がいる巨大なアクアリウムに向かった。
ショーの抽選に行った桔梗が帰ってくるまで、早ければ10分。今日の混雑具合と桔梗が亞生と自分のことを考えこむことを視野に入れると20分は余裕がある。亞生と話すには充分過ぎる時間だった。
「どこまで話したっけ?」
いつもの変わらない笑顔で、問う。
「……女郎花とどうなりたいか、のところ」
「あぁ、私から桔梗ちゃんを盗る気があるのか、ってところね」
「おい」
「冗談だよ、そんな怖い顔しないで。私、怖がりなの」
降参、とひらひら手をあげる。彼の表情は真剣だった。
「私が聞きたいのはね。桔梗ちゃんと幼馴染に戻りたいのか、って聞いてるの。別に過去を忘れて友達になっても良いし、思い切って告白しても良いよ」
「それは、僕が勝手に決めることじゃあない気がするのだけれど……」
「そりゃあそうだよ。亞生くんと桔梗ちゃんが昔なにがあったにせよ、これは亞生くんだけじゃあどうにもならない。でもさ、亞生くんがどうしたいか分からないとどうしようもないよ」
回りに回る回遊魚たちを眺めながら、彼女は続ける。
会話を続けば続けるほど、亞生の考えを思い通りに誘導できてしまい、思わず笑ってしまった。
「じゃあ、『ペットになる』っていうのはそういうことか。僕は御形さんと女郎花の潤滑油になる。女郎花は僕という存在を無視できないし、僕は女郎花に背を向けられない事情がある。言うなれば少し歪なライバル関係だ。それを知った君はカップルの形を保ちながら面白い人物相関図を作って、刺激的な毎日を楽しめる方法を思いついたわけだ」
薺は未来を調節する存在、『タイムキーパー』だと思わなければ当然の推理。
なるほど普通の人はそう考えるのか、と思って薺は再び笑う。
「成績は平均じゃあなかった? 名探偵の亞生くん」
「別に、経験則だよ。マニアックな百合には良くいるんだ、君みたいな歪なヒロインが」
「そこに男の子はいるの?」
「いないよ。僕の地雷だ」
そう言って、彼は黙る。桔梗のことを考えているのだ。
回りに回る回遊魚たちを見て、過去に自分が犯した罪を考え、今後どう桔梗と向き合うべきなのかを、これからの未来を考えている。
「答えを、聞いていい? 桔梗ちゃんとどうなりたいの? 幼馴染? 友達? それとも恋人?」
「少なくとも、恋人じゃあない」
薺の質問に、彼は即答する。
それが解答ではないのは分かっていた。
「友達になりたいんだ」
過去との決別と葛藤を経て、亞生は決意を宣言した。
そこには、限りなく普通の見てくれと特異な趣味を持つ男子高校生の姿はない。過去を清算する決意と未来へ向かう覚悟が現れた男の顔だった。
「分かった。じゃあ、頑張って」
彼の瞳を見て、薺は背中を押すように言った。
機を図ったように、彼女の携帯が着信を告げる。時間にして17分。桔梗の方も準備が終わったようだ。
「席取れたって、最前列。行こうか」
やるべきことはやった。後は時間が解決してくれる。薺は席を立ち、桔梗の待つ屋上へと向かう。
第二ステップ、クリア。
すべてやり切れたこともあって、彼女の足取りは軽かった。
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