第33話 彼女は輪廻の蛇を見る⑩
順調に第一ステップを終えた薺は、その調子で水族館へと向かう。油断は禁物だが、予想よりも簡単に物事が進んで上機嫌な彼女だったが、
『奇天烈な生き物ども展』
目の前に現れた特別展のポスターに思わず足を止めてしまう。
甘々な香りを漂わせたカップルで溢れかえるクリスマスに真っ向から対抗しようと闘志を燃やすように、魑魅魍魎な奇天烈極まりない生物たちを宣伝する企画とその根性に呆気にとられたのだ。だが、引き返すわけにもいかない。未来にはきちんと『水族館』という場所の指定が入っている。いくら気が乗らなくても、ここで訓練を続行しなければならない。
せめてもの反抗としてチケットを亞生に奢らせ、水族館へ入る。
銃弾と同じ威力で殴りつけて貝を割る化け物―――モンハナシャコ。
鼻水を垂らしたおじさんのような間抜けズラの魚―――バットフィッシュ。
ひらひらと深海で光る提灯―――ユメナマコ。
何としても貝を食べたがる貝―――タガヤサンミナシとアンボイナ。
どうしてこうした進化をしたのか、とつい突っ込みたくなる奇妙な生き物たちの生態に、薺は不覚にも笑ってしまう。変なベクトルに突き抜けてしまった生き物たちだが、こうして水槽に入って何も疑問に思わないまま暮らしている姿に可愛げすら覚える。
「ねぇ、桔梗ちゃん。あっちのコーナー行ってみようよ」
だが、やるべきことはやらなければ。薺は小学生向けの展示を指した。
第二ステップを完了するためには亞生と二人きりになって話す必要がある。そのためには桔梗が一緒に居てもらっては困るのだ。
「『奇天烈なう〇こ共』……」
予想通り、桔梗は乗り気ではない。
「よし、決まりだ。御形さん、女郎花なんて放っておいて行こうぜ」
「薺ッ、四月一日に何かされそうになったらすぐにあたしを呼ぶんだぞッ。良いなッ!」
「はいはーい、じゃあ行こっか、亞生くんッ!」
ここぞとばかりに亞生が興味を示してくれたことで目的は達成。本意ではない強烈な糞の香りを嗅ぎながら、薺は訓練に集中した。
「そういえば、亞生くんもボーリング好きなの?」
良きところで話題を振る。
「まぁね。昔はよく親が連れて行ってくれてたし、今はボーリング場でバイトしてるくらいだし。僕が平均より上手い遊びってそれくらいだから」
「桔梗ちゃんと一緒だったんだ……」
踏み込んだ質問に、亞生はうぇと咳き込んだ。
「女郎花が言ってたのか? 昔、家族ぐるみでボーリングに行ってたこと」
「桔梗ちゃん、デート場所に困ったらとりあえずボーリングがしたいって言うの。それが異様に得意でね。思い切って聞いてみたの」
「それで、僕の名前が出たのか」
「それとなく、ね」
うぇ、と。彼を真似て顔をしかめる薺。
「昔の桔梗ちゃんって、どんな子だったの? 前からあんな感じ?」
「180度違うよ。全くの別人。昔のあいつは、何ていうか、大人しかった。今みたいな寡黙って感じじゃあなくて、もう少し根本的な、根暗な感じだった。よく転ぶし、何かとあれば泣くし、何かとうまくいかない奴だったけれど、僕といれば不思議と事がうまくいくようになったんだ。僕と女郎花が疎遠になった理由は聞いてる?」
「聞いてないけど、別に言わなくても良いよ。面白くないこと聞いても仕方がないしね」
会話は順調、薺の進行は完璧だった。
しかし、ここで予想外の展開。桔梗が近づいてきているのだ。距離はある程度あって声は聞こえないはずだったが、確かに桔梗は彼との会話に反応して薺の方へと歩いてきている。
「亞生くんはさ、桔梗ちゃんとどうなりたいの? 元に戻りたいの? それとも……」
一歩。会話を切り上げるために思い切って、
「私から略奪したいの?」
囁いた。
あまりにも急な出来事で、彼は動揺して赤面する。
「そ、それは、どういう意味―――」
「おい、なに狼狽えてるんだ。四月一日」
答えを言うまでに桔梗が到達。にらみ合うように互いを見つめる因縁の二人。
「ちょっとからかっただけだよ。ジェラシー感じないで、桔梗ちゃん。私は桔梗ちゃん一筋だよッ!」
と。薺が抱きついても、桔梗の様子は変わらなかった。
それぞれの過去を刺激し意識させてしまったことで、このまま一緒に行動させれば険悪な雰囲気になって苦衷分解してしまう。そうなっては訓練どころではない。
「桔梗ちゃん、屋上でアシカのショーやるんだって。座席の抽選に行ってきてくれる?」
そう判断した薺は強引に桔梗の退席を提案する。
「そんなの、四月一日に行かせれば良いだろう」
「亞生くんはチケット代出してくれたでしょ。今度は桔梗ちゃんの番だよ。付き合ってても、そういうのは平等にいかないとダメ」
「……、分かった。急いで戻ってくる」
かなり無理のある頼み事だったが、なんとか納得してもらえた。
桔梗の背中が見えなくなると、
「さて、話の続きをしよっか。亞生くん」
薺は振り返ってそう言った。
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