第32話 彼女は輪廻の蛇を見る⑨


「よし、決めたッ! 午前中は食べ歩きながらショッピングで、午後は水族館。夜は結果次第、ってことで。お二方、異論はありませんかな?」


「ありません」


「ない」


 亞生と桔梗と合流した薺は行き先を定め歩き出した。

 今回無作為に決められたようなデートプランだが、その実薺の思い通りである。2年前、彼女が受け取った未来ではこの日、第一ステップ『昼代わりにクレープを食べ桔梗にトラウマを思い出させる』、第二ステップ『午後に水族館へ向かって亞生と桔梗は自分たちの亀裂に向き合う決意を固める』とあった。そうするためには薺がデートプランを決める必要があるが、元々その未来は彼女の関与なしに導かれるはずの未来。薺が望む未来になるように二人を捜査しなければならなかった。


 そこで、薺は二人からデートプランを募集することになったのである。それぞれ彼女を喜ばせようとプランを練るため、軽く示唆をすれば簡単に誘導ができる。多少ずれができても最終的に彼女が選ぶことで修正は利くのである。

 卵の先に鶏、こうしてクリスマスのデートプランは確定した。

 昼時にクレープ屋の近くに行くため、薺は女性向けの店が立ち並ぶ複合ビルのフロアに入る。亞生を外に置いて行き、薺は桔梗と共に水入らずのショッピングを楽しんでいる。訓練とはいえデートはデート、楽しまなければ損。過度に気にしていればうまくいくものもうまくいかないのだ。

 一週間ぶりとなる桔梗との会話はひと時薺に訓練を忘れさせてくれた。以前、桔梗が彼女に話していた『楽しい』感情。全ての事柄を忘れて相手とだけ向き合う快感を、ようやく理解できた気がする。

 会計を済ませて店を出る。と、店の前で待機していた亞生が今にも警備員に連行されそうになっていた。

 このままでは訓練が失敗してしまう、と心の底から冷や汗が溢れてくる。


「ちょいちょい待ってよ、警備の人。この怪しい彼は、私たちの連れ……、いや、私たちの連れなのです」


「薺、あたしを四月一日この恥さらしと一緒にしないでくれ」


「じゃあ、私の連れってことで。彼は荷物持ちなのです。いなくなると困ります。主にこの桔梗ちゃんが」


 平静を装って警備員を止める薺。


「それなら良いんです。ですが、周囲に誤解されないように気を付けてくださいね、最近何かと物騒ですから」


「チッ」


 警備員が離れ、桔梗がこれ見よがしに舌打ちをする。

 薺はホッとして胸をなでおろした。二人には亞生の無事に安心しているように見える。


「全く。亞生くんも気をつけてよ。いる場所も場所だけど、いるだけで警備の人呼ばれるとかそうそうあったもんじゃないよ」


「どうせ四月一日のことだ、この世と思えない下品な目で薺を見ていたに決まってる。このままお縄になった方がこいつのためだったのかもしれない」


「罪状は?」


「公衆わいせつ罪で仮釈放なしの終身刑」


「死刑じゃないんだ。優しい」


「死は救済だ、と偉い人が言っていた。四月一日に死は贅沢過ぎる」


 これ以上突っ込まれないように、話を逸らす。今日はデートだけをしに来たのではない、訓練を意識しなければ、と薺は自分に言い聞かせた。




 亞生に荷物を押し付けて雑貨屋で遊んでいる内に、桔梗の可愛らしい腹の音が昼時を伝えてくれた。


「なーに? お腹減ったの、桔梗ちゃん?」


「……こし」


「? ちゃんと言わないと分かんないよ」


「……少し、お腹が減った」


「じゃあ、クレープでも食べよっか。亞生くん、先に椅子取ってて」


 手際よく、彼女は桔梗の手を引いてクレープ屋へ。

 未来よてい通り。ここにやって来たのは『桔梗に四月一日亞生との過去を思い出させる』ためだ。記憶をたどり、トラウマと向き合わせる。彼と行動を共にさせている今日にこれをさせることで、桔梗は彼の存在を強く意識することになる。亞生がどうアプローチするかによって心が動かされる準備が整うのだ。

 彼女の思い通り、桔梗が過去に囚われて呼吸が荒くなってゆく。


「桔梗ちゃん、大丈夫?」


 桔梗を苦しめることが目的ではないので、薺は大事にならないところで桔梗を現実に連れ戻す。


「薺、四月一日から告白されたのか?」


「されたよ」


 心ここにあらずといった状態だったが、少し話してすぐ本題に入った。


「断ったんだよな?」


「当たり前じゃん。でも、ただ断るだけじゃかわいそうだと思ったの。だから『ペットになれー』って冗談で言ったら『はい』って。おかしいでしょ、私が桔梗ちゃんに告白したときの返事と同じだったの。覚えてる?」


「不意を突かれれば誰だってそうなる」


「いやいや、あれは違ったよ。なんて言うかその、魂の根っこが一緒っていうかさ。人間としての感性が似てるって思ったの」


 順番が回り、注文する。


「幼馴染として共に成長していった二人。思春期の過ちで各々別の道に分かれても、同じ女性に恋をして再び混じり合う……。こんないい話あると思う?」


「当人からしてみれば、とんだ悲劇だ」


「傍から見れば、死ぬことさえも喜劇だよ」


「そんなこと言っても―――ムグゥ!」


 これ以上、話を進める必要はない。薺は店員から受け取ったクレープを突っ込ませて桔梗の言葉を遮った。桔梗は律義にクレープの具が落ちないように飲み込んで彼女を見る。


「だから、頑張って私を『楽し』ませてね、桔梗ちゃん」


 そんな桔梗に笑いながら薺は言った。彼女はそのまま亞生の待つ方へと歩いてゆく。

 第一ステップ、クリア。

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