第31話 彼女は輪廻の蛇を見る⑧

 

 2029年12月24日。


 今日はクリスマスである。世間一般の人々同様に、薺にとってこの日は一世一代の勝負の日であった。

 約束は午前の10時に街に一番近い駅前。充分余裕を持って起きたはずだったが、昨日選んでおいた服装におかしい所がないかを確かめ、しっかりとメイクをする。予約しておいた美容院に朝一番に訪れ、髪の手入れを済ませてもらう。


「今日はデート?」


 馴染みの美容師が聞いてきた。


「へへへ、やっぱり分かります?」


「バレバレですよ。いつもよりおしゃれだし、メイクだって気合入ってる。あと、なんだか緊張しているみたいだし。薺ちゃんみたいな美人さんだと、やっぱり相手はイケメンかしら」


「イケメンっていう程じゃないですよ。何の取柄のないことが取柄の普通過ぎる男の子です。先週告白されたので受けてみることにしました」


「そういうほど余裕そうに見えないわよ、あなた。もしかして変化球がタイプだったりして」


「それの原因はきっと、彼のせいじゃないと思いますよ」


「と言うと?」


「私、影のある子がタイプなんです。もちろん、外見とか内面も大事だけど、それ以上に抱え込んだ暗い影に目がないんです。今日は思い切って彼の影を取っ払おうと思って。でも、プライベートな領域なんで慎重に行かないと。だから、緊張してる風に見えるんですよ」


「見かけによらず強かなのね」


 はい終わり、と美容師が離れる。

 その後会計の認証をするまで美容師と他愛ない言葉を交わして店を出る。最寄り駅が見えてくると、久しぶりの着信音がかかった。

 あの男から、かれこれ20か月ぶりの接触である。


『久しぶりだな、薺。回りくどい挨拶は抜きにしよう』


「美容師さんに話しちゃダメだった?」


『いや、そのことではない。お前はよくやってるよ踏み込むべきところで踏み込み、引くべきところで引く、お前自身無意識でやっているようだが、この二年弱のお前の活動は文句のつけようがなかった』


「そ、ありがと」


『今日の接触は、何と言うか……私用だ。本来ならお前が訓練を成し遂げるまで、こうした接触はするべきではない。だが、どうしても、激励がしたくてな』


「うわ、珍しい。いつもみたいな癇に障る冗談でも言ってくるのかと思った」


『中年の親心を笑うんじゃない』


「はは、ごめんごめん」


 改札を通り、ホームで電車を待つ。


『さっきも言ったが、この二年弱の間、失敗はなかった。文句のつけようもない100点満点の成果だ。うまくいかないことも、運任せになってしまったことも。全てお前が調節してきた結果、未来のこの瞬間で成功に導かれたのだ。多く訓練を積めば分かるようになる。とにかく、今日は自信を持て。準備は完璧、迷うことも運任せになっても間違った道ではない。自分を信じて、突き進むんだ』


 電車がやってくる。


『もう電車の時間か。もう切るぞ、健闘を祈る』


 また一方的に切られた。

 電車のドアが開き、乗客が降りてくるのを待つ。そして一歩、前へ。

 揺れる社内の中で、薺は深く息を吸う。


「よしッ!」


 気持ちを入れた薺は自分に発破をかける。

 彼女のクリスマスが幕を上がるのだった。

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