第30話 彼女は輪廻の蛇を見る⑦
時間はあっという間に過ぎてゆき、12月16日。期限まであと一日と迫ったところで、事態は急に動き始めた。
「ぼ、僕と、付き合ってくださいッ!」
クリスマスを間近に控えて浮ついた空に、彼の間抜けな声が反響する。
凍てつくような風が吹き込む真冬の屋上に呼び出し、唐突な告白。今まで頑なになびかなかった彼に何があって告白に踏み切らせたのか。薺は不思議で不思議でたまらなくなり、一周回って呆れた。
『物事は為るようにしか為らない』
そう言った忌々しいあの男の言葉を思い出す。
珍しくためになる言葉だ、と感心して座右の銘にした数年前の自分を思いっきり殴りつけてやりたいと心から思った。もしや、今自分がこう思うのを見越してその格言を口癖にしていたとしたら。と考えると呆れを通り越して怒りまでも沸々と湧き上がってきた。
だがそんな場合ではない、と薺は気を取り直して目の前で
「ごめんね、亞生くん。私ね、彼女がいるの」
断る文句は、昨年の4月からずっと考えていた。
『彼女』という言葉に思考が停止する彼の顔を見ると、今までの苦労や苛立ちが吹っ飛ぶ爽快感があった。まるでバッティングセンターで勢いよくホームラン級の打撃をは経った時のように、体のストレスが抜けてゆく癖になりそうな感覚だった。
「今なんつった?」
「ふふ、そう。彼女いるの、私」
あまりにも間抜けな問いに、思わず笑いが漏れる。
「たぶんフラれてパヨってるから、聞き直すけど。彼氏が、いるんだよね?」
「いいえ、『彼女が』いるの」
「それって、『
「そういうこと」
ショックを受けた顔。
たまらなくゾクゾクする。薺はこの時、自分にSっ気があるのではと思ったが、この際それを思いきり発散してしまおうと魔が差した。
「でも亞生くん可愛いし、OKしちゃう。『彼氏』としてじゃなくて、『ペット』として、ね」
果たして、彼はどういう反応を見してくれるだろうか。薺は内心ワクワクしていた。桔梗の隠れた恋人として過ごし、誰にも知られてはならないタイムキーパーの見習いとして訓練を積んでいる自分。その二つの自分とは全く違った側面との出会いに、薺は胸の中で躍動する好奇心を抑えられなかった。
「……、はい」
彼の返事に、薺は心中でガッツポーズ。
気の抜けた炭酸のような返事だったが、返事は返事。自分の隠れた三つ目の側面の発見に、薺は諸手をあげて喜んだ。桔梗と過ごす時とは別の生きがいのようなものが彼女の心を満たす。
「私って、才能あるかも!」
スキップで屋上から出た薺は一人、有頂天でそう言った。
が、翌日。因縁の相手と関わることになった桔梗の機嫌を直すのに、かなり手間取ったのは彼女だけの秘密である。
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