第29話 彼女は輪廻の蛇を見る⑥


2029年4月。薺は高校二年生になった。


桔梗との関係はゆっくりだが一歩ずつ確実に進展してはいたが、未だに周りから隠れてのプラトニックな関係に落ち着いてた。薺は自分の両親の他界について話しても桔梗の過去、つまり四月一日亞生との確執は詳しい詳細を省いた概要のみ共有するまでになった。桔梗は「アンフェアだ」と言ってそれを言おう言おうとしていたが、その度に薺が話を逸らし頑なに聞こうとしなかった。それも全て、一年前に渡された未来についてのメモに記されていなかったからだ。

そのおかげと言って良いのか、この一年男からの連絡はない。自分の過去を離すことで向き合おうとする桔梗の意志を尊重しないことに後ろ髪引かれる思いだった薺には、それが唯一の慰めになっていた。

そして今、薺はもう一つ上のステップに上がろうとしている。


「クラス、今年は一緒と良いね、桔梗ちゃん」


「うーん、あたしは別が良いかな」


「なんでなんで? 私と四六時中一緒じゃ飽きるってこと?」


「いや、薺と一緒に居るのは楽しいんだが、公共の場所でそれが増えると心配なんだ。ふとした瞬間にボロを出しそうで」


「へー、桔梗ちゃんは私との恋人関係がバレると困るんだー、へー、知らなかったなー」


「馬鹿、声がデカい。それに、これはあたしだけじゃなく薺の問題でもあるんだぞ。あたしを好いてくれる娘(こ)たちが全員潔く引いてくれるできた人間とも限らない。あたしに嫌がらせをするようなら受けて立つが、薺はか弱い。何かあってからじゃ遅いんだ」


「分かってるってそんなこと。さっきのは冗談だよ。真面目になっちゃって可愛いなぁ、桔梗ちゃんは」


「全く。肝が据わってるというか、能天気というか……」


「深く考えても仕方がないよ、桔梗ちゃん。知ってた? 『物事は為るようにしか為らない』んだよ」


「かっこいい。誰の言葉?」


「誰のでもないよ。強いて言うなら、保護者代わりの気に入らないおっさんの受け売り」


「なるほど、良い人なんだな」


「そんなわけないじゃん」


 二人は笑って視線を掲示板の方へ。

 話している間に前の方にいた生徒たちは自分のクラスを確認してはけていき、ようやく背の低い薺の視界にクラスの詳細が入るようになった。

 女郎花の「お」と御形の「ご」。

1学年に300人近い生徒がいる柳塾高等学校とはいえ、比較的近い50音の二人を見つけるのは簡単だった。


「あたしが一組、薺が二組か」


「ありゃ、別々だったね」


「でも、また隣同士だ。付かず離れず、案外これくらいの距離感の方がちょうど良いかもな」


「だね、別なのはちょっと残念かもだけど、遠くになるよりはいいね」


 にぱッと笑う薺。

 最初はこの顔で赤面していた桔梗だったが、今は何事もなく笑い返せるようになった。このまま二人は並んでそれぞれの教室に向かう。すれ違う上級生たちに挨拶され、新入生からは憧れの視線を送られ、初めて交流することになる級友たちに緊張されながらも、二人は新学期を迎えるのだった。




 新しい教室に入り新しい自分の座席に腰を下ろした薺。出席番号は27番(まず男子が50音順に並びその後に女子が続く)。彼女の目の前は男子生徒だった。

 目の前の彼は中肉中背、顔つきも髪型も平均的。人畜無害をそのまま擬人化したようなつまらなそうな男子生徒だった。薺はそんな彼の肩をちょんちょんとつつく。見てくれが理由で隣人に話しかけない不義理な人間ではないのである。


「初めまして。私、御形薺、『ハハコグサ』の御形に『ペンペングサ』の薺。君は?」


 彼は振り返る。むにッと薺の指が頬に刺さったことに戸惑いながらも、


「僕は四月一日亞生。『四月一日(エイプリルフール)』の四月一日(わたぬき)に『亜細亜に生きる』と書いて亞生。御形さんって有名人だよね。服を着たポジティブ四字熟語って聞いてたけれど、その通りみたいだ」


「噂が独り歩きしてるの、少し困ってる。そういう君も結構有名だよ。変な名前をした外部生。『名前は知っているけれどどうも顔を思い出せない生徒ランキング』最速の殿堂入りを果たした男ってね」


「誉め言葉として受け取っておくよ」


 そう言って握手。

 不意の遭遇だったが、自然に対象である四月一日亞生とのコンタクトに成功した。今はまだただのクラスメイト。彼は名前以外なんも取柄のない普通の権化のような生徒。対して薺は学園のマドンナとして名を馳せている。彼女自身が鼻にかけていなくても、彼が委縮して距離を取ってしまいかねない。他人にさして興味の湧かない彼女にとって都合の良いことだが、今回彼に限ってはそうされると困る。

一年前に渡された未来のメモには、訓練までの期限、『2029年の12月17日までに彼から告白される』と書いてあるのだ。それも友人に唆されてとかではなく、彼自身に脈ありと思わせて自分から告白に踏み出せねばならない。そのためには積極的な接触しか方法はないのである。幸い、彼は女性経験がない。薺は話しかけるだけでその条件は達成されるものだと高をくくっていた。




だが、5月。物事は為るようにしか為らないもので、


「お、おかしい。なんでいつも通りなの……」


毎日欠かさず話題を振り、散々隙を作ったというのに一向にそう言った気配がない。

何も彼が女性に一切興味がないとか、人の考えに鈍感だとか、そういった問題ではなかった。単純に警戒されていたのだ。


「普通の僕を、御形さんみたいな完璧美少女が気にかけてくれるわけがない。これはきっとからかってるんだ。人の心が分からない陽キャたちが陰キャの純情を弄んでいるんだ。そうに違いない」


 など言うように、彼は薺との交流をある程度楽しむと自分からいなくなってしまう。

 例えば昨日。



「おはよッ、今日も早いね、亞生くん」


「今日は日直だからね、眠くて仕方がないよ」


「って言っても、本読んでんじゃん」


「仕事終わっちゃったし、暇だから」


「まだいろいろ残ってるよ。見える範囲はちゃんとやってるみたいだけど」


「仕事なんて見える範囲で大丈夫なんだよ。どうせみんな気にしない。でも、やらないわけじゃあないんだぜ。後回しにするだけ。それに日直の相方は生憎まだ登校してない、後回しにしたところはそいつにやらせれば良いんだ」


「亞生くんって、意外と真面目系クズだね」


「そこは違うって言いたいところではあるんだけれど、否定できないな。僕はいつもこうしてんだよ。ちゃんとしなきゃって思っていながら、ついそうしちゃうんだ」



 こんな感じに話を切り上げてしまう。

 教室には行ってきた他のクラスメイトは朝早くに来た薺が暇つぶしにクラスの男子にな情けと声をかけているように見える。毎日話しかけてきたことで、少なからず彼から薺への好意は分かるようになって口調も少しずつ崩れてフレンドリーになっては来たが、会話の切り上げの速さは相変わらずだった。案外、男女の関係とはこうした淡白なものかもしれない、と思ってしまう程に。

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