第27話 彼女は輪廻の蛇を見る④
2028年4月。薺は高校生になった。
進学を機に新調された新しい制服に身を包み、自宅の姿見で変なところがないか確認している。中学の時と比べて変わった所と言えばスカーフの色くらいなものだが、花の女子高生になったことで気分も上がるし、心なしか雰囲気も少し大人びた気がする。気が抜ければ口角が上がって、ムフゥとした笑みが浮かんでくる。
「今日は随分と上機嫌だな、薺」
そんな彼女を見て、男は言った。
「急に父親面しないでよ、気持ち悪い。前に直接会ったの、二年前でしょ」
「そんなに昔だったか? つい昨日のことのように思い出せるがね」
「そういう冗談もいいから。今日も別に入学祝に来たわけじゃないんでしょ、早く本題に入れば?」
「急かすな。全く、変なところが父親と似てきたな」
頭を掻く男。
「薺、今日お前は高校生になる。それは喜ばしい出来事だが、同時にタイムキーパーとしての訓練が本格的に始まることを意味する。今まで行ってきた仕込みや培ってきた知識を使って本格的な世界の調節の仕方を学ぶに当たって、まず始めるのは『二人の人物関係』の調節だ。だが、すぐに行動に移すわけではない。お前はこれから一年と少しかけて、今まで蒔いてきた仕込みを回収しなければならない」
曰く、最初は対象の人物と関係を持つこと。
高校初日、さっそく他のクラスの様子を見に覗いた薺は見覚えのある顔を発見した。2年前、街のカフェで目が合ったあの顔の良い少女だった。
「道具のことで心配なら部費で買ったげる。大型新人だもん。みんな納得してくれるよ!」「伊達に高い学費とってないから、
女郎花桔梗というらしい少女は質問攻め。今年入ってきた高校からの編入生の二人の内の一人ということもあって、周囲の生徒から注目されていたのだろう。
「ちょっと君たち、がっつきすぎ。困ってるでしょ」
対象に人物と関係を持つこと、薺は言いつて通り行動した。
桔梗の様子は先ほどとうって変わっての安心の表情。彼女のことを覚えていたようだ。
『あの仕込みのおかげで、女郎花桔梗はお前のことが記憶に刻まれている。新しい環境で知っている顔に出会えば警戒心は解けるし、これからの行動を共にすることは容易い。時を見計らって距離を詰めるんだ。お前がそうすることで邪魔する者も自ずと消えていく』
男が言っていた通り、薺が話しかけた途端に生徒たちは蜘蛛の子を散らしたようにその場から引いて行き、彼女と桔梗の二人きりとなった。
「ごめんね、女郎花さん。みんな悪気があったわけじゃないの。外部生が珍しいものだったからテンションが上がっただけ。悪く思わないであげて」
自然に話を振る。
「別に気にしてない。あたしも少し緊張が過ぎたみたいだ」
「ほんとに? その割には随分と苦しそうだったけど」
「あたしは緊張すると人相が悪くなるんだ。誤解させて悪かったな」
「そ、なら良かった」
そして、会話。疑われないように自然体を装いながら会話を進めるのは簡単なことではないが、これまで練習を積んできたおかげでスラスラと言葉が出てくる。物事が自分の想い通りに進む快感とは別に、薺の胸に今まで経験したことがない何かが生まれたのを感じる。
『他人と関係を持つということは人と人が親密に関わっていくことを指す。お前が普通の人間である以上、対象の人物に特別な感情を抱くこともあるかもしれないが、心配することはない。特に指示がない場合、お前のしたいようにすればいい。覚えておけ、『物事は為るようにしか為らない』と』
「週末、空いてたりする?」
「ふぇ?」
桔梗の漏らした間抜けな答えに、薺は自分がとんでもないことを言ったと気づいた。中学からプライベートを全く漏らさなかった謎多き美少女である薺が、数少ない編入生の中で実力も顔面も一番目立っている桔梗にあろうことかデートの誘いをしたのだ。それも他の生徒もいる中で、である。
不幸中の幸いならぬ不幸中の不幸として桔梗が了承したこともあって、学内では一大スキャンダルとしてその日のうちに全校生徒が知ることとなってしまった。
「う~~、さっそくしくじったー。あいつにぐちぐち文句言われるんだろうなー、う~~」
家に帰るなり、薺はのたうち回った。
失敗をくらんでも仕方がない、そう思いきってはいるのだが、どうも桔梗の顔を思い出すと恥ずかしくなって、その照れ隠しでいつまでも失敗を悔やんでいないと胸の中がどうにかなってしまうそうだった。
「女郎花桔梗さん、カッコよかったなー」
瞳を閉じれば、脳裏に焼き付いた桔梗の顔が浮かんでくる。以前は連れの女の子がいたから何も感じなかったのだろうか。それとも、今日の桔梗を取り巻く幸が薄そうな悲壮感が何とも言えない魅力を醸し出しているのか。理由は分からないにしろ、桔梗のことを思って、右往左往するこの感じが妙に癖になる感覚だった。
そのまま眠りに入ろうとした彼女に携帯電話の着信。
瞳を開け、唐突に現れた現実に舌打ちをしながら電話に出る。
「なに?」
『いつになく不機嫌だな。こちらとしてはお前の初恋に赤飯でも炊いてやろうかと思っていたところだ』
「初恋ねぇ」
『おや、同性愛を忌避するようには育ててはないはずだが?』
「いや、女郎花さんはカッコいいし、ぶっちゃけタイプだよ。でも、私会ってすぐの人に告白する人間じゃないし。それに―――」
『『好き』っていまいちよく分からない、か?』
「むゥ……」
『そうならそうと言いたまえ、往生際が悪いぞ』
「だいっきらい。キモい。パンツ一緒に洗わないで」
『洗濯は元々別だろうが……。まぁいい、お前に丁度良い教材を置いて行った。週末のデートに必要になる知識だ、勉強しておくように』
一方的に切られる。
薺は半身を起こして見回すと、テーブルの上に小説や映像のレンタルコードとパスワードが記されたメモが置いてあった。ジャンルは全て恋愛もの。甘ったるい可愛そうなものから酷く拗らせた可哀そうなものまで、薺が好まないものが悉くセレクトされていた。
そのまま放っておこうかと思った彼女に飛びこんできた書置きには、
『お前が嫌いそうなものが並んでいるが、偶然だ。決してわざとではない』
そんな文句が。
放っておく気分が失せた彼女は呆れたようにため息をつき、退屈そうに課題の消化を始めた。
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