第20話 うら若き貴女の悩み⑪
再び四月一日亞生が面倒ごとに巻き込まれることがないよう、彼女は行き先を雑貨店に変える。そうとは知らず、彼は両手に持った荷物にヒィヒィ言って、店内では面白パーティグッズをつけるマネキンとして彼女を楽しませ続けた。
時刻はそろそろ13時をまわる。彼女が昼食について考えていると、くぅと貴女の腹から可愛らしい音が響く。
「なーに? お腹減ったの、桔梗ちゃん?」
「……こし」
「? ちゃんと言わないと分かんないよ」
「……少し、お腹が減った」
「じゃあ、クレープでも食べよっか。亞生くん、先に椅子取ってて」
手際よく、彼女は貴女の手を引いて近くのクレープ屋へ。
瞬間、電気が走ったように彼女の背中がある記憶と重なった。貴女が忘れようとした、『楽し』かった記憶。貴女と彼との記憶。
貴女の脳は現在から10年以上昔の過去へと遡って、彼女の背中を別人の背中に置き替えた。彼しか見えていなかった、彼しかいなかった貴女の過去。そして打ち砕かれて永遠の記憶となった呪い。未来へ進んで変わったはずの貴女を縛り続けるものが、そこにあった。
久しぶりの感覚が、貴女を襲う。
心臓がきゅっと握りつぶされて、呼吸が苦しくそして荒くなる。
視野は一気に狭くなり、手足は金縛りにあってビクとも―――、
「桔梗ちゃん、大丈夫?」
彼女の声で、貴女の視界は現在へ戻る。
「あぁ、お腹が減って今にも倒れそうだ」
「じゃあ、いっぱい食べようね。亞生くんには何がいいかな?」
「これで良いんじゃないか」
メニューを見ずに適当に指をさす。
「ほほぅ、『レモンから揚げマヨネーズトッピング増し増しコショウ魔人クレープ・特大』とな。やっぱり男の子は桔梗ちゃん以上に食べるんだね。よしッ、決定!」
私は何にしようかなー、と上機嫌な彼女。
ふと気になって、貴女は問うてみた。
「薺、四月一日から告白されたのか?」
「されたよ」
即答。
「断ったんだよな?」
「当たり前じゃん。でも、ただ断るだけじゃかわいそうだと思ったの。だから『ペットになれー』って冗談で言ったら『はい』って。おかしいでしょ、私が桔梗ちゃんに告白したときの返事と同じだったの。覚えてる?」
「不意を突かれれば誰だってそうなる」
「いやいや、あれは違ったよ。なんて言うかその、魂の根っこが一緒っていうかさ。人間としての感性が似てるって思ったの」
順番が回り、注文する。
「幼馴染として共に成長していった二人。思春期の過ちで各々別の道に分かれても、同じ女性に恋をして再び混じり合う……。こんないい話あると思う?」
「当人からしてみれば、とんだ悲劇だ」
「傍から見れば、死ぬことさえも喜劇だよ」
「そんなこと言っても―――ムグゥ!」
貴女の口にクレープが突っ込まれる。先に出来上がった2つの貴女の分のクレープは、店員→彼女→貴女の順に渡るリレーのバトンとなって、貴女の言葉を遮ったのだ。
顔につかないように、クリームや具が地面に落ちないように。貴女は必死に頬張り、やっとの思いで前を見ると、自分の分と彼の分のクレープを持った彼女の笑顔が待っていた。
「だから、頑張って私を『楽し』ませてね、桔梗ちゃん」
そう言って、彼女は彼の方へと歩いてゆく。
彼女の言葉の、どこが冗談でどこが本心なのか。貴女にはてんで分からなかった。
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