第19話 うら若き貴女の悩み⑩



 彼女がそれぞれ眼が得てきた今日のデートプランを発表する。


『午前:水族館の特別展、ランチ。午後:ボーリング、映画、感想を言い合いつつカラオケ』


『午前:ボーリング。午後:服やコスメの店をブラブラしつつ食べ歩き。夜:ホテル』


「ホテルッ!?」


 彼が驚いてところで、貴女は真夜中に生まれた妄想の産物の中でも一番生々しいものを持ってきてしまったことに気がついた。流石の彼もからかわずにそっとしているので余計に恥ずかしくなる。


「二人してボーリングしたいの? さすが幼馴染」


 彼女が話を逸らそうとしたが、また別の地雷に触れてしまった。

 チラリと彼の方を見る。彼も貴女と同じように思うところがあったのか、少し空気が刺々しくなってくる。


「それにしてもホテルってなんだよ、女郎花。ウケ狙いか?」


 彼が話を戻す。

 空気が悪くなるのを避けようとしたのは貴方にも分かる。機転の利いた行動だが、賢くはなかった。


「文句でもあるのか、四月一日? それとも嫉妬か? 彼女のいないお前の嫉妬は見苦しいぞ」


「亞生くん、最低ー」


 和みかけた雰囲気に乗っかることにする。


「ごめんごめん、空気悪くしたなら謝るよ。それでさ、御形さん。行きたいところは決まった?」


「おい。話を逸らそうとするな、四月一日」


「悪いかよ、そもそもお前が蒔いた種なんだぞ。せっかくのボケを拾わないでどうする」


「なッ、ボケなわけあるかッ! あたしは大真面目で―――」


「はいはい、喧嘩しないの。もう、桔梗ちゃんが嫌いだ嫌いだって言ってたから好きの裏返しだと思ってたけど、本当に犬猿の仲なのね。警戒して損しちゃった」


 そしてようやく脱線すべき道に戻ってきた。

 外から見れば、不思議と噛み合った歪な歯車の三人。だが、貴女にとってはバランスを取ろうと必死に右往左往する三人(特に自分と四月一日亞生が)に見える。こんなにも自分の想い通りに進まない付き合いは初めてだった。


「よし、決めたッ! 午前中は食べ歩きながらショッピングで、午後は水族館。夜は結果次第、ってことで。お二方、異論はありませんかな?」


「ありません」


「ない」


 いつもと違って役者のような様子の彼女。

 貴女は深く考えないでいようと、素直について行くことにした。




 最初に彼女が向かうのは「ショッピング」。駅を出てすぐ目の前にある複合ビルに入り、貴女は彼女に合いそうな店でコスメや服を見繕う。普段デートでやるようなことではない、女の子らしいデートプラン。彼女も新鮮なデートを楽しんでいるようだった。


「そう言えば、桔梗ちゃんってお化粧とかしてるの?」


 試着室で着替えている時、彼女が言った。


「まぁ、最低限は。似たようなモデルの人を探して、動画見て、それを真似る程度。気になるんなら別のを練習するが……」


「そこまでしなくてもいいよ。ちょっと気になっただけ」


「どう?」と彼女が試着室の幕を開ける。鮮やかな水色のワンピースに革ジャン、大きすぎるサングラスと野球帽。山のように持ち出した、最後の組み合わせである。


「なんか彼氏に影響された女の子みたいだ」


「いや?」


「嫌じゃないが、なんか違和感がある。あたしはいつもの薺の方が好きだ」


「じゃあやめよ。こういうあざとかわいい服は桔梗ちゃんの担当にする」


「頼まれれば仕方がないが、スカートはちょっと……」


「制服で履いてなかった?」


「それは仕方なくだ。母親が男子制服を許してくれなかった」


「じゃあ、次はジェンダーレス系のスカート探そっか」


 手際よくワンピースを畳み、革ジャンを貴女に返し、残りを店員に渡す。彼女が会計を澄まし、貴女は両手に購入した衣服・小物を持って店を出る。と、店の前で四月一日亞生が今にもビルの警備員に連行されようとしていた。


「ちょいちょい待ってよ、警備の人。この怪しい彼は、私たちの連れ……、いや、私たちの連れなのです」


「薺、あたしを四月一日この恥さらしと一緒にしないでくれ」


「じゃあ、私の連れってことで。彼は荷物持ちなのです。いなくなると困ります。主にこの桔梗ちゃんが」


 警備員は仕方ないといった具合に手を離す。貴女は舌打ちをした。


「全く。亞生くんも気をつけてよ。いる場所も場所だけど、いるだけで警備の人呼ばれるとかそうそうあったもんじゃないよ」


「どうせ四月一日のことだ、この世と思えない下品な目で薺を見ていたに決まってる。このままお縄になった方がこいつのためだったのかもしれない」


「罪状は?」


「公衆わいせつ罪で仮釈放なしの終身刑」


「死刑じゃないんだ。優しい」


「死は救済だ、と偉い人が言っていた。四月一日に死は贅沢過ぎる」


 彼に対して優しいことは言っていないはずなのに、彼の顔は満足そうに蕩けていた。まるで自分の好物を目にしたような……、と貴女が顔をしかめると同時に、彼が貴女と彼女のような女性同士の関係性で興奮する人種というのを思い出して、嫌悪感が腹の底から呻き上がってきた。


「もしもし、警察ですか」


 無意識に貴女の指は100番を押していた。


「おいおい待てよ、女郎花。さっきの話って冗談じゃあなかったのか!? 流石にマジもんの通報は洒落にならないぞ」


「いやだって、さっきのお前、かなり気色悪かったぞ」


 貴女は、初めて収めた彼の顔を写した写真を見せる。貴女の中にあった『楽し』かった記憶をその気色悪い顔で否定するように、できる限りの嫌悪感を瞳に込める。


「なんだ、僕の顔じゃあないか」


「それが気色悪いと言ってるんだ」


「ウソだぁ。御形さんもそう思う?」


 能天気に彼は言った。


「ちょっと、気持ち悪い……、かな」


 そして、撃沈。

 一切の憐れみもなく、貴女は彼に全ての荷物を押し付けた。

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