第15話 うら若き貴女の悩み⑥


「ごめんね、女郎花さん。みんな悪気があったわけじゃないの。外部生が珍しいものだったからテンションが上がっただけ。悪く思わないであげて」


 彼女は優雅に言う。

 一歩、また一歩。彼女が歩を進めるごとに、貴女を取り巻いていた三人の生徒は散ってゆく。貴女に特別な文学の素養がなかったとしても、その姿を大海を割るモーセに形容してしまう程の神聖な雰囲気だった。


「別に気にしてない。あたしも少し緊張が過ぎたみたいだ」


「ほんとに? その割には随分と苦しそうだったけど」


「あたしは緊張すると人相が悪くなるんだ。誤解させて悪かったな」


「そ、なら良かった」


 彼女ははにかむ。

 その顔を見て、貴女は胸が何とも言えない多幸感に満たされるのが分かった。

 同時に、その笑顔を自分だけのものにしたいとも思った。


「こう聞くのもあれだけど……。貴女、女の子だよね?」


「まぁ、スカート履いてるし、れっきとした女子生徒だよ。どうして?」


「貴女、女の子とは思えないくらいかっこ良いから」


「なんなら、ここで証明しようか?」


「遠慮しとく。忘れてるようだけど、ここ共学だよ」


「知ってる。ちなみに中学も共学だった。今まで忘れてたけど」


 また、はにかむ。

 貴女にはもう彼女のことしか見えていない。

 彼女の発する言葉。

 彼女の漏らす知性。

 彼女の一挙手一投足が、貴女の心を奪ってゆく。


「以前貴女と会ったことある? 初めて会った気がしないんだけど」


 彼女は、貴女のことを覚えていた。その事実に、貴女は胸を躍らせる。


「何年か前、街で会ったよ。会ったというか、見かけた、に近いが。カフェの窓辺で本を読んでた君と外にいたあたしの目が合ったんだ。本は確か……」


「『若きウェルテルの悩み』?」


「そうッ、それ。覚えてる?」


「思い出した。女の子といたよね? 眼鏡かけた小さな女の子。彼女だったりして」


「まさか、あの子はただの友達」


「ほんとに?」


「本当さ。そんなで付き合ってるとか言ってたらキリがない」


「『彼女』は否定しないんだ」


「あッ……」


 一本取られた、と貴女は笑う。

 周りにいた生徒たちがひそひそとしていたが、気にしていなかった。


「そうそう、貴女に聞きたいことがあったの」


 思い出したように彼女が言う。

 貴女は身構えた。

 何を聞かれても良いように。千載一遇のチャンスを逃さないように。



「週末、空いてたりする?」



 頭が真っ白になる。

 今の今まで貴女が築き上げてきた男らしい『女郎花桔梗』は崩れ去って、心の底で眠っていた無垢な貴女が漏れてしまう。


「ふぇ?」


 返事は、ひどく間抜けだった。

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