第14話 うら若き貴女の悩み⑤

 

 15歳、貴女は高校生になった。


 数多の部活動にもたらした輝かしい成績や多くの女子生徒と過ごした放課後があっても、貴女はまだ純潔なまま、四月一日亞生の言葉に縛られていた。

 その呪縛から逃れるために周りに手の届かない柳塾高等学校に推薦入学したが、あろうことか彼もまた貴女から逃れるために同じ進学先を一般受験で選んでいた。二人とも血のにじむような努力でそれぞれの過去からの卒業を夢見ていただろうが、結果として運命に弄ばれることになり、貴女は柄にもなく周囲に当たり散らかした。


 そんな心内とは裏腹に、貴女の周りにはお近づきになりたいという生徒がたむろしていた。


「今度うちの部活に来てくれない? 人数が足りないの!」


 中学時代に打ち立てた武勇を聞きたいというも物好きや。


「校舎の構造とか分かんないでしょ、案内してあげる!」


 有名人とパイプを持ちたいという薄っぺらい者や。


「クラス会、一緒に幹事やらない?」


 男女問わず関係を持とうとする不届き者。

 巨大な砂糖に列をなす蟻のように群がる生徒たちに混乱してしまう。女子生徒ならいつものようにあしらえるが、事情の知らない男子生徒はどうにも四月一日亞生のことを思い出してしまって、あの言葉が脳裏に過ぎって冷静に対処できなかった。


「大丈夫。ちょっとマニアックな競技だけど、女郎花さんならきっとすぐモノにできるから!」


「ほら、うちの学校って基本内部進学だからさ、編入生用のガイダンスとかないの」


「友達とかいなくて不安だろうからさ。これを機にみんなと仲良くなろうよ」


 黙ってくれ、とは言い出せなかった。

 いつもならそう怒鳴って距離をとることもできただろうが、できなかった。

 中学で、貴女は変わったと思っていた。身長はもう大人の男性よりも高いことも多くなり、運動神経も同年代に並ぶものは少ない。見てくれも言動もなるべく男らしくして自立していると思っていた。

 だが、貴女は何も変わっていなかった。

 昔のように、四月一日亞生の背中を追いかけて何も考えずに暮らしていた怠惰な過去のまま。いくら外側が変わっていようとも魂の根っこは変わっていなかった。


「道具のことで心配なら部費で買ったげる。大型新人だもん。みんな納得してくれるよ!」「伊達に高い学費とってないから、図書室アーカイブとか談話室とか食堂とかすっごいよ、もう普通のショッピングモール以上のクオリティだよ。きっと感動する!」「面白い奴ばっかりだからさ、退屈しないし、運命に出会えちゃうかもよ!」「悩んでる暇はないよッ、ビバ青春ッ!」「授業まで時間がないよッ、ホラ早く早くッ!」「ところで、お付き合いしている人とかいるのかな……」


 嵐のように吹き込んでくる言葉たち。

 その全てが、四月一日亞生の発したように感じる。混じりけのない羽毛に包まれたような優しさであるはずなのに、その柔らかさが茨になって自分の首に巻き付いてくる。

 崖から落とされたような、久しぶりに味わう感覚が貴女を襲う。

 心臓がきゅっと握りつぶされて、呼吸が苦しくそして荒くなる。

 視野は一気に狭くなり、手足は金縛りにあってビクとも動かない。



「ちょっと君たち、がっつきすぎ。困ってるでしょ」



 ある生徒の鶴の一声で、勧誘の声は消え失せる。

 視界は一気にクリアになり、いつもの呼吸を取り戻した貴女は安堵の表情。視線の先には声に主、見覚えのある顔があった。


 御形薺。


 貴女の、運命の人。

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