第11話 うら若き貴女の悩み②
まだ幼い頃の貴女は、同じ年頃の幼い男の子に出会った。
彼の名前は四月一日亞生といい、よく泣きよく笑う活発な男の子だった。
家が隣同士でそれぞれの両親が知己の間柄もあって、その頃の貴女は専ら彼と一緒に居た。一緒に居た、というよりも彼の行くところに貴方がついて行く、とした方が正しいのかもしれない。だが、当時の貴女はそんことに何の疑問もなく、両親からも「仲良く遊んでいる」程度にしか見えていなかったので、特に気にすることではなかった。
保育園にあがり、彼といる時間がより増えた貴女だったが、何も変わることはなかった。
子供たちがそれぞれ好きなアニメや特撮ドラマの話をして友達を作っていくなか、貴女は彼について行くだけで特に何も話さないまま、彼と同じ友達と付き合ってきた。この時貴女が感じていた物足りなさや疎外感が、『つまらない』という感情だと気がついたのは、随分と先のことである。
そんな貴女が唯一『楽しい』と心から笑っていたのが、週末に出かけるボーリング場だった。
「おっしゃーッ! またストライクッ!」
「大人気ねぇな、もうちょい手ェ抜いてくれよ」
「ふっふっふっ、俺の辞書にゃあ『手加減』の文字はねぇんだぜ」
騒ぐ父親どもと。
「今日は待ちに待ったチートデイ……」
「カロリー表示とかいう錯覚には目もくれず楽しむわよーッ!」
「「ビバッ、ボーリング飯ッ!」」
はしゃぐ母親たち。
無邪気に休日を満喫する大人たちを横目に、貴女はとことこと自分のボールを手に子供用のレーンに向かう。彼と共に大人たちの見よう見まねでボールを転がして遊ぶ。ピンに当たるか当たらないかの下手なものであったが、それでも貴女は楽しんでいた。誰にも邪魔されない、彼を独り占めできる数少ない機会だったからだ。
そして、小一時間ほどして飽きが回り戻っても、まだ大人たちは遊び足りていない様子。戻ってきた二人を見た母親たちは、
「おッ、飽きた?」
「んじゃあ、二人でアイスでも買っといでよ。ほれ」
そう言って彼にお金を渡す。
まだ5歳の彼は大きすぎる1000円札を握りしめ、もう片方の手で貴女の手を引く。
嬉しさのあまり暴走気味になる彼だったが、転びそうになって銃身を自分に寄せる貴女を見て歩幅を狭める。そして、踏みしめるように店へと向かう。舌足らずに注文して、拳の大きさのアイスを2つ、少しでも安くするために個別ではなくダブルとして買って戻ってくる。
ちょこんと座り、1つのカップに重なったアイスをそれぞれ対面になって頬張る。
一口。
また一口。
母親たちが悶絶しながら携帯で撮影しているのを感じながら、また一口。
それが、貴女の『楽し』かった記憶だった。
「そう言えばさ、亞生。中学で何するか決めた?」
それは、3月のもう何度目か分からない恒例のボーリングに出かけた時のこと。12歳になり、中学校への進学が間近に控えた貴女は例のごとくアイスを頬張りながら言った。
大人たちはいない。
彼と貴女が二人だけで遊んでいた時のことである。
「入ってから考える」
「適当だなぁ。中学だよ? もう少し真面目に考えてよ」
貴方の言葉に彼は考える。
「じゃあ、文化部」
「なんで?」
ボールを持って、転がす。
「だって運動が得意ってわけじゃあないし、メジャーなとこ行っても馴染む自信ないしさ。クラスで気の合う奴と同じ部活でも入ろうかなって」
ストライク。
特に感嘆もなく、彼はソファに腰を下ろす。
「あたしと同じとこはダメ?」
「別にダメってわけじゃあないけれど。僕とお前、得意分野全然違うじゃん」
「あたしが教えてあげるから大丈夫だよ。亞生に合わせても良いし」
「
彼がケラケラと笑う。
が、貴女は固まってしまう。
貴女は聞き逃さなかったのだ。彼が自分のことを「女郎花」と呼んだことを。今まで家族同様に育ってきて、ずっと「桔梗」と呼んでいたはずなのに。
「おい、お前の番だぞ。早くしろよ」
何もなかったように彼は急かす。
「ご、ごめん」
貴女は慌ててボールを取って、転がす。千鳥足のボールはレールの半分もいかないままガター。
「おっしゃ、僕の勝ち。アイス代、お前持ちな」
貴女は振り返って無邪気に笑う彼を見る。
いつもの変わらない、幼馴染の笑顔。それが盤外戦に勝ちどきをあげる笑顔であってくれ。貴女はそう願っていた。
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