第5話 百合に男は必要ない⑤

 

 御形薺と言えば、言わずと知れた超有名人である。


 品行方正、成績優秀、完全無欠……。この世の全てのポジティブな四字熟語を制覇した彼女のことを、人はまず悪くは言わない。学内ひってのひねくれ者や良い人が嫌いな天邪鬼も、散々文句を言った後に遠回しの誉め言葉を言うくらい、彼女は完璧だった。同性の女子をおろか男子たちにもある一定の距離の近さを置き、「初恋の相手が御形さんだ」という生徒は男女問わず少なくはない。


 けれど、そんな御形さんのプライベートはというと、知っている人は誰もいない。政治家一家の生まれで、家は豪邸、召使は100人は下らない、だとか。両親を早くに亡くして天涯孤独、だとか。港々に男がいるとか。実は人間ではなく神に作られた天使か、宇宙人の類だとか。まことしやかに囁かれている噂から荒唐無稽な妄想話まで、御形さんのプライベートについていろいろな憶測が飛び交っている。


 その中に勿論、彼女の交際事情に踏み込んだものもある。が、先程のような妄想話を除外すれば、「御形薺は特定の交際相手を作らない、彼女の恋人はこの学校である」という突拍子もない聖人伝説しか残らない。それが暗黙の了解として流れている常識なのか、それとも御形さんの人側が無意識に生徒たちの思考を誘導しているのかは明らかになっていない。





「さぁ、今日はどんなところに連れて行ってくれるの? 私、楽しみ!」


 けれど、目の前ではしゃぐ彼女を見ていると、そんな噂はあくまで噂でしかないのだ、と安心する。御形薺さんはただの女の子。真面目で優しく、そして女郎花を恋人にした、ただの立派な百合っ子なのだ。


「薺、本当に四月一日が必要なのか? クリスマスだからって無理に特別なことをすることもないんだぞ」


「ダメだよ、桔梗ちゃん。クリスマスは聖なる日なんだよ。聖なる日は好きな人といなくちゃ」


「じゃあなおさら、なんで四月一日が必要なんだ」


「それは自ずと分かります。さぁ、張り切って出発進行ー!」


 右に僕、左に女郎花の腕をかけて、御形さんは歩きだした。

 流れに身を任せた僕には、女郎花の顔は強張って見えた。





 ◇ ◇ ◇

 御形さんが企画したクリスマスデートは、一風変わったものだった。


 まず、彼女を楽しませるために僕と女郎花はそれぞれデートプランを立案。そして、それを当日見せ合って御形さんが行きたいところを選ぶ。最後にどっちの決めたデート場所が一番楽しかったか選び、負けた方が御形さんの用意したクリスマスプレゼントをゲットできる。


 交際経験のない僕には到底勝ち目のない話だけれど、御形さん曰く「桔梗ちゃんがライバル視している存在がいるだけで良い」とのことで。いわゆる僕は当て馬というわけだ。百合の当て馬、非常においしい立場には違いないけれど、僕が百合男子である限りその当て馬も十分教義に反するギルティな存在なので、常に罪悪感がつきまとうのが厄介なところ。

 というわけで、僕と女郎花は事前に立てた御形さんのための渾身のデートプランとやらを公開した。


『午前:水族館の特別展、ランチ。午後:ボーリング、映画、感想を言い合いつつカラオケ』


『午前:ボーリング。午後:服やコスメの店をブラブラしつつ食べ歩き。夜:ホテル』


 ホテル!?


 下心見えすぎじゃあないか。もちろん僕のプランじゃあないということはここで断言しておく。前者が僕で、後者が女郎花のプランだ。


「二人してボーリングしたいの? さすが幼馴染」


 ホテルという爆弾を黙殺して、僕と女郎花の交互を見る御形さん。

 ボーリング。その言葉に女郎花はひりついたように見えた。その言葉にではなく、僕も同じことを書いていたことに腹を立てたのだと思う。


「それにしてもホテルってなんだよ、女郎花。ウケ狙いか?」


 僕はあえて地雷を踏みぬいた。より大きな、僕と女郎花の過去に関わる話から話題を逸らそうとして、僕にしか被害の出ない地雷を選んだ。狙い通り、眉をひそめたまま俯く女郎花の瞳はそのまま僕の方へと向かって、


「文句でもあるのか、四月一日? それとも嫉妬か? 彼女のいないお前の嫉妬は見苦しいぞ」


「亞生くん、最低ー」


 御形さんにまで引かれる始末。

 けれど、それで良かったのだ。


「ごめんごめん、空気悪くしたなら謝るよ。それでさ、御形さん。行きたいところは決まった?」


「おい。話を逸らそうとするな、四月一日」


「悪いかよ、そもそもお前が蒔いた種なんだぞ。せっかくのボケを拾わないでどうする」


「なッ、ボケなわけあるかッ! あたしは大真面目で―――」


「はいはい、喧嘩しないの。もう、桔梗ちゃんが嫌いだ嫌いだって言ってたから好きの裏返しだと思ってたけど、本当に犬猿の仲なのね。警戒して損しちゃった」


 割って入ってきた御形さんの言葉に僕は固まる。

 今、『警戒して』って言った?

 僕は今まで、好きだった人に恋敵だと勘違いされてたのか?

 もしそれが本当なら、僕は百合男子としての大罪を重ねることになる。こりゃあ古今東西死刑のフルトッピングでも足りなくなってくるぞ……。


「さてと、今日の予定を決めるのね。うーんと」


 ショックを受ける僕を、御形さんはわざとらしく考え込んで無視。

 もう良いや、考えないでいよう。


「よし、決めたッ! 午前中は食べ歩きながらショッピングで、午後は水族館。夜は結果次第、ってことで。お二方、異論はありませんかな?」


「ありません」


「ない」


 そうして、クリスマスが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る