第4話 百合に男は必要ない④
どうしてこうなったのか。
「被告人、入廷」
僕の精神世界で裁判が開かれる。
被告、僕。
原告、僕。
裁判官及び裁判長、僕。
裁判員、僕。
弁護人、僕。
公聴人、僕。
「これより、裁判を始める。被告である僕には『百合を信奉するものでありながら百合に挟まろうとした』罪である。被告、異論はありませんか?」
「えぇまぁ、成行き的にそうなってしまったわけで……」
「えぇいッ、じれったい! 裁判もくそもあるかッ、奴は有罪だッ!」
被告の僕の台詞を原告の僕が遮った。
するとその言葉を皮切りに法廷内で憎悪の感情が溢れかえる。
「そうだそうだ、百合に関わった者に人権はないッ!」
「裁判を受ける権利も弁護士を雇う権利もないッ!」
「そもそも何故裁判が開かれているのだッ!」
「百合に挟まるなんて羨ましいぞッ!」
ん? 憎悪の渦の中に口を滑らせた奴がいたぞ。
法廷の視線が間抜けな不届き者に集中すると、すぐさま警官がぞろぞろと現れて連行された。もちろん、それも僕。
「おっほん、それでは原告の僕、被告の僕に言及する刑罰を述べなさい」
気を取り直して裁判長の僕が言った。
「もちろん、死刑であります。被告の罪は明らかであり、本人も認めている。ならば即断即決、情状酌量も議論の余地もなく今すぐここで迅速に死刑を執行すべきであります」
僕は、被告の僕は何も言わなかった。
一般人には突拍子もない奇天烈な起訴状だとしても、僕が結果として百合に挟まる形になってしまったことは事実。百合男子としては何の異論もない正論だったからだ。
裁判長の僕は言う。
「原告、落ち着いて。なぜその刑罰が相応しいか述べなさい」
「被告の暴挙は極めて悪質な上、百合を信奉する者の一人としてこの百合界隈に復帰させることは不可能と判断し、死刑しかないと判断します」
「それでは弁護人、異議はありますか?」
弁護人の僕が起立する。
「ありません」
断言しやがった!
いや、そういうとは思ったけれども。弁護人も百合男子の僕だもんね。そりゃあ許せないに決まってる。でも、弁護人なんだからもう少し頑張ってよ。職務に忠実にいよ。
「実は、もう判決は死刑で決定してます」
裁判長の僕が爆弾を落とし、法廷は歓喜。もちろん、被告の僕を置いて。弁護人の僕もガッツポーズだ。
「静粛に。問題は死刑の種類です。それを決めるための裁判です。もし被告が罪を悔い改めたいというのであれば、宦官として切腹させます。男として、いや百合男子として名誉の死……。非常にロジカルだ」
偉そうに自分の考えに酔いしれる裁判長の僕。
僕だもんな。賢いわけがない。
「ところで被告の僕、そこんところどうなんですか?」
裁判長の僕は問いかけた。
無論、百合を信奉する百合男子の一人として向き合えば、『百合に挟まる』という行為は万死に値する。百合に第三者の存在を示唆すること以上に罪深い。けれど、それを認める気にはなれなかった。百合男子として罪を犯した以前に、僕は四月一日亞生という一人の人間として『幼馴染の女郎花桔梗を見捨てた』罪がある。
それは、到底許されない行為だ。人と接することが苦手な彼女を、思春期という不安定な状況で、僕は「恥ずかしい」という手前勝手な文句を垂れてその罪を正当化したのだ。
それは、償わなきゃいけないことだ。女郎花本人がも望んでなくても、御形さんの存在があるおかげで僕の贖罪の必要がなくても、一人の人間として清算しなくてはいけない気がする。
それは、『百合に挟まる』という大罪を犯しても為すべきことだと、僕は確信している。誰が何と言おうとも胸を張って言いきらねばならない気がする。
「僕は、百合が大好きだ。そんな僕が大罪を起こしたのも事実……。けれど、だからって足を止める程、僕は腰抜けじゃあない」
「では、不届き者として死刑に処す」
僕の宣言と共に、裁判長の僕は判決を言い渡した。
歓喜と憎悪に包まれた法廷。沈黙を保ってきた裁判員の僕たちは死刑の執行方法について議論を始めた。
「火炙りにするべきだ。できるだけ煙を払い窒息させずに燃やして殺そう。奴には浄化させる煙すら惜しい」
「いやいや、茨の冠をつけさせて十字架にかけ、彼方まで歩かせよう」
「コーカサスの山に縛り付けて毎朝カラスに腸を啄ませるのはどうか」
「みんな、どれも神格化させる処刑じゃあないか。ここはありきたりに絞首刑かギロチンにかけよう。街中の僕たちに声をかければ興行にもなる」
「見世物にするならコロッセオで猛獣と戦わせよう」
「映画なら反逆の合図じゃあないか。僕ならその心配はないけれど、わざわざフラグを建てることはない」
裁判員の僕たちは、やいのやいの好き勝手に言い合っている。処刑方法にリアリティと偏りがあるのは、僕の得意分野が世界史だからだ。
「それでは議論も尽くされたと思うので、処刑方法を言い渡します」
しびれを切らした裁判長の僕が宣言する。
「僕の処刑方法は……」
法廷が鎮まる。
被告の僕は、ごくりとつばを飲み込む。
「『コロッセオで猛獣と戦った後、茨の冠をつけて十字架を背負いながら彼方まで歩き、コーカサス山の頂上で縛り付けられて毎朝カラスに腸を啄まれたのち、火にかけて程よく炙ったら首をつらせてギロチンにかける』ことにする」
全部じゃんッ‼
そこで、僕は目を覚ました。
どうやら僕は待ち合わせ場所に早く着きすぎたせいでベンチに腰を下ろした瞬間に寝落ち、意味不明な夢を見た挙句、奇天烈な寝言をあげて起き上ったようだ。
おかげで僕は注目の的。モーセが割った大海のように人は僕を避けている。そこに、置いてけぼりを食らった女郎花の姿があった。
「おい、待てよ。女郎花」
「近づくな、変人」
早歩きで去ろうとする女郎花に、小走りの僕がようやく追いついた。
前みたいに彼女の利き手やその手首を握ろうと思ったけれど、咄嗟に肩の方へと手を伸ばす。が、振り返った女郎花はそのまま僕の手を払った。
「四月一日、あたしはお前が嫌いだ」
底のない靴を履いていたけれど、女郎花の目線は僕のはるか上。長い手足と高圧的な態度の彼女は、僕を見下ろす形で睨んでいた。
「先に言っておくが、あたしは中学の頃のことなんか気にしていない。そりゃあ傷ついたが、色々複雑な時期だからな。納得したし、仕方なかった。あたしがお前に怒っているのは―――」
続きの言葉はなかった。
女郎花本人は言うつもりだったのだろうけれど、とある乱入者に言葉を遮られたのだ。
「私に隠れて何をしてるの、二人とも?」
はち切れんばかりの笑顔を浮かべる、御形さんだった。
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