社会的距離が遠すぎる

緑茶

社会的距離が遠すぎる

 私は今、心底おびえている。

 なぜなら、人間がすぐとなりに居るからだ。

 

 2X世紀。未知の病原体が世界に蔓延したことで、人々はいついかなる時も『距離』を空けて過ごす必要ができた。その『距離』というのが厄介で、それはもう凄まじい間隔として設定されているのだ。であるならば、私の隣に人が来ようハズもない。

 私はその人間から逃げて、『保健局』に出かけた――『移動』は『接触』に含まれない――。

 そして確認した。『距離』の間隔はどうなっているのかと。事情を説明して問い詰めた。

 するとロボット係員は、ただ静かに宇宙服のキットを渡し、無人航宙船のチケットを私に投げつけた。

 そこに答えはあるのか。私は首を傾げながら宇宙ステーションへ行き、個人用の航宙船に乗り込んだ。

 

 それから宇宙へと足を踏み入れた――。

 

 『距離』の必要性ゆえ、虚空にも人々は散らばっていた。もはや、地球上だけでは手に余るからである。

 隕石をくり抜いて住居代わりにしている者や、『接触』にカウントされぬよう、生涯資金を消費しながら宇宙を旅している者がいた。

 私は彼らを星々とともに流し見しながら、自分の『距離』をカウントしていった。つまり、どこかで誰かが『距離』をしっかり計測せず、私の領域内に踏み込んでいるかもしれないという可能性を確かめるということであった。


 ……計測は随分と長い時間経過した。

 私はいつしか強迫観念にとらわれ、地球に戻ることも忘れて、その作業に没頭した。

 いくつもの銀河を超えて、宇宙の果てを目指した……誰も彼もが、私のそばを通り過ぎた……。


 ……そして、どれだけの時間が経過しただろう。

 私はついに、たどりついた。

 そこは、宇宙の果てであった。


 その時私は呆然とした。

 私の後ろに、距離をあけた、文字通り星の数ほどの人々が居る。

 それからもう、地球に戻っても、私の居場所はない。もしかすれば、地球そのものも存在していないかもしれない。

 いや――私が、呆然としているのは、それが理由ではなかった。



 目の前の、宇宙の果てを超えた座標は、私が地球で居た場所の、数センチ隣を示していた。つまりはこういうことだ。

 宇宙はついに一周し、起点に戻ったのだ。


 あの時、私の隣に居た者は、ただ機械の示した座標に基づいて、その場所へ行ったにすぎない。

 距離の果ての果てが、ついに宇宙の果てを超えたとき。

 それはメビウスの輪のように、はじまりの地点に戻り。

 私の隣に、すぐそばに。

 数世紀のあいだ、ありえなかった――近くに人間が居るという状況を作り出したのだった。

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