Chapter 3 失われた霊樹

 大陸歴990年7月――。

 ちょうど下旬に入ろうとした時期。

 アスト達はカディルナ中部地方最大の都市国家であり、同時に黄の民最大の都市国家ディナンドに到達していた。ここ、ディナンドは黄の民諸国における中心地であり、青の民との交易をどこよりも大規模に行っている海洋国家でもある。

 当然、ここには黄の民最大の討伐士組合が存在していた。


「君たちが、フォーレーンから派遣されてきた人たちか」


 ディナンドの討伐士組合で、その組合長フォーカスと対面したアスト達は、彼に少し不信な目を向けられていた。


「取り合えず、こちらは特に人員不足とかはないんだが。なぜ、今の時期にこちらに?」


 フォーカスのその言葉に、アストは苦笑いする。

 バルディさんとの契約――、今回の仕事は討伐士組合とは無関係の仕事である。当然、詳しい届け出はしていない。

 一応、ジェレミーさんが、それらしい言い訳――、仕事をディナンドの方に届け出てくれているはずだが。


「ふ~ん? 希少植物の採取ね? この大変な時期にご苦労だね」


 フォーカスはわかりやすく嫌味を言う。アスト達は苦笑いする以外に術はなかった。


「とりあえず。こちらは、他の仕事で忙しいんで、最低限の支援しかできないけどすまんね」


 ――まあ、仕方がない。アスト達はそう考えながら組合を出る。

 すると、そんなアスト達に声をかけてくる者がいた。


「マーマデューク!!」

「?」


 マーマデュークが少し微妙な笑顔を浮かべつつ声の主を探す。そして、それはすぐに見つかった。

 それは、長い耳に獣の尾を七本持った、小柄なエルフの少女であった。


「マーマデューク!!」


 その少女は、皆に見えるようぴょんぴょん跳ねながら、大きく手を振っている。

 しかし、その身にはその少女に似つかわしくない、金属製の鎧と大きな戦槌を下げていて、跳ねるたびにゴツゴツ音を立てていた。


「エリシス……」


 マーマデュークは苦笑いを浮かべつつその少女――エリシスに手を小さく振った。

 その行動に気づいたエリシスは、満面の笑みを浮かべて、マーマデュークの方に、まさしく『突撃』してきたのである。


「う!!」


 マーマデュークはとっさにそれを避ける。エリシスは見事にその場に、ドスンという大きな音を立てて突っ伏した。


「う~~~~。いたい……」


 エリシスは眼に涙をためながら、マーマデュークを見上げる。


「ひどいよ、マーマデューク。避けるなんて」

「避けないと、私が死にます」

「何よ!! それって私が重いって意味?!」

「その通りですが何か?」


 エリシスは、頬を膨らませてマーマデュークに抗議の意思を示す。


「せっかく、迎えに来てあげたのに……」


 その滑稽な表情に、乾いた笑いを向けながらマーマデュークは答えた。


「ご苦労様ですね。長老様がよこしたのですか?」

「そうだよ! やっとマーマデュークも決心がついたんだね!」


 マーマデュークはあきれ顔で「なんの話ですか?」と答える。

 エリシスは嬉しそうに言う。


「やっと、旅をやめて私のお婿に来る決心がついたんでしょ?」

「違います」


 マーマデュークはきっぱりと言い切った。


「なんでよ!!」


 エリシスはふくれっ面で、その場でいやいやをする。

 それを、無理に立ち上がらせつつマーマデュークは答えた。


「今は、それより重要なことがあります。亡くなった相棒の遺志を継がないと」

「む~~~」


 エリシスはしぶしぶと言った感じで立ち上がっていった。


「マーマデュークからの手紙を長老様は見たけど……」


 ――そのとおり。

 マーマデュークは旅の前に手紙を、故郷へと送っていたのである。

 当然、交渉の前にうそをつくことはできない為、霊樹の件を詳しく説明したものを。


「多分、無理だと思うよ」


 エリシスはそう言って、申し訳なさそうにうつむいた。


「長老様……、まさかこの期に及んで、霊樹を外に出したくないと?」

「……多分それもある」


 エリシスの答えに、マーマデュークは苦い顔をする。

 しかし、それから出たエリシスの言葉に、マーマデュークはおろか、アスト達も驚くことになる。


「……そもそも、もううちの王国には、霊樹そのものがないしね」

「え?!」


 あまりの言葉にその場の全員が絶句する。

 なんとか、マーマデュークは言葉を絞り出す。


「どういう意味です?」

「そのままの意味よ」


 エリシスの答えに慌てた様子でマーマデュークが言う。


「霊樹は王国の国宝……。まさしく厳重な管理で、育てられているはずですよね?! 今まで枯らしたことなんてなかったでしょう?!」

「枯らしたわけじゃない」

「なら、どういったことで?!」

「奪われちゃったのよ」

「え?」


 そのエリシスの言葉に皆が驚愕の表情を浮かべる。

 マーマデュークは「誰に?」――とそれだけ声を絞り出した。


「聖バリス教会……。赤の民の強襲隠密部隊……、『特殊戦術技能兵』……、特戦兵の連中だよ」

「な!!」


 あまりのことに皆が驚く。

 アストはその『特戦兵』という部隊に多少の知識があった。


「特戦兵って……あの特戦兵ですか?!」


 エリシスがやっとアストのことに気づいたというふうで顔を向ける。


「あなたが言ってるのが、どの特戦兵かってのはわからないけど。聖バリス教会の特戦兵だよ」


 その答えに、アストは苦虫をつぶしたような顔をした。


 聖バリス教会、最強クラスの戦力の一つ、特殊戦術技能兵。

 それは、一般的な戦場ではなく、敵の領域の多く深くまで潜入して、大規模な破壊活動を行う工作部隊である。それは、まさしく騎狼猟兵とも幾度もやりあった強敵であり、一体で十の騎兵に並ぶと称される騎狼猟兵ですら、返り討ちに合う可能性のある強行暗殺部隊であった。


「ついこの間、ヴァレディ王国は連中の襲撃を受けて、数百の犠牲を出しちゃったとこでね。連中の目的が、霊樹の強奪だったんだ……」


 アスト達はあまりの事態に言葉を出せずにいいた。


「もちろん、特戦兵だけにやられたんじゃないよ? こっちも善戦はしたんだけど……。奴らには、恐ろしく強力な魔法使いがいて……」

「魔法使い?」


 そのマーマデュークの言葉に頷くエリシス。


「そう、五大元素のうち四つを支配する。四星のヴァルドール……」

「!!」


 マーマデュークはその言葉に驚愕の顔で答える。


「知っているんですか?」


 アストがマーマデュークに聞くと、彼は苦い顔をしながら答えた。


「広範囲に及ぶ大魔法を使って、多くの王国を焼き払っている、最強最狂の魔法使いです。何人もの討伐士が、彼に殺されました。討伐士にとっては、最大の障害とも呼べる者です」

「そんな奴が……」


 アストはその名を心に刻む、おそらくは戦うことになるだろうから。


「今、王国は復興の真っ最中で、奪われた霊樹を追うこともできない。うち以外の王国も、いくつか奪われたとこがあって。霊樹はもはや外には出さないよう、厳重に封印されてしまっているよ」

「それじゃあ……」

「そう、もう霊樹を手に入れる方法は……ない」


 そのエリシスの言葉に、一同は暗い顔をする。

 その中に一人、強い意志を宿した目をした者がいた。


「奪い返しましょう」


 アストは一人、強い瞳でそう答える。


「王国数百人でかなわなかった相手に?」


 エリシスがそう言うと、アストは強くうなづく。


「戦争と、小規模戦闘では勝手が違います。我々には、我々のやり方や、やりようがあります」


 その言葉に、マーマデュークが頷く。


「そうですね。どちらにしろ、そうしない限り霊樹は手に入りません。我々が取り返したとあれば、長老も霊樹の素材を得ることを、許してくれるでしょうし」

「本気なの? 危ないよ?」


 エリシスの言葉に、その場の全員が強い表情で頷く。


「それが私たちの……。『希少なる魔龍討伐士』の仕事ですから」


 それは、皆の意思がそろったことを示していた。

 かくして、最狂の敵との闘いが幕をあける。


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